美濃路・美濃編(1)
一宮市尾西民俗資料館が主催する「美濃路探訪~秋・美濃編~」に参加してきました。この講座は毎年行なわれており、私は昨年5月に「美濃路探訪~春・尾張編」に参加しています。
美濃路は、東海道宮宿(熱田)と中山道垂井宿を結ぶ街道で、尾張と美濃にまたがっています。私は、これで両方を見学できたことになり、美濃路が繋がりました。
講座は、9月13日に講義があり、27日にバスに乗って見学会がありました。講義は、昨年春に受けたものとだいたい同じでしたが、一つ福井藩の16代藩主が参勤交代で福井から江戸へ行く行程の説明が興味深かったです。
このお殿様も途中美濃路を通られているのですが、これがなかなか大変な旅。福井から江戸までを14日間かけて、1日約40kmを駕籠や馬・徒歩で行きます。だいたい出発は午前6時、宿への到着は午後
5時。1日11時間の強行軍。現代の盛りだくさんツァー並み。お殿様も楽では無かったようです。
27日のバス見学会は、8時45分に尾西歴史民俗資料館集合。私はちょっと早めに着いたので、資料館の隣にある起宿脇本陣跡・林家住宅の庭園を見学。ここは、江戸時代からあった脇本陣の庭を昭和初年に当主・林幸一氏が約十年をかけて作庭したものだそうで、園内は木が茂り、心字池と小さな用水の周りには灯篭などが配置されて、趣のある庭園になっていました(写真上)。
9時にバスは出発。起宿本陣跡や起渡船場跡を車窓から見て、濃尾大橋を渡って金比羅社へ。ここは、起渡船場のちょうど対岸に当たるところで、渡しの安全を祈願して、金比羅社が祀られています。そのすぐ近くには、「右 いせみち」「左 おこし舟渡」と刻まれた道標が民家の塀のところに残っていました(写真中)。
また、その少し先にある羽島市正木小学校の校庭には、不破一色・坂丸一里塚跡の石碑と看板がありました(写真下)。
バスは、境川の堤防道路を走り、道標や一里塚跡の説明を聞きながら、長良大橋を渡って墨俣宿へと向かいます。続く。
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