« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月31日 (火)

庄内緑地

 庄内緑地公園駅からまた地上へ出て、庄内緑地公園へ。ここは、いろいろな施設もあるとても広い公園です。
Syounai7  入り口にあるグリーンプラザでは、万年青の展示や漬物・果物などの販売をしていました。横の道には、アイスランドポピーの花壇があり、オレンジや黄色の花がきれいに咲いていました。
 わんぱく広場には各種遊具があり、子供たちが楽しそうに遊んでいます。芝生広場へ入る辺りにベンチとテーブルが並んでいたので、ここで昼食。鳩もおこぼれを狙って集まっていました。
 じゃぶじゃぶ池の方には、黄色のラッパ水仙が咲いています。バラ園を通って、花木園へ。桜はチラホラでしたが、紫木蓮とコブシの花が満開。紫Syounai9 の花と白い花のコントラストがきれいです。ボート池の西側には菜の花畑。こちらも黄色の菜の花が満開でした。
 ボート池の周りをぐるーっと回って歩いて行きます。ピクニック広場では、バーベキューを楽しんでいる人達がいて、美味しそうな匂いが漂ってきました。さっき食べたばかりだったけど、私もベンチに座ってお茶休憩。持参のお菓子を食べました。
 彫刻や国際親善の鐘を見て、またグリーンプラザへと戻っていきました。今度は温室を見学。小さな温室ですが、ランの花や変わった南国の花がいろいろ咲いていました。
 庄内緑地公園駅から電車に乗って、帰りました。
Syounai10Syounai11   

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

庄内緑地・洗堰・蛇池

 28日、9時50分に庄内駅に着くと、スタートのところには列ができていましたが、手際よくマップが配られており、少し待っただけで歩き出すことができました。
Syounai8  庄内公園駅1番出入口から地上へ出て、ビルの間の広い通りを歩いて行きます。大野木2の交差点から少し行ったところから、コミュニティ道路へと入って行きました。ここは、大西用水(農業用水)を暗渠化して、その上に造られた散策路です。道の真ん中が遊歩道になっており、樹が植えられて水路なども作られていました(写真上)。

 坂を上がって洗堰緑地へ。ここは、堤防の上に桜並木が続いています。しかし、残念ながらソメイヨシノは未だ1,2分咲き程度。木には膨らんだ蕾がいっぱいついており、満開の頃はさぞやと思わせました。
Syounai4  この下に蛇池公園があります。蛇池は、戦国時代に村人がこの池で大蛇を見たというので、若き日の織田信長が村人を集めて池の水を干し、自らも探したが見つからなかったと伝えられています。池の端には蛇池神社も建っています(写真中)。
 蛇池神社にお参りし、公園でお茶休憩。ここも桜の名所ですが、ソメイヨシノは未だ未だ。種類は分からないのですが、白い大き目の桜の花が何本かきれいに咲いていました。また、雪柳とピンク色のボケの花が満開でした。

Syounai5  大野木の桜並木を歩いて行きます。ここも花はちらほら。途中にきれいなシダレザクラが1本ありました。また、木の根元に花を付けている桜木もありました。五町公園は、ちょっと大き目の公園で、きれいなパンジーの花壇や桜の林、グランドなどがありました(写真下)。この公園の下には、雨水を溜める貯留施設が造られているそうです。
 ここからは、もうすぐに地下鉄の庄内緑地公園駅です。今度は3番出入り口から地下へ降りました。ゴール受付では、参加賞として名古屋市営バスの絵がついている、かわいいミニボックスティッシュをもらいました。
 ゴール後、2番出口から庄内緑地へ行き、昼食を食べ、2時間ぐらい散策をして帰りました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月29日 (日)

シダレザクラ

 28日は、駅ちかウォーキング「さくら・花・庄内緑地・洗堰・蛇池」に参加してきました。こSyounai1 れは名古屋市営地下鉄が主催しているウォーキング大会で、昨年ぐらいから始まったようです。私は初参加でしたが、距離が短くお手軽なため、大勢の人が参加していました。

 庄内緑地や蛇池は桜の名所ですが、残念ながらソメイヨシノは1分咲き~3分咲きくらい。豪華な桜花並木は見られませんでした。それでも、桜の種類によっては早めに咲いているのもあって、楽しめました。
 特に、歩いていく道の途中できれいなシダレザクラを見つけて、うれしかったです(写真横)。

 27日は、知人と木曽川堤へ花見に行ってきました。ここもシダレザクラがきれいでした(写真下)。
Syounai2Syounai3 

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009年3月27日 (金)

諸戸水道

 諸戸家米蔵の前で教育委員会の方に会い、諸戸家について説明をしていただき、「多度の滴」という水のペットボトルを1本づつもらいました。
Morotosuidou4  諸戸氏庭園は、初代諸戸清六が住んでいた屋敷で、園内には大きな池があって、用水から揖斐川の水が取り込まれるようになっています。しかし、この水は飲用には適さなかったたため、諸戸清六は明治34年(1901年)に小野山の湧き水を自宅まで引く水道を造りました。そして、明治37年には大きな貯水池を造って、桑名市民が無料で水を使えるようにしたたそうです。
 駐車場のところで、その頃に使われていた共用栓(水の出口)を見せてもらいました。それから、工事中のフェンスの中に入って、諸戸氏庭園への給水塔を見学させていただきました。こちらも赤レンガで造られており、とても頑丈な感じでした(写真上)。
Morotosuidou5  その後、町を流れる用水路をぐるーっと見ながら住吉神社まで歩き、また六華苑のバス停へと戻ってきました。

 15時12分発のコミュニティバスに乗り、桑高口下車。
 少し歩いて、諸戸水道の水源井を見学しました(写真中)。こちらは、草ぼうぼうの野原に蓋をした井戸の様なものがあるだけで、言われないとそれとは分かりませんでした。
 そこから少し高台に上がったところに、諸戸水道貯水池がありました。こちらは、煉瓦造りの立派なもので、縦13.4m、横23.2m、深さ3.6mの大きなものでした。今は使われていないので、水は入っMorotosuidou6 ていません。落ちるといけないので、金網が張った上から見るようになっていますが、今回は鍵を開けてちょっと中へ入り、写真を撮らせていただきました(写真下)。

 ここからは、桑名駅まで歩いて行きました。桑名駅の近くには、JR関西本線・近鉄名古屋本線・北勢線の3本が通っている踏切があり、3本とも線路の幅が違うというので、そこへ案内してもらいました。確かに線路を見ながら歩いていくと、幅が違うことがよく分かります。特に北勢線の線路は狭かったです。
 16時半、桑名駅前で解散しました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月26日 (木)

六華苑

 3月22日は、中部産業遺跡研究会の「桑名市の諸戸水道遺構・六華苑などの産業遺跡見学」に参加してきました。

Morotosuidou1  13時、桑名駅東口 桑名コミュニティバス停前集合。
 私は15分前くらいに着いたのですが、もう半数以上の方が来ていました。ここで、六華苑の団体入場料 250円を集金。
 13時05分、Aルートのバスに乗ります。いつもは空いていると思われるバスは、私達の団体が乗ったので、満員になりました。乗車賃 100円。
 13時20分、六華苑着。ここでは、観光ボランティアガイドさん達が待っていてくださいました。パンフレットをもらって、中へ入っていきます。

Morotosuidou2  六華苑(写真上)は、山林王と呼ばれた桑名の実業家・二代目諸戸清六氏の邸宅として、大正2年に竣工した建物です。住居は、洋館部分と和館部分があり、洋館部分は鹿鳴館などを設計したジョサイア・コンドル氏が手がけたものだそうです。
 最初に先ず和館部分を見せていただきました。こちらは平屋建てで、広いですが簡素な造りの建物でした(写真中)。ですが、さすが山林王、柱や板にはいい素材が使われており、天井や廊下なども正目の1枚板が通っていました。窓ガラスも当時のものがそのまま使われており、よく見ると少し歪んだように見えます。このガラス、割れたらもう2度と同じものは無いとか。窓から見える庭の造りも日本風で、池や滝があって洒落ていました。
Morotosuidou3  次は、洋館部分です。こちらは2階建てで、4階の塔屋が付いています。1階には、電話室やその頃は珍しかっただろう洋式のトイレもありました。部屋には暖炉があり、家具も備え付けられていましたが、この家具は元からあったものではなく、桑名市がそれらしき時代のものを購入したのだそうです。 

 六華苑を出て少し行くと、諸戸清六宅米蔵(写真下)があります。もとは木造の蔵があったのですが、明治2年に煉瓦蔵として再建されました。戦災で二棟が失われ、現在三棟が残っています。その横には諸戸氏庭園がありますが、春・秋のみ公開で、この時は未だ公開されていませんでした。 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月25日 (水)

ベッドタイム・ストーリー

 昨日は、「ベッドタイム・ストーリー」を見てきました。今月は春休みのせいもあり、近所のシネコンには私が見たい映画は無くって。これもディズニーの映画で、どちらかというと子ども向き。以前に見た「魔法にかけられて」と同じおとぎ話の国と現実の世界の往復です。

 小さなホテルを経営していた父親には、2人の子供がいました。父親は毎晩眠る前に子供達にお話を聞かせていました。しかし、父親は経営者としての能力は無く、ホテルは人手に渡ってしまいました。もし息子に見所があれば、支配人にするという約束で。
 月日がたち、姉は学校の校長になり、弟はホテルの電気係に。ところが、姉の学校が取り壊されることになり、姉は職を探しに行きます。姉は弟・スキーターに2人の子どもの面倒を見てくれるように頼みました。
 独身のスキーターはしかたなく、夜は姉の家に行って、子どもの世話をすることに。ところが、姉の家にはテレビもゲームも無く、スキーターは夜寝る前に物語を聞かせるはめになりました。スキーターは話があまりうまくありません。退屈した子供達は、勝手に話の続きを作っていきます。そして、子供が作った話が現実に・・・・。
 でも、スキーターが現実にはハッピーエンドなんか無いと言ったために、話はとんでもない方向へ。果たして、ハッピーエンドはくるのでしょうか?。

 やはりディズニー映画。子供向けとはいえ、大人が見ていても楽しめる場面がいっぱい。特にモルモットのバグジーがかわいい。でっかい目をして、ハンバーガーを食べたり、ルームランナーで運動をしたり。
 現実の世界とおとぎ話の世界が交互に入れ替わるのも楽しい。現実はオートバイ、おとぎ話ではギリシャ時代の馬車で走る。空から降ってくるガムボールは、実はトラック事故だったり。
 笑って、ちょっとほろっとして。最後の結末も良かったです。安心して見られる映画というのも、いいものですね。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月24日 (火)

コヒガンザクラ

 昨日は”すいとぴあ江南”(愛知県江南市)へ行ってきました。
 ここは、コヒガンザクラがほぼ満開。本数はさほど多くありませんが、きれいな花を咲かせていました。いい天気で、さくらの花に誘われて、春うららの1日でした。
093sakura5093sakura4   

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月23日 (月)

神の柩

 本岡類著、「神の柩」を読みました。この人の本を読むのは初めてですが、題名と宇宙服を着た人間がたくさん浮かんでいるような表紙絵に誘われました。

 企業のPR紙を発行している柏木は、久しぶりに親友の江崎に出会った。二人は同じ新聞社に勤めていて、若き正義感からその会社を止めた同士だった。江崎は今、フリーのルポライターとして、怪しい会社などを調べていた。
 2人で飲んだ時、江崎は柏木に妙なことを言った。「救い主が現れるかもしれない。もし、俺が死んだら、おまえが代わりに真相を調べてくれ。」っと。そして翌日、江崎は川に落ちて死んだ。警察は一応調べたが、自殺だと結論づけしてしまった。
 割り切れない柏木は、江崎が「理性の跳躍」という会を調査していたことを知り、その会長の高宮の身辺を探ることにした。だが、調べ始めた途端、変なメールが来たり、妻が怪我をしたりという不信事続いた。しかも、会長の高宮は、アメリカのロサンゼルスで殺され、遺体は冷凍保存されてしまった。
 江崎は、なぜ死んだのか?、高宮を殺したのは誰か?、二人の死には関係があるのか?。

 伏線が多く、難解なミステリー風でしたが、解決はけっこうあっさりしていました。
 この本で興味をそそられたのは、謎解きよりも人間の社会や農業のあり方でした。今の社会、金が万能の格差社会、どこか間違っていると思う人は多い。だが、どうしたらいいのか、逃れるすべは見つからない。
 そして、農業。私たちが毎日食べている米や野菜は、農薬や肥料に収穫を頼っています。これと対極にあるのが、自然農法です。これは一面、有機農法よりも過激だ。有機農法は、農薬や化学肥料を使わないというだけ。ところが自然農法は、田畑を耕さない、肥料もやらない、雑草も取らない。野原の中に野菜が転がって育っているように見えるのです。もちろん、収量は少ない。普通の畑の3割減だそうです。でも、育った野菜は、甘く美味しく、野菜本来の味がある。
 私も庭で少し野菜を作っています。農薬は使っていません。だけど、肥料はやっているし、畝を作って草むしりもしている。
 虫は、なぜ野菜を食べるのか。それは、草が無いからである。もし畑に草があれば、虫は好きな草を食べ、野菜は少ししか食べない。目から鱗でした。そうか、私は虫に残酷なことをしているんだなー。 
 でも、田舎とはいえ住宅地で、草ぼうぼうにしておく勇気は私には無い。勤めている時はそんな状態の時もあったけど、近隣の目が気になりました。きれいにガーデニングされた庭。でも、それは自然本来のものでは無い。今の社会と同じではないのか?。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月21日 (土)

庭の花

 我が家の庭にも春の花が咲いてきました。
093hana1093hana2093hana3_2

 左は、ショカツサイ。中は、ハナニラ。右は、スノーフレーク。
 他にも、小さな草花がいっぱい。そろそろ、草むしりのシーズン到来です。

 先日から、近所にウグイスが飛んできているようで、ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ホケキョときれいな鳴き声を聞かせてくれます。
 私は花粉症でハークション。あとちょっと辛抱です。 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月19日 (木)

通院日

  今日は、通院日でした。
 10時に採血。12時頃、診察。

 結果は、良好です \(^o^)/。

 先ずは、肝機能。

           12月25日   2月5日    3月19日
AST         39       34        37  (正常値13~33)
ALT         21       24        22  (正常値 6~27)
γーGDP       88       66        55  (正常値10~47)

白血球数     3700     4100      3200(正常値3500~9000)

 ずいぶん良くなってきました。正常値まで、あと一歩です。特にγーGDPの値が良くなってきたのは、うれしいです。

 さて、腫瘍マーカーです。

        10月2日  11月13日  12月25日   2月5日    3月19日
CA15-3  24970    36600    34620    32100    26180
BCA225  190000   200000   260000   200000 

 BCA225の方は外注に出すので、未だ今日の分はわかりませんが、確実に減少しているようです。もちろん基準値(CA15-3  28以下、BCA225  160以下)から見るととんでもない数値ですが、抗がん剤は少しずつ効いているようです。良かった。

 体にいいなっと思ってしていること、これも少しは効果が上がっているかも。
 運動・・・ウォーキングは続けています。週に1回はハイキング大会に。
 食事・・・玄米食は続けています。それ以外はいい加減。外食も週に2,3回はしているし、甘いものやケーキも時々。なるべく家では、魚貝類と野菜を多めにと心がけてはいますが、たまにはハンバーグやステーキも。
 岩盤浴・・・週に1回くらい行って、体を温めています。
 それぐらいかなー。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2009年3月18日 (水)

福寿草

 昨日は、良い天気に誘われて、河川環境楽園へ行ってきました。園内には、春の花がそこかしこに咲いていました。
 左の写真は、福寿草。右は、スィートバイオレット(ニオイスミレ)。鮮やかな色が春らしいです。
093kasenn1093kasenn2 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月17日 (火)

神戸の寝釈迦まつり

 15日は、従姉妹と近鉄ハイキング「春を告げる神戸の寝釈迦まつり」に参加してきました。
Nesyaka6  10時ちょっと前に伊勢若松駅に着き、10時過ぎの電車で来る従姉妹と合流。マップをもらって、一緒に歩き始めました。伊勢若松駅の前には、大黒屋光太夫の像が建っていました(写真上)。
 南へと歩いていくと、大黒屋光太夫記念館があります。大黒屋光太夫は、江戸時代にロシアへ漂流し、苦難の末にエカテリーナ女王に嘆願して日本へ帰りついた人です。記念館には、光太夫達が乗っていた船の模型や昔の大きな絵地図などが展示されていました。
 弥都加伎神社にお参り。ここで、お茶休憩。

Nesyaka8  伊勢街道を北へと歩いて行きます。この辺りは伊勢街道といっても古い建物は全然残っておらず、街道らしい雰囲気はありませんでした。
 神戸公園は広い大きな公園で、園内は樹木や芝生がきれいに整備されており、ちょっとした遊具もありました(写真中)。ここで、昼食。食後は、公園内にある神戸城址を見学。城跡は神戸高校の敷地になっており、この神戸公園には城跡の碑と天守閣の石垣だけが残っていました。 

 公園を出て少し歩く龍光寺です。今日はここで、「神戸の寝釈迦まつり」が行なわれています。龍光寺の山門Nesyaka7の前には露天がずーっと並んでおり、すごい人でいっぱいです。並んでお参りをしました(写真下)。本堂の中には、日本三幅の一つと言われる大涅槃図が掛けられており、寝ているお釈迦様の絵が描かれていました。
 ハイキングマップに割引券が付いていたので、宝物展や、内陣も見学しました(拝観料300円)。掛け軸や御綸旨など歴史的な品々を見て、本殿の中に入って、じっくり大涅槃図を見せていただきました。
 展示物の見学などに思わぬ時間をとられ、ふと気が付くともう14時45分。ゴール受付の14時30分を過ぎています。あわてて駅へと向かいました。

 私のHPも見てね。
http://homepage1.nifty.com/MASAE/GAISYUTU/2009ZEN/nesyaka.htm

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月16日 (月)

緋寒桜

 昨日は、近鉄のハイキングに参加してきました。歩いている途中で、赤い桜の花を見つけました。緋寒桜のようです。
 暖かくなって、いろいろな桜が咲き始めました。ソメイヨシノももうすぐですね。
Nesyaka2Nesyaka1 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月14日 (土)

万葉公園

09kawatu3

 先日、河津桜を見に行った万葉公園には、万葉集に出てくる歌が書かれた歌碑が設置されていました。

 また、植えられている植物のそれぞれにあった歌が、木札に書いて立てられていました。

 さほど大きくない公園ですが、これらを見ながら歩くのも風情があります。

09kawatu409kawatu5

09kawatu709kawatu6 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月13日 (金)

ホームレス中学生

 田村裕著「ホームレス中学生」を読みました。図書館へ行ったら「お薦めの本」のコーナーにあったので、借りてきました。
 この作品は、以前テレビドラマで見たことがあります。
http://rinnrinn.cocolog-nifty.com/kimagure/2008/07/post_a326.html
 今回、原作を読んで細かいところがよく分かりました。

 本は、日記みたいではなくエッセイ風になっていて、題名がありそのことについて文章が書かれていました。
 「衝撃の解散劇」で、マンションの部屋を追い出され、父に解散と言われた。「公園生活がスタート」し、「人生を変える奇跡的な出会い」で、友人の家にお世話になった。「兄弟が再び集合」で家を借りて、兄・姉と一緒に3人で生活できるようになった。そして「NSCに入学」して、お笑いの世界に入っていった。

 この本には、悲惨な生活がたくさん書かれています。でも、田村氏の文章はちっとも悲惨では無い。読みながら、私は時々声を出して笑ってしまった。文章のそこかしこにあるユーモアというかお笑い芸人のサービス精神、これがこの本の良さである。どこかにオチがある、大阪人らしい表現の数々。
 「空腹の果てに」では、草やダンボールを食べてみたり、鳩に餌をやっている人からパンの耳をもらったり。オチは、ごめん鳩。鳩の絵にライバルと書いてある。この辺りが文の良さだろうな。ドラマでは出せないニュアンス。
こういう話というのは、お涙ちょうだい風に書こうと思ったら、いくらでも書ける。悲惨さを強調してもいい。でも、それをあっさりとパンを盗まなくて良かったと書いている。
 他にも、鼻をたらして「なりそびれたヒーロー」とか、自転車に乗って「二泊三日の家出道中」などという話もあった。
 明るい悲惨さ、このあたりがこの本が売れた理由かな。

 やはりドラマや映画だけでなく、原作を読んでみると、また味わい深いものがあると思いました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月12日 (木)

黄泉びと知らず

 またまた、梶尾真治氏の小説です。「黄泉(よみ)びと知らず」、あの「黄泉がえり」の続編と書評に書いてあったので、借りてきたのですが、短編集でした。

○黄泉びと知らず
 熊本で死者がよみがえっているという現象が広く知られてきた頃、蘇生してきた人を「黄泉がえり」、蘇生してこなかった人を「黄泉びと知らず」というようになっていた。死者が全て蘇ってくるわけでは無いのだ。
 白木悦美は、子どもがキャンプ場の川で水死して以来、夫ともうまくいかなくなり離婚して、美容室を開いていた。熊本の事件を知ってはいたが、行く勇気は無かった。だが、元夫の睦夫が行くと電話をかけてきたとき、一緒に行くと答えてしまった。
 おりしも地震が起きて、死者が還って行くという噂の日、名古屋から熊本へと2人はやってきた。マーチンのコンサートで道路は大渋滞。間に合うのか、そして子どもは蘇るのだろうか?。

 私も飼い猫を失ってショックだったけど、子供を失った親のショックはもっと大きいだろう。特に不慮の事故なら、なおさらだ。自分を責め、夫を責める、やり場の無い気持ち。もし生き返ってくれるならと、黄泉がえり現象が起きた時に熊本へ行った人はきっと多かったろうな。いろいろな話がもっとあるに違いない。そんなことを考えさせられました。

○見知らぬ義父
 原田の会社に、ある日警察から電があった。なんと義父が警察に保護された、というのだ。あわてて警察に行くと、義父は革ジャンにロングブーツスタイル。茶髪のロンゲのかつらを着けて、金のチェーンをジャラジャラさせていた。他にも不良スタイルの老人が幾人か。あの謹厳実直、真面目を絵に描いたような義父がどうして?。

 歳をとって、仕事も辞め、自由になった。子どもも大きくなって、金も多少はある。残された人生は短い。ならば、自分に正直に好きなことをやろう。法律に触れず、他人に迷惑をかけない範囲で、自分のやりたいことをやる。
 これって、私が今思っていることと一緒だ。
 この義父は、今まで着なかった服を着て、オートバイに乗り、ゲームセンターへ行く。高齢化社会に突入しつつある日本、ひょっとして不良老人が増えるかも。

 他にも変わった発想の短編が6篇おさめられていました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月11日 (水)

早春の岩崎城ウォーク

 3月1日は、リニモウォーキング「早春の岩崎城ウォーク」に参加してきました。

Iwasakizyou6  リニモの芸大通駅でウォーキングマップをもらい、名古屋瀬戸道路の高架下の道を歩いていきました。途中から田舎道に入り、岩崎川沿いに歩いて行きます。

 岩崎城が見えてきました。岩崎城は室町時代の平山城で、昭和62年に展望塔として再築されました(写真上)。
 城内の2階には、日進市の自然や民具などが展示してあり、3階では、「にっしんふれあいデジカメ写真展2009」が開催されていました。一番上の展望塔は、外へ出て周りをぐるっと歩くことができるようになっており、金網越しに展望を楽しみました。
Iwasakizyou4  中庭には、岩崎城歴史記念館があります。2階建ての建物で、1階には、岩崎城の歴史や小牧・長久手の戦いなどの展示があり、2階では、特別陳列「おひなさま」が開催中でした。
 歴史記念館の近くにはベンチもあったので、ここで昼食。城内の公園には、他に井戸跡、隅櫓跡、古墳、二の丸庭園などがあり、ちょっと見学して外へ出ました。

 瀬戸大府東海線の歩道を北へと歩いていきます。竹の山交差点から西へ行き、杁ヶ池公園へと入って行きました。公園内には、テニスコートや体育館があり、真ん中に大きな杁ヶ池があります。池には橋が架かっており、鴨がたくさん浮かんでいました(写真中)。ここで、お茶休憩。
Iwasakizyou7  そこから少し行くと、名都美術館がありましたが、先にゴールのアピタ長久手店へ行って参加記念のタンポポのピンバッジをもらいました。店内のスターバックスでお茶休憩。

 その後、名都美術館へと戻りました。名都美術館(入場料600円)は、小さな美術館でした。常設企画展では、「新春の慶び展」が行なわれており、富士山や鶴を描いた絵などの春らしい絵が展示されていました。特別企画展では「長湫会選抜展」が行なわれており、愛知県立芸術大学の教員や卒業生による絵が展示されていました。
 杁ヶ池公園駅からリニモ(写真下)に乗って帰りました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月10日 (火)

河津桜

 今朝起きても、布団の上に美美ちゃんの重みは無く、朝食のため冷蔵庫を開けると、美美ちゃんの好物のカニカマボコが(涙)。
 でも、泣いていてもしかたがないので、元気を出して、美美ちゃんを火葬場へ連れて行きました。

 火葬場からの帰り、ふと思いついて万葉公園に行ってきました。
 ちょうど、河津桜が満開でした。メジロも来て、花の蜜を吸っていました。美美ちゃんの事故現場に花を飾るのもためらわれるので、ここに花を供えておこうと思います。
 美美ちゃん、天国から見ていてね。あなたのことは、忘れないよ。
09kawatu109kawatu2   

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年3月 9日 (月)

さようなら、美美ちゃん (T_T)。

 昨日、美美ちゃんが亡くなりました。
 最近、恋猫の季節か、夜遊びによく行くようになっていて。いつも私が寝る頃に出かけて、30分か1時間すると帰ってくるので、起きて待っていたりしたのですが。
 一昨日は、もう寝かけた時に出ていったので、私はそのまま寝てしまった。いつもなら、朝になると私の布団の上で寝ているのに、昨日は帰ってこなかった。それでも、半日ぐらい帰って来ないことは以前にもあったので、ひょっとして気に入った雄猫でもいたのかな、ぐらいに思ってました。
 でも、昼になっても帰ってこない。心配になって、散歩しがてら近所へ探しに行きました。

 田畑の方へ行って戻ってくると、ご近所のAさんとTさんがいて、「マサエ。さん家、猫いる?。」と聞くのです。「昨夜から帰って来ないんだけど。」というと、「やっぱり、マサエ。さん家の猫かもしれない。赤い首輪をした三毛猫が、Tさんの家の前の溝で倒れているよ。車にはねられたんだわ。」っと。
 あわてて、Tさんの家の前に行くと、やっぱり美美ちゃんが。もう硬くなって、泥で汚れて、顔に血が付いていました。AさんとTさんにお礼を言って、家に連れて帰ってきました。
 洗って、きれいにして、ドライヤーで乾かして。タオルでくるんで、ダンボールのお棺に入れました。
 今日は、友引。葬儀場も火葬場もお休みです。今日1日、喪に服して、明日火葬場に連れて行こうと思います。

 美美ちゃん、11年間ありがとうね。さようなら。天国へ行って、デカちゃんと一緒に遊んでいるかなー。

| | コメント (17) | トラックバック (0)

2009年3月 8日 (日)

ボケの花

Tokugawa9 今、ちょうどボケの花が花盛り。真っ赤な花がきれいです。
 名前がボケというのが、ちょっとかわいそう。
 ボケてないと思うのだけど。 

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年3月 7日 (土)

猫はこたつで・・・・。

 久々に美美ちゃん登場です。
 暖かくなってきましたが、美美ちゃんは未だ未だこたつ三昧。こたつの中では、伸び伸び満足。外では丸くなっています。
Tokugawa6 Tokugawa7 Tokugawa8

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年3月 6日 (金)

仁和寺

 09kyoutoume5続きです。
 北野天満宮を出て、一条通りを歩いていきます。
 大将軍八神社という変わった名前の神社がありました。建築・移動・旅行などの方除け・厄除けの神様だそうですので、旅行好きの私にちょうどいいかなっと思って、お参りをしました。
 次は地蔵院椿寺。境内の椿が美しいということですが、残念ながら花はもう終わっていました。

 妙心寺の前を通り、仁和寺へと戻っていきました。仁和寺は、平成6年に世界遺産に登録されたのだそうで、ここ09kyoutoume6も見学。
 駐車場のある東門から入っていきました。最初に仁和寺御殿を見学しました(入場料6 00円)。靴を脱いで建物に入っていくと、白砂に松の南庭がとてもきれい(写真上)。白書院や黒書院の襖絵も見事です。廊下を渡って宸殿へと歩いていくと、小さな中庭に続いて、池と木の向こうに五重の塔が見える北庭がありました。ここも日本風のステキな庭園です。宸殿の襖絵も鮮やかでした。
 日本建築の美を堪能して、次はお参り。中門から入り、五重塔を見学。金堂にお参り(写真中)。経堂や朱塗りの鐘楼を見学して、水掛不動尊にお参り。御影堂や観音堂09kyoutoume4 を見学して、今度は仁王門(写真下)から外へと出ました。

 14時50分に駐車場に着き、帰りも2号車に乗りました。バスは、15時に出発し、1回休憩して18時に名鉄バスセンターに着きました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月 5日 (木)

梅の北野天満宮

 2月22日は、名鉄のバスツァーハイキング「学問の神様・梅の北野天満宮」コースに参加しました。

09kyoutoume3  この日はバス4台で、私は2号車に乗りました。バスは、7時40分に名鉄バスセンターを出発し、1回休憩して、10時10分に仁和寺駐車場に着きました。
 仁和寺から、きぬかけの路を通って、金閣寺の方へと歩いていきます。龍安寺の前を通り、金閣寺へ。しかし、ここは以前に何度も来ているので、パス。金閣寺前の交差点横にベンチがあるスペースがあったので、そこでお茶休憩。ここから、向かいの山にある大文字焼の跡がくっきりと見えました。
 千本鞍馬口の交差点から少し行ったところにある、引接寺でお参り。ここには、閻魔法王が祀られている09kyoutoume2千本ゑんま堂があります。
 次は石像寺(釘抜地蔵)です。弘法大師が開祖のお寺で、地元の人が何人かお参りに来ていました(写真上)。

 上七軒の路地を入った辺りにある小店で昼食。京都らしいお惣菜のランチがありました。
 さて、いよいよ北野天満宮です。東門から入っていきました。境内の中に入ると、もう梅がいっぱい。白や赤の花が満開で、それが神社の建物とマッチして、とてもきれいです。大勢の人がお参りや梅見に来ていました。
 文子天満宮を見て地主社の前を歩いて行きました。本殿(写真中)にお参りして、拝殿へ。紅梅殿の横から梅林へ(入場料600円)と入っていきました。
09kyoutoume1 川に沿って歩いていきます。ずーっと梅林が続いていて、とてもきれいです。階段を上がったところにも広い梅園があり、そちらは梅の木がたくさんあって、とても華やかでした(写真下)。茶店でお菓子と梅茶をもらって、ちょっと休憩。茶店は混んでいましたが、梅林の方はそれほどでもなく、のんびりと花を愛でることができて良かったです。また川沿いの道に戻り、出口へ。
 境内にあるお社や梅を見ながら楼門へと歩いて行きました。鳥居の辺りには露店も出ていて、賑やかでした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年3月 4日 (水)

オーストラリア

 昨日は、映画「オーストラリア」を観て来ました。良かったです。泣けました。

 第2次世界大戦前夜のオーストラリア。イギリスの貴族アシュレイ卿は、家計を立て直すため、領地のオーストラリアへ行っていた。なかなか帰って来ない夫を待ちわびた妻・サラは、夫を追って単身オーストラリアへとやってきた。だが、レディ・サラを待っていたのは、夫の死。そして破綻しかけた牧場だった。
 サラは土地と財産を守るために、流れ者のカウボーイ・ドロヴァーやアボリジニーの子どもナラと共に、牛を連れて9000km彼方のダーウィンへの旅に出た・・・・。

 牛を追う旅、これがすごいです。
 邪魔をするカーニー牧場の手下に火をつけられ、牛が暴走する。スタンピード!、キプリングは牛の群れに踏み潰されてしまった。谷の手前で一人立ちはだかる、ナラ。恐怖と責任感、アボリジニーの矜持。
 水の無い砂漠の旅を越え、ダーウィンにやってきた時の高揚感。

 だが、これはそれだけの映画では無かった。牛を追う旅は映画の半分。残り半分には、女性蔑視、人種差別、アボリジニーへの偏見と白人への同化政策が語られていた。
 そして、日本軍の攻撃。私は始めて勝っている日本軍を見た。映像や写真で見る日本軍は、いつも負けていた。武器も食料も無く、悲惨な逃避行を続けていた。無謀な万歳突撃を繰り返して死んでいった。日本の都市は空襲にあえいでいた。だが、この映画では、日本の飛行機が次々と爆弾を落としていた。ダーウィンを焼け野原にして、住民を殺していた。これが、軍隊の本質である。外国人の日本軍に対する憎しみ、私はそれを感じてしまった。これって、けっこう辛いな。
 歴史の真実を知り、それを改めること。単なる娯楽ではない、深みのある映画でした。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年3月 3日 (火)

お雛ケーキ

Iwasakizyou1  ♪きょうは、楽しい雛まつり♪

 さあ、お雛ケーキを召し上がれ。
 ん (・・? ちょっと違う。いえ、これでいいのです。花より団子の我が家なの。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年3月 2日 (月)

時の”風”に吹かれて

 梶尾真治著「時の”風”に吹かれて」。こちらは、短編集です。梶尾真治氏の初期の作品は全て短編で、その斬新な発想が面白かったのですが、この作品集もそういうおもむきがあります。

○時の”風”に吹かれて
 友人の発明したタイムマシンで過去へ行ったが、その世界に捕らえられてしまった。
○時縛の人
 タイムマシンを発明したが、元の世界に帰れず幽霊になってしまった人の話。
○柴山博士臨海超過!
 人間の脳は、普通1割以下しか使われていないらしい。もし、それが7割以上使えるようになり、さらに100%使えるようになったら?。
○月下の決闘
 恋人は、裏バレイのプリマで殺人的手技の持ち主だった。そして、裏バレイと闇エアロビの闘いが始まった。
○弁天銀座の惨劇
 電話の受話器から聞こえる声は、殺人的超音波だった。町が破壊されていく。
○鉄腕アトム
 人間に似せられて作られたロボット。遂に繁殖するロボットまで現れた。
○その路地を曲がって
 いつもの町。だが、ふと路地を曲がったその先に幼いころにいなくなった母がいた。
○ミカ
 猫が人間の女に見える男の話。
○わが愛しの口裂け女
 愛した妻は口裂け女だった。それを知った時、彼女は姿を消した。
○再会
 分校がダムに沈む時、皆が覚えていたが実際には存在しなかった友達の記憶が蘇った。
○声に出して読みたい事件
 早口言葉の話。

 こうやって書いてみると、やっぱり発想が変わっている作品が多い。
 SFの面白さ、それはやはり空想の力だと思う。今とは違う世界、違う惑星、違う時代、違う生活環境、その中で人はどのように生きていくのか?。また、同じ現代社会の中でも、ちょっとした発想の違いで同じものが別物のように見えてくる。
 読書は、怠け者の知的な楽しみだと誰かが書いていたが、それは本当だと思う。自分で考えられないことを、作家の力を借りて楽しんでいるのだから。それでも、やはり読書は楽しく止められない。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »