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2009年9月30日 (水)

美濃路・美濃編(1)

 一宮市尾西民俗資料館が主催する「美濃路探訪~秋・美濃編~」に参加してきました。この講座は毎年行なわれており、私は昨年5月に「美濃路探訪~春・尾張編」に参加しています。Akiminozi1美濃路は、東海道宮宿(熱田)と中山道垂井宿を結ぶ街道で、尾張と美濃にまたがっています。私は、これで両方を見学できたことになり、美濃路が繋がりました。

 講座は、9月13日に講義があり、27日にバスに乗って見学会がありました。講義は、昨年春に受けたものとだいたい同じでしたが、一つ福井藩の16代藩主が参勤交代で福井から江戸へ行く行程の説明が興味深かったです。
 このお殿様も途中美濃路を通られているのですが、これがなかなか大変な旅。福井から江戸までを14日間かけて、1日約40kmを駕籠や馬・徒歩で行きます。だいたい出発は午前6時、宿への到着は午後Akiminozi2_25時。1日11時間の強行軍。現代の盛りだくさんツァー並み。お殿様も楽では無かったようです。

 27日のバス見学会は、8時45分に尾西歴史民俗資料館集合。私はちょっと早めに着いたので、資料館の隣にある起宿脇本陣跡・林家住宅の庭園を見学。ここは、江戸時代からあった脇本陣の庭を昭和初年に当主・林幸一氏が約十年をかけて作庭したものだそうで、園内は木が茂り、心字池と小さな用水の周りには灯篭などが配置されて、趣のある庭園になっていました(写真上)。

 Akiminozi39時にバスは出発。起宿本陣跡や起渡船場跡を車窓から見て、濃尾大橋を渡って金比羅社へ。ここは、起渡船場のちょうど対岸に当たるところで、渡しの安全を祈願して、金比羅社が祀られています。そのすぐ近くには、「右 いせみち」「左 おこし舟渡」と刻まれた道標が民家の塀のところに残っていました(写真中)。
 また、その少し先にある羽島市正木小学校の校庭には、不破一色・坂丸一里塚跡の石碑と看板がありました(写真下)。

 バスは、境川の堤防道路を走り、道標や一里塚跡の説明を聞きながら、長良大橋を渡って墨俣宿へと向かいます。続く。 

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2009年9月29日 (火)

サブウェイ123

 やっと見てきました、「サブウェイ123」。ブログの知人が面白いと書いていたので、見たいなとは思っていたのですが、他にも面白そうなのが次々に封切されていたので、ついつい見そびれていました。

 ニューヨークの地下鉄職員・ガーバーは、ぺラム発1時23分の列車が緊急停止したことに気が付いた。何かあったのか?。と、その時、無線からは見知らぬ男の声が聞こえてきた。「地下鉄を乗っ取った。乗客は人質だ。1時間後に1000万ドル用意しろ。遅れたら、1分毎に乗客を一人ずつ殺す!。」
 偶然に無線を受けたガーバーは、交渉役にされてしまった。犯人は、ライダーと名乗り、ガーバーといろいろ話をする。ライダーは、刑務所にいたことがあるらしい。ガーバーが賄賂の疑いをかけられて降格されたことも話題になった。
 偶然パソコンでネット上のテレビ電話をしていた乗客がいて、車内の様子がネットに流された。ライダーもネットで、ニュースを見たりして、情報を得ていた。
 市長も地下鉄の運行司令室にやってきた。1000万ドルを積んだ車は、白バイに守られて、現場へと急行する。
 現金は間に合うのか?、乗客の命は?。

 いやー、もうハラハラのしっぱなしでした。
 ガーバーは、本当に賄賂を受け取ったのだろうか?。犯人を阻止するため?、それとも真実?。
 現金を積んだ車は途中で事故にあうし、ガーバーの話術にはまったかと思われた犯人は、冷静に時間を見ているし。そして、狂気の犯人と思われた人物の意外な側面と目的!。
 やはり、こういうスリルいっぱいの映画は、映画館向きですねー。家でお茶を飲みながらでは、やはり気分がそがれます。ついつい日常のことに目が入ったりして。
 落ち着き払ったガーバー。ただの地下鉄職員とは思えない度胸の良さ。犯人のライダーもまた見事。短気で人殺しが好きなだけの男かと思いきや、実は・・・。この二人のハラハラドキドキのやりとりと警察の動き。市長やマスコミの様子。いかにも現実らしい映像に目が離せませんでした。

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2009年9月28日 (月)

タロットの迷宮

 小笠原慧著「タロットの迷宮」を読みました。著者の小笠原慧は、精神科医で、この本でも精神科のいろいろな症状や治療法が出てきます。

 近未来。日本の治安は悪化しており、金持ちは居住を首都圏から田舎へと移しかけていた。首都圏の食糧事情も、少しずつ悪くなりかけている。
 そんな時、警視庁捜査支援室所属の麻生利津は、自身が手がけた巨大非合法ビジネスの主犯逮捕事件の結果、身に危険が及ぶ可能性がでてきた。それを避けるため、身分を偽り、犯罪者の医療観察施設に心理療法士として潜入することになった。実は、その施設では女医が一人収容者に殺害されており、その事件を探るためにも内部での調査が必要になっていたのである。
 殺害された女医の胸には、タロットカードの大アルカナ・『運命の輪』が逆向きに留められていた。
 麻生利津が、施設内部を探っていく内に、事件に関係したと思われる人物が次々に殺害されていく。遺体を発見した看護士・丸野は、屋上から飛び降りた。警察には自殺とされたが、利津の部屋のドアにはタロットカードの『吊るされた男』が逆向きに貼られていた。保安課の春田には、『愚者』カード。そして、次は・・・。
 病院の医師たちの中にも、確執があった。外科的な治療を最善とするグループと行動療法や薬物療法を基本とするグループ。医師の中には、治療よりも学会での発表のための資料を得るのが目的の者もいる。医師や職員の間では、精神医療に飽き足らず、占いやカードに興味を持つ者も何人かいた。
 女医はなぜ殺されたのか?、タロットカードは、何を意味しているのか?。

 現在、少しずつ脳細胞の働きについて分かってきた。音楽を聞いたとき、考えているとき、脳のどの細胞が活性化しているのかとか、脳のどの部分が体のどこを動かしているのか等々。だが、人間の精神については、未だ未だ分からないことがたくさんある。精神的な病気についても、治療法はいろいろ提案されているが、未だ絶対というものは現れていない。
 この物語では、タロットカードが重要な役割を果たす。だが、そもそも犯罪者は、完全犯罪を望むはずなのに、なぜ現場に重要なヒントを残すのか?。それは、犯罪を知られたくないという気持ちと、自分がこれをやったと誇示したい気持ちの葛藤のゆえだと。すごいことをやったと誰かに自慢したい。推理小説に出てくる犯罪者が、必ず足跡を残すのは、そのためらしいのだけど、現実の事件ではどうなんだろう?。
 この本は、以前書かれた別の本の続きになっているが、これだけ読んでもけっこうおもしろかった。この前の物語も、機会があったら読んでみたいと思う。

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2009年9月26日 (土)

名古屋都市センター

 9月20日は、名古屋都市センターの11階で 「名古屋の”ものづくり”を支えた企業家たち」の講演会と中部産業遺跡研究会の記念講演があったので、参加してきました。

 名古屋都市センターは、金山駅の南口を出てすぐのところにあり、2階にはボストン美術館が入っています。
Tosisennta2  11階は「まちづくり広場」になっており、江戸時代から戦後の復興、伊勢湾台風など名古屋の町づくりの歴史がパネルで紹介されています(写真上)。展望窓からは、名古屋の街が見渡せ、歴史を見ながら現在の名古屋を実感できます(写真中左)。また、床に名古屋市の空撮写真も貼ってあるので、それを見ながら、場所を探すのも一興です(写真中右)。
 今回は、特別展として、「名古屋の”ものづくり”を支えた企業家たち」のパネル展が行なわれていました。豊田佐吉・喜一郎父子あたりは私も知っていましたが、それ以外に大隅栄一、盛田善平、落合兵之助、安井兼吉、など20人ほどの人達が紹介されていました(写真下)。講演会でこれらの人たちの業績などを聞いて、より興味が湧いてきました。
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2009年9月25日 (金)

庭の花

 秋になり、我が家の庭にも秋の花が咲いてきました。
 写真上左は、彼岸花。毎年この時期になると、真っ赤な花を咲かせてくれます。
 写真上右は、玉すだれ。ちょっと日陰の場所ですが、しっかり自分を主張しています。
 写真下左は、ニラの花。花はけっこうきれいですが、匂いがちょっとね。
 写真下右は、ミニバラ。これは、夏からずーっと長くちょこちょこと花を付けてくれています。鉢植えをいただいたのですが、バラは棘があるので、庭の隅に植えました。ところが、これは大きくもならず、棘もほとんどありません。肥料もほとんどやっていないというかやりにくい場所に植えてあるのに、頑張って毎年花を付けてくれます。もっと中央の良い場所に植えてやれば良かったなーと今では思っています。
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2009年9月24日 (木)

恐竜ランド

 「マーシャル博士の恐竜ランド」を見てきました。おもしろかったです。ただそれだけの映画ですが。

 マーシャル博士はタキオンを使ったタイムワープ装置を研究していた。しかし、あまりに奇抜な学説に学会からそっぽをむかれ、今は子供たちへの解説を仕事にしている。そこへ博士の学説を信じる女学生ホリーがやってきて、タームワープの証拠?を持ってきた。マーシャル博士は発奮し、とうとうタイムワープの装置を作り上げて2人で実験に行くことになった。
 実験場所は、寂れたテーマパーク。そこの土産物店主ウィルが漕ぐ船に乗って、3人は洞窟の中へと入っていった。洞窟の中で装置はタキオンに反応し、3人は時空の裂け目へ。
 そこは奇妙な場所だった。古代のガリオン船と軽飛行機があり、恐竜が走り回っていた。空からは、アイスクリームの販売自動車が降ってくる。砂漠には、ホテルやガソリンスタンドの看板まで落ちていた。
 ここに住んでいるのは、猿人のチャカ。古代の遺跡のような建物には、トカゲ型異星人スリースタックもいて、タイムワープ装置を狙っていた。
 果たして、マーシャル博士たちは元の世界に帰れるのだろうか?。そして、異星人の侵略から地球と宇宙を守ることができるのだろうか?。

 ナンセンスとお笑いの映画です。タイムワープ装置にラジカセを転用したことから、装置が働くとミュージカルのダンス音楽が流れ出す。タイムワープ装置がプテラノドンによって巣に持ち込まれた時は、音楽に合わせて踊りながら装置を取りに行き、音楽が鳴り止むと起きてきた子供たちを眠らせるため、歌を歌いながら戻ってくる!。
 アロサウルスのおしっこをかぶったり、T・レックスと追いかけっこをしたり。
 落ちていた?ホテルのプールで泳いで、木の実の汁で酔っ払う。
 異星人のつくりがちょっといい加減ですが、まあ気にしない。

 ウィルが言う。俺はここに残るよ。ここは、俺が今まで夢に見ていた場所と同じだ。あくせく働かずにのんびり暮らす。うーん、そういう人生もありかな~。

 この映画も最後まで席を立ってはいけません。終わりかなっと思った映像の後が、またおもしろい。最後に次は?と思わせる映像もあって。
 最近の映画は、最後まで見させる工夫をいろいろしていますねー。

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2009年9月23日 (水)

葛城の道(2)

 ここからは平坦な道が続きます。北へと歩いていき、住吉神社にお参り。道の周囲には棚田が続き、畦道のそこかしこには赤い彼岸花が咲いていました。
Katuragi5  昔からの集落らしい地域を通っていきます。”太神宮”と書かれた常夜灯が立っており、昔風の格子窓がある家の前には井戸が残っていました(写真上)。
 一言主神社の鳥居で角を曲がり、西へと歩いて行きます。杉木立の間にある道を通って棚田の中の道を歩いていくと、二の鳥居の向こうに一言主神社がありました。しかし、本殿に行くには階段がかなりありそうで、通過時間も過ぎていたので、パス。先を急ぎます。
 ここから山裾の道に入ってきました。「綏靖天皇葛城高宮跡」と書かれた石碑がありました。
 広い道に出てくると、棚田の向こうに市街地が見えてきました。黄金の稲に赤い彼岸花、その向こうには家々が連なり、山がそれを囲んでいる。絵のような景色が続きます(写真中)。
Katuragi6 九品寺は、奈良時代に聖武天皇の詔によって行基が開基した寺です。ちょっと時間が超過していましたが、寺の下に名鉄バスハイクのスタッフの方が居たので、まだ大丈夫だろうと思い、せっかくなので階段を上ってお参り(写真下)。時間が無いので、さっさと下におりて、コースをたどります。

 広い道を歩いていくと、葛城ロープウェイ駐車場と書かれた看板が見えてきました。ここから坂を上っていきます。もうすぐかと思っていたのですが、この坂が長い。なかなか着かず、とうとう時間切れ。携帯電話でバスに連絡すると、着くまで待っていますと言われたので、せっせと登って行き、10分後に到着。こんなことは、初めてです。
 Katuragi7私が乗ると、バスは発車。私が最後かと思ったのですが、なんと坂の下で待っている人が3人。彼らは間に合いそうも無いということで、連絡してバスに拾ってもらうことにしたのだそうです。
 ハイキングスタッフの方も言っていましたが、今回のパンフレットに偽りあり。標高差100mというのは、スタートとゴールの差はそれくらいかもしれませんが、途中のアップダウンはもっときつかったようだし、距離も8km以上あったらしい。若くて健脚なスタッフが、休息せず社寺にも参らずにコースを歩いて、3時間かかったとか。途中、階段を上って社寺にお参りし、休憩して写真を撮ったりしていたら、間に合わないはずだわ。名鉄のバスハイクはいつも時間に余裕があるのですが、今回はコースの見積もりミスのようでした。ふー、全くあせりました。
 バスは、途中2回休憩して、19時15分に名鉄バスセンターに着きました。

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2009年9月22日 (火)

葛城の道(1)

 18日は、名鉄バスツァーハイキング「彼岸花咲く!日本神話の舞台 葛城の道」コースに参加してきました。今回も★★でしたが、100m未満で8.0km 2時間30分と書いてあったので、たいしたこと無いだろうと思って申し込んだのですがとんでもない、かなり大変なコースでした。

Katuragi1  今回はバス2台で、私は2号車に乗りました。バスは、名鉄バスセンターを8時に出発し、途中2回休憩して、11時30分に高鴨神社に着きました(写真上)。
 ここは、古代豪族の鴨族が発祥の地に奉斎した神社で、全国各地にある加茂社の総社にあたるのだそうです。階段の上にある本殿とその下にある東神社にお参りしました。
 舗装された道を北へと歩いていき、西に折れて、山道へと入って行きました。木の階段が続きます。けっこう急な階段が終わって、平坦な道へと出てきたところに高天彦神社がありました。ここは、大和朝廷に先行する葛城王朝の始祖・高皇産霊尊を奉斎する名社だそうです。お参りして、休憩所で昼食。

Katuragi3  平坦な道を歩いていきます。周りは棚田になっており、ちょうど稲が実って黄金色の稲穂が垂れていました。一部、もう刈り入れが終わっている田もあります。
 空き地に、「史跡 高天原」と書かれた石碑が立っていました。
 橋本院のところには、お地蔵様が何体か並んでおり(写真中)、その奥に瞑想の庭がありました。蓮池の周りにコスモスが咲いており、お釈迦様の像が立っていました。
 この先から下り坂の道に入って行きましたが、これがすごい道。さすが★★です。杉木立の間に作られた細い木の階段を延々と下りて行きます(写真下)。滑りそうで、ちょっと危ない感じだったので、ストックを持っていってKaturagi4 良かったです。最後は、コンクリート製ですが人一人が通れるくらいの細い橋を渡って、終了。山道を抜け、広い道へと出てきました。
 極楽寺は、951年に南都興福寺の名僧一和僧都によって開基された寺で、枯山水の庭園が美しいと書かれていましたが、ここまででもう2時間かかっています。時間が無いので、あわててお参りだけして終了。庭を見るのは諦めて、先を急ぎました。続く。

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2009年9月21日 (月)

デンデラ

 佐藤友哉著 「デンデラ」 を読みました。すごい話です。何と言っても”姥捨て山”のその後なのですから。姥捨て山に捨てられた老女は、その後どうなったか?黙って死んでいった、とんでもない、ちゃーんと生き延びて村に復讐を図っているのです。あな、おそろしや。

 斉藤カユは70歳になったので、息子に背負われて『お山』に捨てられました。白装束を着て『お山参り』をすれば、極楽浄土に行けるはずだったのですが・・・・。なぜか、夜中に女の人の声がして、翌朝目が覚めると、ほったて小屋のような家の中で藁に包まれて寝ていました。
 そこはデンデラでした。デンデラは、やはり山に捨てられた三ツ屋メイが30年前に造った村で、山に捨てられた老女だけを拾って人口を増やし、畑を耕したり山で小動物を捕ったりして生き延びていました。
 三ツ屋メイの目的は、ただ一つ。自分を捨てた村が憎い。人口を増やし、武器を使う訓練をして、いつか村を襲撃する!。だが、デンデラに住む老婆達の考えは、一様ではなかった。三ツ屋メイを長とする襲撃派に対して、村の存続と安定のみを目的とする穏健派が存在していた。
 そんな時、大変な事態が起こった。今年は村は不作だった。そして、山も不作だったため、冬ごもりができない熊が居たのだ。その雌熊は、昨年産んだ小熊を連れており、デンデラの倉庫を襲って、食料と共に人肉の味を覚えた。デンデラの老婆たちは、知恵を絞って熊の襲撃に立ち向かい、小熊を倒すことができた。小熊の肉を食べ、喜びに沸いていた村。だが数日後、疫病が始まった。血を吐いて倒れる老婆達。
 親熊は未だ生きている。そして疫病。デンデラは、どうなるのか?。そして、村は?。

 いやー、すごい。さすが、70年以上生きている老婆たち。転んでもただでは起きぬ根性の持ち主ばかり。まあ、昔の老婆がこんなに元気かどうかはともかく、今の老人ならできそうだ。ウォーキングに行っても、私より速くさっさと歩いていく老人がけっこういて、年を聞いてみると70過ぎという人も多い。75歳でエベレストに登頂した三浦雄一郎もいるし。今時の若者、絶対に負けると思うな。
 デンデラに来た女たちは、今まで考えたことがない自分の生き方について考えることになる。襲撃派にせよ穏健派にせよ、何のために生きるかということを突きつけられるのだ。死ぬつもりだったのが、死ねなかった女たちの生き様。考えさせられます。

 岩手県遠野市にはデンデラ野という場所があり、昔60歳になった老人を捨てた場所だとも言われています。

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2009年9月19日 (土)

スターウォーズ 暗黒の会合

 「スターウォーズ 暗黒の会合」を読みました。これも 「スターウォーズ 破砕点上」「破砕点 下」 と同じく、「エピソード2 クローンの攻撃」の後の物語です。

 エピソード2から30ヵ月後。共和国と分離主義者との戦いは熾烈を極め、戦線はどんどん広がっていった。数少ないジェダイは戦いに駆り出され、ジェダイテンプルで子供たちを教える教師の数も少なくなっていた。 
 そんな時、分離主義者のリーダー、ドゥークー伯爵からジェダイの長老・ヨーダに私信が届いた。ヨーダの弟子だった時の思い出の品を送り、ヨーダに会いたいと。これは罠か?、それとも停戦への手がかりか?。
 ドゥークー伯爵は今、惑星ヴィジョンに居た。ヴィジョンもまたフォースが強い土地で、その力がいつしか狂気を産み、住民のほとんどが殺されたり自殺したりしていなくなっていた。
 ヨーダは、2人のジェダイと2人の若いパダワンを連れて、惑星ヴィジョンへと旅立った。2人のパダワンは、未だジェダイテンプルの生徒で、13歳の少年・ウィーと14歳の少女・スカウト。ウィーは、惑星ヴィジョンでドゥークー伯爵が住んでいるマルロー屋敷の子孫だった。
 果たして、ヨーダとドゥークー伯爵の会合は、無事行なわれるのか?、そして結果は?。

 今回の話は、映画の本編と連続しています。
 映画に出てきた、緑の小柄な老ジェダイ・ヨーダ。彼の活躍はなかなかのもの。800年も生きている老人?だが、ライトセーバーの腕はたつし、そのフォースの力は強い。彼は、どんなダークサイドの誘惑にも屈しない。
 今回はそういった美点だけでなく、ちょっと笑えるエピソードもいろいろ。まず、食事の好み。どうも私達ヒューマノイドとはかなり違っているらしく、泥沼を煮込んだようなものが好き。お腹が空いていると、とっても不機嫌になる。今回の旅では、隠密に出かける必要があるため、なんとR2型ドロイド(丸いブリキ缶のような形)の中に入って、ロボットのふりをする。これが、こそっと変なことをやったりするのよね。
 オビ=ワン・ケノービやアナキン・スカイウォーカー、パドメ・アミダラもちょっとだけ出てきます。

 ジェダイは、共和国全ての人々から信頼されているわけではない。それどころか、子供の誘拐者として忌み嫌われている部分も合わせ持っている。ジェダイになるためには、フォースを感じる才能を持つ子供たちを、幼い頃から訓練しなければならない。
 ドゥークー伯爵は、いみじくも言った。ジェダイになるのは、親にお前はいらないと言われた子供たちだと。それでもスカウトは言う。私はジェダイについていくと。ウィーも母親に会うが、やはりジェダイへの道を選んだ。

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2009年9月17日 (木)

寝子

 ネコは、寝てばかりいるので、ネコという名前が付いたとか。我が家のナナちゃんもよく寝ています。
 我が家には、座椅子が2つあって、一つは猫用もう一つは私用のはずなのですが、なぜかナナちゃんは私が座っていた方で寝たがります。私がトイレなどで席を立つと、すかさずやってきて、座椅子にドタリ。立ち上がって、すぐにもう一度座ろうとして、ナナちゃんがいるのを見て慌てることもあります。私がナナちゃんの上に座ったら、大変。ナナちゃん、つぶれちゃうかも。
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 パソコンをやっている時は、パソコンの椅子に。それはいいけど、パソコンを枕に寝ている時もあるのよねー。頼むから、キーは押さないでね。
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2009年9月16日 (水)

ウルヴァリン

 映画「ウルヴァリン X-MEN ZERO」を見ました。
 X-MENの1と2は以前見たことがあったので、このウルヴァリンも期待していました。

 ローガンは、幼い頃、自分の養父を殺した男(実父)を殺してしまった。そして、兄のビクターと共にその家から逃げた。
 ローガンと兄のビクターは、2人とも不死身の体を持ち、ローガンは手の甲の間から強力な骨が飛び出し、ビクターは長い爪が伸びて、人を切り裂く。
 2人は、体の特性を生かして、南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と戦場を渡り歩いた。ある時、ビクターが上官の命令に逆らい、ローガンもそれに加勢したことで、二人は銃殺刑になった。だが、死なずに生き返ってしまった。
 その2人に軍人ストライカーが、特殊部隊・チームXへの参加を持ちかけた。それは、ミュータントの部隊で、様々なことを行なった。しかし、あまりに残酷な任務に、ローガンはそこを抜けることにした。
 それから、6年。ローガンは小学校教師のケイラと静かな暮らしをしていた。しかし、そこにまたストライカーが現れ、ケイラはビクターに殺された。復讐に燃えるローガンは、ストライカーの勧めに従い、骨格に超金属アダンチウムを埋め込んだ。だが、それは、ストライカーの陰謀だった。
 ローガンの手からは、全てを切り裂くアダンチウムの刃が伸びる。ローガンはウルヴァリンと名を変え、ビクターやストライカーに復讐を誓う。果たして、ウルヴァリンの行く手には・・・。

 アクション満載、ウルヴァリン、かっこいいです。手の甲から伸びる金属の刃、それで壁からヘリコプターまで次々と切り裂いていく。
 冷酷無比、目的のためなら誰でも利用し、容赦なく殺していくストライカー。ウルヴァリンは、彼に翻弄されながらも、最後には自分を取り戻す、「あなたは獣ではない。」というケイラの言葉を思い出して。
 いろいろなミュータントが次々に出てくる。2本の刀を振り回して、銃弾さえはじき返してしまうウェイド。トランプの天才的ギャンブラー、ガンビット。テレボーテーション能力を持つライス。電気や電波に干渉できるブラッドリー。他にも目を開くと熱戦で全てを焼ききってしまう少年や体を金属にして銃弾をはじく少女など、後のシリーズに出てくるようなミュータントもいた。
 そして、最後に全ての超能力者の能力を植えつけられた怪物が・・・・。この映画も最後まで席を立ってはダメ。エンドロールの後に・・・。次の予告になるのかなー?。
 X-MENシリーズを見たことがある人なら、なるほどと思える場面もあって、楽しめます。
 ただ私としては、どうしてこういうミュータントが生まれてきたのか、ということにも踏み込んで欲しかったなー。

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2009年9月15日 (火)

火天の城

 6月の終わり頃に、JRのウォーキングで安土に行ってきました。「信長の館」では、復元された安土城天主5階・6階部分を見て、その後 「安土城跡」に登り、「安土町城郭資料館」では安土城が描かれた襖絵を見ました。そして先日は、「ちょんまげワールド」で、原寸大に造られた鉄筋の安土城天主に入りました。これは、もう安土城を造る映画を見なくては。

 熱田の宮大工・岡部又右衛門は、ある日突然信長から安土城の設計を任される。5層の天守閣、未だどこにもない壮大な城を造れと。心血を注ぎ、設計を考える又右衛門。だが、信長は4層吹き抜けの構造を要求した。
 又右衛門が躊躇すると、信長は他の棟梁を呼び、金閣寺を建立した池上家と奈良の大仏殿を建造した中井一門との3者で指図争い(コンペ)をすることになった。又右衛門の設計は派手さや壮麗さでは負けたが、安全・堅牢という見地から選ばれた。
 築城が始まる。このような大きな天守閣を造るには、それにふさわしい大木が必要だ。天主を支える親柱になる大檜を探しに又右衛門は木曽上松へと旅立った。果たして、信長と対立している木曽から檜は来るのか?。
 途中の合戦、岩を動かす時のハプニング、嵐の襲来。様々な困難を乗り越え、城は建つ!。

 私は木曽上松にある赤沢自然休養林で、伊勢の式年遷宮に使われた檜の切り株を見たことがあります。注連縄が巻かれた切り株は、とても太かった。しかし、又右衛門が見つけた檜はきっともっと大きかったのだろう。式年遷宮は20年毎にあるのだから。樹齢2000年の檜、それはあるだけでもう神木と言える樹だ。

 そしてあの築城風景、半分出来上がった石垣の向こうに骨組みだけの安土城を見た時、大勢の人がそれに取り付いているのを見た時、本当にゾクッとした。私はその時、自分が安土の山に立っている気分になったのだ。あの石垣、礎石を、私は見た。
 麓には前田利家や羽柴秀吉の屋敷跡があり、でこぼこの石段を上っていくと、石垣が見えた。石垣の間を通って、二の丸跡や本丸跡を歩き、その上に天守閣跡があった。広場にたくさんの礎石が等間隔に整然と並んでいた。あの上に天守閣が建っていたのだ。周りの土手になっているような部分に腰を下ろし、昼食を食べて休憩をした。眼下には安土の町や遠くの山々、そして琵琶湖が見えた。信長が大和の中央と言った景色だ。

 「安土城を建てたのは誰?。」「織田信長」「いいえ、大工だよー。」
 これはなぞなぞではなく、本当に城を造った人たちの物語。石工が石垣を造り、杣人が樹を切り、匠が建てる。
 これは、職人の物語、主人公は城だ。ああ、できれば天守閣だけでなく、二の丸や本丸も見たかったなー。

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2009年9月14日 (月)

まわりゃんせ

Isesima28_3  今回の旅行で私が利用したのが、この「伊勢・鳥羽・志摩スーパーパスポート まわりゃんせ」です。私は近鉄の回し者では無いのですが、とってもお得な切符なので、紹介します。
 値段は、9500円。これで、名古屋~賢島の近鉄電車・特急乗り放題+三重交通のバス・観光船乗り放題+約30の観光施設の入場料・利用料が無料になります。4日間有効。

 今回の私の旅行では、下記のように使いました。 
 近鉄名古屋駅→鳥羽駅 特急利用     2,950円
 鳥羽駅→ちょんまげワールド バス往復      920円
 ちょんまげワールド伊勢通行手形      3,900円
 鳥羽駅→鵜方駅      特急利用       920円 
 鵜方駅→志摩スペイン村 バス往復      720円              
 志摩スペイン村パスポート券         4,800円
 鵜方駅→近鉄名古屋駅  特急利用    3,480円
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         合計              17,690円

 これが、全部で 9,500円。すごいお得でしょう。大阪駅からでもOKです。近鉄駅で発売していますし、近畿日本ツーリストやJTBなどでも扱っています。その場合は、まわりゃんせの引換券をもらって、駅で引き換えて乗ることができます。

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2009年9月13日 (日)

志摩スペイン村(2)

 昼食後は、またアトラクション。「不思議の国のアリス」では、魔法の杖を持って、トランプの国や鏡の国を体験しました。
Isesima3  そうこうしている内に、通路に綱が張られました。エスパーニャパレードの始まりです。音楽にのって、いろいろな飾りが付いたパレードカーが次々にやってきました。パレードカーの上で踊っている人や通路でパフォーマンスをしたり踊ったりしている人達。楽しいひと時です(写真上)。

 「スプラッシュモンセラー」ではボートに乗って急流を滑り降り、「グランモンセラー」では普通のジェットコースターを体験。絶叫マシンも、これぐらいが丁度いいかな。「アルカサルの戦い」は、乗り物に乗って電子銃で怪物を撃つゲームですが、シューティングマシンが苦手な私は、やはり点数が低かったです。
Isesima25  「ピエロ・ザ・サーカス」は、新しくできた屋内型アミューズメントですが、どうも子供向けらしく、幼児連れの人達がたくさんいたので、パス。
 お城のようなステキな建物(写真中)は、「闘牛コースター」で、暗闇の中を走るジェットコースター。暗いので、横揺れを大きく感じます。
 レストランやショップが並ぶマヨール広場を歩いて、ハビエル城へ。この城の中には、スペインの歴史に沿って、彫刻や絵画、写真などいろいろな展示がなされています。今回は「アルタミラの壁画」のレプリカが新しく展示に加わっていました。他にもスペインの衣装や陶器なども良かったです。

Isesima27  「アドベンチャーラグーン」ではまた広い池をゆく船に乗り、「ドンキホーテ冒険の旅」でも乗り物に乗って架空の世界へ。「クエントスの森」では、木々の中の小道を歩いておとぎ話の世界へ。
 最後に、15時45分からのミュージカル「マルクの恋人」を見ました。これは、マルクという青年が植物に水遣りをする乙女達を見初めて、いろいろ仕掛ける恋の物語。楽しいミュージカルでした(写真下)。

 16時25分 志摩スペイン村発のバスに乗って、38分に鵜方駅着。17時10分発の近鉄特急に乗り、途中鳥羽駅で乗り換えて、19時14分に名古屋駅に着きました。

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2009年9月12日 (土)

志摩スペイン村(1)

 さて、8日もテーマパーク 「志摩スペイン村」へ。

Isesima21  朝、7時起床。ホテルで朝食。和風の定食を食べましたが、モーニングコーヒーも無料で付いていて満足。
 8時20分頃、ホテルを出て鳥羽駅へ。8時52分発の近鉄特急に乗って、9時16分に鵜方駅着。9時25分発の三重交通バスに乗って、9時38分志摩スペイン村着。

 入り口には、ドンキホーテとサンチョの像が建っています(写真上)。
 中に入ると、スペイン村のキャラクターたちが待っていました。店が立ち並ぶエスパーニャ通りを通って、あちらこちら見ながら奥の方へと歩いて行きました。
Isesima22  最初に、10時10分からのキャラクター・ファンタジー・ショー「チョッキーとドリームステッキ」を見ました。これは子供向けのショーで、キャラクターたちが歌って踊る楽しいショーでした(写真中)。
 次は、10時40分からの「四季・フラメンコ」。こちらはパスポート以外に料金500円(1ドリンク付き)がかかります。しかし、それだけのいやそれ以上の価値はありました。本格的なフラメンコの舞台。タタターンというダンスシューズのたてる音、ギターのリズムに乗って、踊るダンサーたち。スペイン人による本格的フラメンコショーというだけあって、とても見ごたえのある舞台でした。

Isesima24  さて、ここからはアトラクションで遊びまくり。
 「光の宮殿」では、乗り物に乗って、ファンタジーの世界へ。
 「ダルのファンタジーワールド360」は、3Dの映像が見れるのですが、これが映画・エーリアン風の気味悪い恐怖映像で、ここだけ子供向けではない異質の世界でした。
 ジェットコースターの「ピレネー」はやはり一番の絶叫マシンです。肩から吊り下げられて斜めに回る瞬間、ふっと体が浮く。ちょっと恐怖で気持ちいい?、キャー!、でした。

 レストランで昼食。スペインらしくパエリヤを食べました(写真下)。続く

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2009年9月11日 (金)

ちょんまげワールド伊勢(3)

 写真上が安土城へ行く”駕籠バス”。ちょいとシャレた作りですが、中は古くなっていて、布張りの座席シートなどは擦れて破れかけていました。
Isesima18  写真中は、”ニャンまげ”くん、村内を歩き回っていました。

 さて、あと残っているアトラクションは、「忍者からくり迷路」。私はかなりの方向音痴なので、迷路は苦手。だいたい普通の道でも迷うのだ。しかし、時間もあるし、それほど広くなさそうだから大丈夫かな。屋内迷路なので、どうしてもダメな時は、非常脱出口から出られるらしい。中に入ると、周りを板壁で囲まれた廊下がぐるぐると続き、板壁の一つを押さえると次の襖の間へ。そこも襖で囲まれた迷路 があって、やはり一箇所だけ開けられる。鏡の間や金屏Isesima19風の間、など似た様なところをぐるぐると。やはり、いろいろ迷いましたが、途中で迷路の絵図面を見てなんとかクリア。30分ほどかかりました。

 土産物店をちょっと見て、16時30分からは最後の芝居「人涙劇場」へ(写真下)。ところが、客は私一人。営業時間は17時までなので、みんなもう見て帰ってしまったらしい。役者さんたちにはちょっと申し訳なかったですが、私一人のためにしっかり演じてくださいました。内容は、新撰組の話でした。
 芝居も終わり、役者さん達やキャラクターに見送られて出口へ。17時03分発のCANバスに乗って鳥羽駅へと戻りました。

Isesima110  近鉄鳥羽駅側に食事&土産の鳥羽一番街があるので、そこで夕食と思っていたのですが、考えが甘かった。行ったら、”今日の営業時間は終了しました”って。えっー!営業時間は、9時から17時30分までだそうです。食べるところを探すのも面倒なので、駅ビルに1件だけあったレストランに入りました。以前来た時は、JR側に魚貝類や土産品を売っている店がたくさん並んでいたのに、そこもほとんどシャッターが下りています。ここも寂れたのかなー。

 鳥羽駅から歩いて10分ほどのビジネスホテルに泊まりました。

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2009年9月10日 (木)

ちょんまげワールド伊勢(2)

 エスカレーターに乗って下へ。13時30分からは、「山田奉行所」でまたお芝居を。こちらは、ご存知大岡越前守のお白州の場面(写真上)。役者の芝居が終わった後は、観客の中から一人選ばれて、越前守を。これがけっこう笑えました。
Isesima12  伊賀忍者妖術屋敷は、床が斜めになっている造りで、まっすぐ歩くのが大変。平衡感覚が狂う体験ができます。
 戦国腕試し館は弓矢、戦国合戦砦鉄砲体験館は鉄砲のゲーム館です。私はこれらのゲームは苦手なので、パス。売店でソフトクリームを食べて、休憩。
 ここは、中央に池(小琵琶湖)があり、その周りに十二支守り本尊の像や建物が建っています。また、池の中に黄金道真公天満宮があり、大きな金色の道真公の像が建っていました。
 14時30分からは、また「笑え亭」でお芝居。こちらは、追いはぎに対処するには、という題で人間が演技するビデオを見てお話。この人間ビデオが演じる早送りや巻き戻しがおもしろくて、大笑いしました。
Isesima16  笑った後は、またお化け屋敷。「妖怪屋敷」は、日本古来?の妖怪が住んでおり、ちょっと古い感じですが、なかなかよくできていました(写真中)。

 さて次は、安土城です。安土城へは、上の忍者の里から駕籠型のバスに乗っていきます。時代考証に基づき、原寸大で再現された?安土城は、さすがに立派。大櫓門の向こうに7階建ての威容を誇っていました(写真下)。
 城の中に入ると、1階には桶狭間合戦場が作られていました。作り物の馬や武士・雑兵がたくさん置かれていて、ワーワーという鬨の声と解説がスピーカーから流れていました。織田信長の天下取りの始まりです。
Isesima17  3階には、バテレンとの会見の場面が作られており、信長とオランダ人たちの人形が置かれていました。5階は本能寺の場面ですが、こちらは建物の外側がちょっと作られているだけでした。
 6階は展望台になっていて、安土城なら琵琶湖ですが、こちらは伊勢湾が見渡せました。7階は、狭いですが黄金の間になっていて、天上から壁まで金ぴかでした。
 この安土城も私一人の貸切で、ゆっくり眺めることができました。帰りも駕籠バスが迎えに来てくれて、それに乗って忍者の里に戻りました。続く

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2009年9月 9日 (水)

ちょんまげワールド伊勢(1)

 今回は、アミューズメントの世界へ。8日は、「ちょんまげワールド伊勢(伊勢・安土桃山文化村)」へ行ってきました。

Isesima11  8時50分名古屋発の近鉄特急に乗って、10時26分鳥羽駅着。39分発のCANばすに乗って、11時05分ちょんまげワールド着(写真上)。
 ここは、10年ほど前に一度来たことがあり、その時はまだできたばっかりでした。ネットの知人が行ったという話を書いていたので、私もあれからどう変わったかな?と思い、来てみました。
 夏休みも終わり、もう少しすると9月のシルバーウィーク。というわけで、村内はガラ空き。広い園内を観光客がちらほら。
 村内には5つの芝居劇場と5つのアトラクション、2つのゲーム場があります。芝居劇場は上演時間が決まっているのでまずそれから見ていき、あいた時間にアトラクションをやってみることにしました。
Isesima14  戦国大門をくぐり、村内をちらっと見て、昇竜の門から天上天下道(エスカレター・写真中)に乗って忍者の里へ。
 先ずは忍者修行砦へ。ここは、中へ入っていくと、忍者の人形が出てきて、「山」と言われたら「川」と答えて進んでいく、お化け屋敷風のところ。
 11時30分からは、「大忍者劇場」で約20分間の芝居見物。服部半蔵と徳川家康が風魔一族と戦って信長の宝を見つけるというアクション劇。忍者の動きが良かったです。劇が終わった後は、役者の方と記念撮影もしました。
 「怨霊首無寺」も、お化け屋敷でこちらはかなりおどろしい感じ。
Isesima15  12時10分からは、隣の「ニャンまげ劇場(写真下)」で欽ちゃんのシネマジャックを。欽ちゃん主演の映画と高倉健の映画の2本立てでしたが、内容は一昔前のドラマでフィルムも荒れており、つまらなかったです。
 お腹が空いたので、丼と麺の店で昼食。ほんとうは下の食堂で食べようと思っていたのですが、呼び込みのお兄さんが熱心なので、つい。全品500円は安くて良かったのですが、客はなんと私一人。味は普通でした。
 忍者資料館には、忍者の忍び道具などが展示されていました。続く。

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2009年9月 6日 (日)

苦情こそ我が人生

 関名ひろい著 「窓口職員奮闘記 苦情こそ我が人生」 を読みました。

 山口直哉は、市役所の住民課勤務で南出張所に来て10年、そろそろ定年退職である。南出張所には、所長・桜田咲子(50代)、斉藤松五郎(50代)、岸部マリ子(20代)の4人の職員がいる。
 住民は毎日、いろいろなことで出張所へやってくる。所得税や住民税の支払い、婚姻届や離婚届、出生届けに死亡届、戸籍謄本や住民票、国民年金の支払いや国民健康保険、印鑑登録、等々、役所の仕事はけっこう多岐に渡る。しかも届け用紙がそれぞれ違い、書き方も面倒。いろいろな条例に使われている役所言葉が、また分かりにくい。それを住民にきちんと説明し、手早く処理するのは、なかなか大変。身勝手な住民に振り回されたり、時には職員の手違いも。

 というわけで、役所の窓口は苦情の山。市長を出せと怒鳴る住民もいれば、役所に投書する住民もいる。本庁の課長や部長は、保身が大事。これまた何かといえば窓口のせいにしたがるのだ。
 私も公務員の端くれだったこともあるので、この辺りの事情はとってもよく分かる。出世大事な人間は、絶対に責任を取ったりしない。手柄は自分のものに、失策は部下のせい。大過なく、上にへつらう人間の方が出世する。
 だが、出世しなくていいと思えば、これほど楽な居場所も無い。8時半から17時半まできちんと働いて、きちんと帰る。休みもしっかり取れるし、身分は保証されている。窓口業務が自分に合っており、住民のためになっているという自負があれば、出世の必要は無い。上にいっても、楽しい仕事があるとは思えないからだ。

 山口は、窓口業務が好きだった。確かに苦情も多く、大変なことも多い。だが、住民に感謝されることもあり、そういう時には今までの苦労が報われると感じる。
 戸籍にまつわる話では、いろいろな事例があった。パスポートを取るために戸籍を見て、初めて自分が養女だと知った話。ストーカーや家庭内暴力で逃げてきた人の住民票をどうするか。印鑑登録に三文判を使ったばかりにサラ金被害にあった話。
 いろいろな事例で、つい親身になって相談に乗る内に、住民の人生を垣間見ることになっていく。ほんとうに役所というのも、悲喜こもごもの人生が凝集される場所だなと思う。

 最後に著書プロフィールを見たら、やはり市役所の窓口業務に携わって、定年退職したと書かれていた。フィクションとあるが、かなり経験に基づいた内容のようである。

 お知らせ:明日・明後日と留守にします。帰ってきたら、また書きますね。

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2009年9月 5日 (土)

クッキングパパ

 美味しい映画の後は、美味しい漫画を。という訳で、美味しい漫画といえばこれ、「クッキングパパ」。

099mono1  この漫画の主人公・荒岩一味氏は、博多にある金丸産業・営業二課係長。外見はゴツくて怖そうですが、人情深い愛妻家。特技は料理で、プロ並みの腕を持っています。妻の虹子さんは、福岡フクニチ新聞の文化部記者。料理は苦手で食べる方専門。子供は二人で長男のまことと妹のみゆき。
 朝は、父・一味が作る朝食で始まり、お弁当も作る。夕食も一味が。時には、会社から夕食を作りに家へ帰って、また会社に戻って残業をしたり。時には虹子が作ることもあるのですが、ごく簡単なものが多いです。二人のなれそめは、大学のサークル活動での合コン。カレーもまともに作れない料理担当の虹子さんに代わって、一味さんが美味しいカレーを作ったところから始まった。
 これはもう104冊目で、荒岩夫婦も結婚20周年。最初は一人息子だったまことは、もう大学生。妹のみゆきは、まだ小学生です。

 話は短くて一話完結。漫画に出てくる料理のレシピが必ず載っています。で、これが私の料理の参考になるかというと、ちょっといやかなり無理。なんせ、一味の料理はプロ並みの腕ということなので、料理の内容もかなり高度。手間隙がかかるものも多く、私などはふーんと言って見るだけ。やるところまではなかなかいきつけません。
 今回の料理も、ラムのモーレソース、ハンガリアングラーシュ、マルガリータ、パスタ・エ・パターテなど、見ただけで難しそう。マルガリータぐらいは知っているけど、ピザを粉から作るんだからなー。冷凍のを買ってきて焼いている私には、ハードルが高すぎ。
 が、数多い漫画の中には、 かきあげ天丼やハゼのから揚げ、トッピングいろいろのせソバ、などもあって、試してみようかなというのも時にはあります。

 漫画の内容も、料理の薀蓄だけでは無く、ご近所の人とのつきあい、息子や娘の友達と楽しく手作りをしたり、会社の仲間達と悩みを聞きあいながら美味しいものを食べたり。
 ”美味しいものを食べると元気になる”、仕事に、遊びに、つきあいに。やはり食というのは大事で楽しいと思えます。

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2009年9月 4日 (金)

魔王

 伊坂幸太郎著 「魔王」 を読みました。ブログの知人が、この作家の小説が好きだと書いていたので、興味があったからです。

 安藤兄弟は、子供の頃に両親を亡くし、今は2人でアパートを借りて生活している。弟の潤也の恋人・詩織が時々そこへ遊びに来ていた。
 兄の俺は、ある時に突然、自分が思ってたことを他人にしゃべらせる能力があることに気が付いた。
 その頃、政界は混迷しており、人々は閉塞感から新しい政治家を求めていた。野党の未来党に犬養が現れたのは、ちょうどそんな時代だった。彼はカリスマ性があり、扇動的な言動で民衆の心を掴んでいった。
 俺は、人々が同じ方向に向かって動いていく雰囲気を、不気味だと思った。これはファシズムの始まりではないのか?。俺は犬飼にも自分の能力を試そうと思い、犬養に近づいていったが、そこで意識が無くなってしまった。
 兄が亡くなって5年、弟の潤也は詩織と結婚して仙台に住んでいた。そしてある時、競馬で自分が1/10の以上の確率なら勝ち馬を当てられることに気が付いた。
 その頃、犬養はもう首相になっていた。憲法改正の投票が行なわれる。日本は、どういう方向に向かっていくのだろうか?。

 この本は、2005年に発行されたものですが、今の状況と似ています。衆議院選挙では、初めて野党の民主党が300議席もとりました。時代の閉塞感も似ています、だが、違うところが一つあります。それは、野党の党首にカリスマ性が無いことです。確かに人々は民主党に期待もしていますが、同時に醒めてもいます。選挙も新しいうねりらしきものはありましたが、熱狂性はありません。4年前の「じゅんちゃーん!。」というような呼びかけは、どこにも聞かれなかった。それは、たぶん良いことなのでしょう。

 第二次世界大戦前、ヒトラーもムッソリーニも民衆から熱狂的な支持を得ていました。最近読んだ「ワルキューレ」でも、ヒトラー暗殺を企てたクラウスでさえ、初期の頃はヒトラーに陶酔して彼のために戦おうと思っていたのです。
 今の小選挙区制では、ほんのちょっとの票の変化が大きな政治の変動を産む。なぜなら、選択肢が少なすぎるからです。どちらか一方の二者択一になり、死票が積み重ねられる。この状況で、もしカリスマ性のある政治家がでてきたら?。私はとても怖いと思う。
 憲法改正、今は話題にも乗りませんが、2010年5月には、国民投票法が施行されます。もうすぐです。私たちは心しておかなければ、と思います。

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2009年9月 3日 (木)

通院日

 今日は、通院日でした。
 10時20分に採血。私は血管が細いので、いつもなかなかうまくいかなくて。今日も1回目失敗で、2回目手の甲からやって成功。
 12時20分頃、診察。
 肝機能は、まあまあかな。ちょっと数値が上がり気味ですが、許容範囲です。

         6月11日    7月23日    9月3日
AST        32        39       44  (基準値 13~33)   
ALT        20        23       27  (基準値  6~27)
γーGDP     38        48       50  (基準値 10~47)

 腫瘍マーカーは、微妙なところ

         3月19日  4月30日   6月11日    7月23日   9月3日
CA15-3   26180   18500    15440     15310   13970 
BCA225   180000  190000   100000    130000

 CA15-3は順調に下がっていますが、BCA225はちょっと増えてる!。しかし、主治医が言うには、これだけ数値が大きいと誤差も大きいと。基準値が160以下ですから、何倍にも希釈して計るので、多少のずれは仕方が無いそうです。いずれにしても今回の数値が分かるのはもうちょっと後になるので、また次の時に結果を見て、ということでした。
 という訳で、今回も6週間分の薬、TS-1とムコスタ錠を4週間分もらってきました。次10月は、またMRIと血液検査です。

 ついでに新型のインフルエンザについて少し聞いてきました。「抗がん剤を服用していると免疫力が低下するが、インフルエンザにかかった時に重症化する危険性はどの程度か?。」。私の場合は、白血球数もそれほど減っていない(今回は3000でした。多少低いけれど、許容範囲)し、全身状態もいいので、抗がん剤を続けていても大丈夫でしょう、ということでした。

 病気になった時は、自己免疫力が大事ですが、どちらを重要視するかというところは難しいところです。

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2009年9月 2日 (水)

南極料理人

 「南極料理人」を見てきました。いやー、久々に笑えるそして美味しそうな映画を見ました。とっても楽しかったです。

 1997年、南極越冬観測隊。約1年半、「ドームふじ」で8人の男たちが生活をする。「ドームふじ」、そこは昭和基地から約1000kmも内陸に入った、標高3000mの地点。平均気温はー50度。ペンギンやアザラシはおろかウィルスさえもいない極寒の地。
 全ての物質は持ち込み。娯楽は、ビデオ、本、マージャン、囲碁、卓球、等。今と違ってインターネットなど無い時代。電話は1分740円、かけすぎは身の破滅。食材は一人分約1トン。冷凍食品、乾燥食品、缶詰等。生鮮食料品は、モヤシかカイワレぐらい。
 その中で、仕事をし、遊び、生活する男達。
 毎朝の運動。ビデオを見ながらラジオ体操のようなものを。ビデオに映るレオタード姿の女性インストラクター。レオタードの色が違うバージョンをかけ変えては楽しんで。
 西村隊員は、食事担当。毎食、工夫して何品も揃えた料理を披露。ある日は、前の越冬隊が残したイセエビで巨大エビフライを。冬至祭には、背広を来てフランス料理を賞味。肉が食べたいという隊員の誕生パーティーには、大きな肉の塊に油を塗って、雪原で振り回しながら焼いたローストビーフ。夜中にラーメンを食べる人がいて、ラーメンの在庫が無くなった時は、かん水から手作りをし、小麦粉を練ってラーメンを。

 妻や彼女から見放され、家族が恋しくて落ち込む日々。それでも、美味しいものを食べると元気が出る。そんな男達の物語でした。

 名古屋港に行くと、以前使われていた南極観測船「ふじ」があります。きれいなオーロラ、かわいいペンギンたち。南極に行ってみたい気はありますが、寒いの大嫌いな私にはとうてい無理な世界。
 それでも、やりたい仕事がそこにしかない人がいて、生活を観測を楽しんでいる。天気のいい日には、広い雪原で野球を楽しみ、零下の氷上でパンツ1枚になってみたり。究極の単身赴任、一種のサバイバル生活。水を作るのも大変な世界。原料の氷は山ほどあっても、それを溶かさなければ水にならないから、毎日が節水。
 怒ったり、笑ったり。1年半もの共同生活。個性がぶつかりあって、いろんな事があるけれど、それでも毎日3食、食べて寝て。
 人間ってやっぱりいいなーと思えます。食はやはり生活の原点ですねー。

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2009年9月 1日 (火)

20世紀少年 ー最終章ーぼくらの旗

 この映画は、「20世紀少年 -第一章ー終わりの始まり」と「-第二章ー最後の希望」の続きです。この原作の漫画を私は以前に読んだことがあります。映画の結末は漫画と少し違っていましたが、きちんと完結した内容になっており、とても良かったです。

 『ともだち』によって極悪テロリストとされたケンヂは、あの2000年の”血のおおみそか”を生き延びたが、記憶を失い各地をさ迷った。そして2015年に、また未知のウィルスで人類がバタバタと死んでいった映像を見て、記憶を蘇らせ、北海道の野山を三日三晩さ迷った挙句、自分を取り戻した。今度こそ逃げないと心に決め、バイクにまたがって、東京を目指す。
 オッチョもまた、漫画家と共に、壁を超えて東京へと入っていった。
 2015年、ウィルスで人類の3割が死んだ後、東京は高い壁に囲まれた。壁の中は、1960年代頃の日本。古いブラウン管テレビとちゃぶ台がある木造の家が立ち並ぶ。
 『ともだち』は、一度死んで生き返り、世界大統領になっていた。サダキヨはゲンジ一派を名乗り、抵抗組織を守っていた。カンナは氷の女王と呼ばれ、テロ集団のリーダーになっていた。
 2018年8月20日、世界はまた滅びると『ともだち』は予言した。また、新たなウィルスが撒き散らされるのだ。
 カンナの母・キリコは、ウィルスのワクチンをつくり、自分で人体実験をしていた。カンナたちは、少しでも多くの都民を救おうと、安全と思われる万博会場へとみんなを呼び集め、音楽集会を開いた。
 果たして人類は、滅びるのか?、ケンヂは、現れるのか?、そして、『ともだち』の正体は?。

 この物語は、再生の物語だと思う。人は誰でも、子どもの頃の想いを多少なりとも引きずって生きている。三つ子の魂百までも、ではないが、幼い頃に思った夢や感動は案外と長く心の中に残っていて、ある時ひょっと出てくる。それは誰もが経験したことがあるだろう。歳をとってボケても、子供の頃の思い出だけは残っていたりするものだ。
 大きくなって、自分が子どもの頃になりたかった人物とはちょっと違ってきてはしまったけれど、それでもみんな折り合いをつけて生きている。だが、それがあまりに違ってしまったら、そのギャップをどう埋めていったらいいのだろう。
 『ともだち』は、友達がいない少年だった。いじめられっ子で、皆に無視された。お面を付け、自分を隠すことで生き、人を扇動する術を憶えた。そして、子どもの頃の想いを実現させようとした・・・・。
 最後に、ケンヂは子どもの頃の過ちを直すために過去へ飛んだ。未来は変わるのだろうか?。

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