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2009年11月30日 (月)

香落渓から青蓮寺湖へ

 先週の11月23日には、名鉄のバスツァーハイキング「燃え立つ紅葉・香落渓から青蓮寺湖へ」コースに参加してきました。

Kootidani1  今日はバス4台で、私は3号車に乗りました。バスは、名鉄バスセンターを7時40分に出発し、途中2回休憩して、11時に落合バス停に着きました。
 青蓮寺川に沿って歩いて行きます。川の水は碧く澄んで、とてもきれいです。道はほぼ平坦な舗装道路で、間近に山が迫っています。ところどころに赤や黄色の葉が混ざった緑の山肌には、柱状節理の巨岩が姿を現していました。道を曲がる度に、次々と雄大な岩山の景色が見えます(写真上)。
 途中に、大きな洞窟になっているような「雨宿岩(写真中)」や岩が顔のように見える天狗柱、小さな落差がいくつかある夫婦滝などがありました。
Kootidani3  橋をいくつか渡り、どんどん上流へと歩いて行きます。
 香落橋からは、青蓮寺湖が見えてきました。橋を渡ったところに広場があったので、そこで昼食。
 周りは山で、眼下には青い湖。とてもいい景色です。広場の下にはテニスコートもあり、テニスをしている人たちもいました。
 青蓮寺湖に沿って歩いて行きます。道はゆるやかな上り坂になってきました。青い湖と紅葉の山々がとてもきれいです。
 青蓮寺橋の辺りで、ちょうどKootidani2小船が湖の中を滑るように進んでいくのが見えました。とても気持ち良さそうです(写真下)。
 青蓮寺湖を過ぎた辺りからは、ブドウ農園が続いています。この辺りはブドウの産地。今はもう実も終わって、枯れ木のように見えますが、きっと次の季節の準備をしていることでしょう。
 景色を堪能して、14時にゴールの青蓮寺レークホテルに着きました。ちょっと早かったのですが、帰りが心配だったので、2号車に乗って帰ることにしました。
 バスは、14時15分に出発。しかし、やはり3連休の最終日、道路は渋滞していました。途中で事故もあり、トイレ休憩は1回の予定でしたが、時間がかかったので2回休憩して、18時30分に名鉄バスセンターに着きました。

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2009年11月28日 (土)

クリスマス・キャロル

 我が家の近くのシネコンでも、3Dの映画が見られるようになりました。これ、11月の始め頃からだったらしいのですが、全然知らなくて。
 そこで24日に、3Dの映画「クリスマスキャロル」を見に行ってきました。

 内容は、皆様お馴染み。
 吝嗇で強欲なスクルージ。クリスマスイブの誘いに来た甥を追い返し、寄付の頼みも断わってしまう。
 だがその夜、3人の精霊がスクルージを訪れる。
 一人目は、過去の精霊。子どもの頃のスクルージは孤独だった。だが、かわいい妹がいた。青年の頃のスクルージは希望に燃えて働いていた。優しい恋人もできた。だが、いつしか彼は金に拘るようになっていった。
 二人目は、現在の精霊。貧しい甥の家には足が悪い子供がいた。だが、家族仲良くクリスマスを祝っていた。裕福な甥の家では、パーティーが開かれていた。そこでは、スクルージは笑いの種になっていた。
 3人目は、未来の精霊。そこには、スクルージの墓があった。彼は孤独の中で死に、彼の家のカーテンや服も剥ぎ取られていた。
 そして、クリスマスの朝、目覚めたスクルージは生きていることを喜び、生き方を変えた。

 3Dの映像としては、まずまずかな。映画館としては画面が小さめだったせいもあり、目の前に物が浮かんで見えるというほどでは無かったです。ちょっと浮き上がって立体的に見える程度。
 しかし、亡霊が動いている様子や、空を飛んでいく映像などは良かったです。さすがディズニー、きれいな映像と動きは目をひきつけます。

 映画の内容は陳腐ですが、自分の死を見せられて生き方が変わる、というのは真実だと思う。私も病気になって、死というものを考え、生き方を変えようと思ったのだから。
 ただ、私の場合は「自分のために生きよう」と思ったところが、スクルージとは違うのだけど。”お金は生きている内に使わなくては”、というのは同じ。私は、それを自分のために使うことにした。遊んで楽しむために。
 そこのところが、映画のキリスト的教訓とは相容れない部分かな。でも、映画でも”聖職者が神の教えを勝手に解釈している”というようなことも言っていたけどね。

 予告編で3Dの”アバター”を見ました。この映像が素晴らしかったです。これは絶対に見に行かねば。でも、3Dで字幕を読むのは難しそう。吹き替えがあるといいなー。

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2009年11月27日 (金)

通院日

0911mono1 昨日は、通院日でした。
 9時45分、採血。その後、喫茶店でモーニング。
 11時40分、診察。血液検査の結果を聞きます。

 肝機能は、やや持ち直したかな。

          9月3日   10月13日      11月26日  
AST        44       65        42   (基準値 13~33)   
ALT        27       30        26   (基準値  6~27)
γーGDP       50       53        62   (基準値 10~47)

 腫瘍マーカーが、上がり気味なのが心配。

         6月11日   7月23日   9月3日  10月13日  11月26日 
CA15-3  15440     15310   13970   15060    17080
BCA225  100000    130000  130000  120000

 うーん、なかなか難しいです。
 しかし、肝機能は今のところ何とかなっているので、薬はこのまま続行。医師は、もう少し薬の量を増やすか(今は80%に減量)と言われましたが、白血球は減り気味ですし、最近は赤血球まで減り気味なので、今の量のままでいくことにしました。

 白血球    3100 (基準値 3500~9000)
 赤血球    340万 (基準値 345万~460万)

 来年早々に、またMRIを撮って確認です。

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2009年11月26日 (木)

7日目・コズメル出港

 説明が終わって自由解散になったので、敷地をずーっと歩いて先の方まで行くと、遺跡Karibu75 の向こうには青い海が広がっていました。白い砂浜に青い海、ほんとうにきれいです。海水浴をしている人たちも大勢いました(写真上)。私も階段を下りて、ちょっとだけ砂浜へ出て、気分を味わいました。
 階段を上がって、岬のようなところにある遺跡も見て、ぐるーっと敷地を歩いて、出口へ。また、道を歩いて駐車場の方へ戻りました。暑いので、売店でアイスクリームを買って食べました。

 15時、バスに乗ります。乗るときにランチ・ボックスを手渡されました。中身は、マフィン・クッキー・袋入りピーナッツ・袋入りのツナ・クラッカー・果物ゼリー・オレンジジュース。車内で食べながら、港へと戻っていきます。
Karibu79  16時、バスは港の近くに着き、歩いて船着場へ行って、コズメル行きのフェリーに乗りました。
 17時、コズメル島のダウンタウン着。ここは、海辺の道沿いにずーっと土産物店が並んでいます。欲しい物は別に無かったのですが、せっかくなので土産物店を見ながら道を歩いて行きました。
 ところが、しばらく歩くと雨が降ってきたので、タクシーに乗って船に戻ることにしました(料金7ドル)。

 18時、船に戻る。また、カフェプロムナードでお茶とクッキーをもらってきて、部屋で休憩。シャワーを浴びて着替え。
Karibu78  メインダイニングの夕食には間に合わなかったので、今夜はバイキング・レストランで食べることにしました。こちらは、カジュアルな服装でいいですし、時間もテーブルも自由です。バイキングの料理も、夕食はやっぱり朝食より豪華。きれいな巻き寿司があったので、それをメインにおかずをとって、あとは果物とデザートのムースも。日本食が恋しくなりかけていたので、お寿司が美味しかったです(写真中)。
 20時から3階のシアターで歌とダンスのショーを30分ほど見た後、船内をぶらぶらしてから、インターネットルームへ行って、ブログに書き込み。
 22時、部屋に戻ると、タオルクラフトの”なまけもの?”がベッドの上にぶら下がっていたので、ビックリ(写真下)。

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2009年11月25日 (水)

カリブ海クルーズ7日目・トゥルム遺跡

 7時30分、起床。8時、11階のバイキング・レストランで朝食。ついでにデッキへ出て、海を見ました。今日は快晴、暑くなりそうです。10時にコズメル入港なので、未だ島影は見えませんでした。
Karibu73  9時45分、3階のプラチナム・シアターへ集合。コズメルから船に乗ってメキシコ本土へ渡る人たち(私達も参加するオプショナル・ツァー)のために、ここで注意がありました。

 10時30分、船を降ります。コズメル島は深い港があるので、船が直接岸壁に着くことができます。港の近くには洒落たホテルやレストランが建っていました。それらをちらっと見て、すぐに大きなフェリーに乗り込みました。ここからメキシコ本土まで、約50分Karibu76架かります。
 11時30分、プラヤデル・カルメン港着。バス乗り場まで、にぎやかな町の通りを歩いて行きます(写真上)。
  11時50分、ツァーバスに乗りました。
 12時30分、土産物店でトイレ休憩。メキシコ風の靴や帽子、マヤ文明風の模様がある布や木彫りなどを売っていました。
 13時15分、トゥルム着。
 駐車場の前にある広場では、原住民風の衣装を着けた人や高いポールに上って何かの準備をしている人達がいました。ATMもあって、石造り風のコンクリートの中に入っていました(写真中)。
Karibu74_2 ここから遺跡があるところまでは、歩いて15分ぐらいです。トラムも走っていますが待ち時間がかかりそうなので、歩いていくことにしました。皆さん、ぞろぞろと歩いていきます。日差しが強く、とても暑いです。トラムが通る舗装道路の横には、木が植えられた遊歩道があるので、なるべく木陰を選んで歩いて行きました。
 トゥルム遺跡に着くと、30人ぐらいずつグループに分けて、ガイドが付きました。しかし、ガイドさんの英語は訛りが強くて、さっぱり分かりませんでした。トゥルムは、13世紀から15世紀ごろ、マヤ文明の末期に栄えていたといわれています。
 遺跡は、広い敷地にポツポツといくつかの石造りの建物があり、半分崩壊しかけているものもあれば、未だ階段や外壁きれいに残っているものもありました。かなり大きなものもあれば、小さなものもあります(写真下)。 

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2009年11月24日 (火)

ドイツ人俘虜から学んだパンの製造

 20日は、生涯学習講座 「ドイツ人俘虜から学んだパンの製造 ~敷島製パン刈谷工 場~」に行ってきました。敷島製パン刈谷工場(写真上)は、名鉄・豊明駅から歩いて10分ほど、境川の近くにあります。
Sikisima1 工場の会議室で、まず講師の先生から 「名古屋にきたドイツ俘虜~”ものづくり”に貢献~」という題で話を聞きました。
 1914年(大正3年) 第一次世界大戦の時、日本は中国大陸の青島でドイツと戦い、約5千人を俘虜とした。そして、その内約500名が名古屋に送られた。
 日本は、俘虜の取り扱いを決めたハーグ条約を忠実に遵守したため、俘虜の生活はかなり自由で概ね快適であったようです。
 その頃の日本は、欧米に追いつくために工業の近代化を図っていた時期で、日本陸軍は俘虜が持つ特殊技能を産業の振興に役立てようと、俘虜の就労を奨励していました。
Sikisima2_2  敷島パンの場合は、当時敷島製粉の工場の発動機が故障し、それを修理するために俘虜が会社に来ていました。その時に俘虜の護衛兵と盛田社長が昼食中に雑談をしている中で、収容所のパンがたいへん美味しいということが話題になりました。それがきっかけで、従業員が収容所へパンの製造習得に通い、敷島製粉の敷地にパン窯を作っ てパンの製造を始めました。そのパンは「桜パン」という名前で売り出されました。戦後は残留したパン技師・フロインドリーブを高額の給与で雇い、盛田社長の宣伝の上手さもあって、敷島製パンとして大メーカーに発展しました。
 他に日本金液(落合化学)や艶金もドイツ人俘虜の技術移転から発展したメーカーです。

Sikisima3 その後、工場見学。見学者用の通路から、ガラス越しに食パンの製造過程を見させていただきました。
 最初に丸い鏡餅のようなパン生地(一つ1斤)がベルトコンベアーの上を流れてきて、長方形の金型に3つずつ入っていきます。金型は窯の中で焼かれて、できた食パンはそれぞれ3つ切り~10切りまでに切られて、1斤ずつビニール袋に詰められて終了(写真中)。ほとんど自動機械化されていて、人は要所毎に一人か二人いるだけでした。
 写真下は、この工場で作られている菓子パンの一部です。

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2009年11月22日 (日)

四日市の歴史・ふるさとウォーク

 少し前ですが、11月15日には、近鉄ハイキング「四日市の歴史・ふるさとウォーク」に参加してきました。
Isekawasima1  9時45分、伊勢川島駅着。ハイキングマップをもらって、歩き始めます。
 少し行ったところに川島神社がありました(写真上)。今日は、七五三の日です。着飾った子どもたちを連れた親が何組か来ていました。
 田舎道を歩いて行きます。別山2号公園(さくら公園)からは、鹿化川に沿って歩いて行きます。ここには、ビオトープが造られており、整備された遊歩道がありました。ここでは、ホタルの飼育もしているそうです。遊歩道には、ツワブキの黄色い花がたくさん咲いていました。
Isekawasima2_2  鹿化川に沿って、ずーっと歩いて行きます。川の両岸には桜並木が続いています。残念なことに葉はもうすっかり落ちてしまっていましたが、春の頃はさぞかしきれいだろうなと思わせる並木道でした(写真中)。
 途中にある千本桜説明板によりますと、今から20数年前に河川改修工事が行なわれた際に、川島老人会の方々が千本の苗木を植えて育てられたのだそうです。
 2kmほど続く桜並木を歩いて、長の湯橋からは、広い通りへと折れていきました。少し行くと緩やかな上り坂があり、小高い丘へと入っていきました。道の周りは竹林になっIsekawasima3ています。
 丘の上は広場(夏の広場)になっていたので、少し早いですが、ここで昼食。
 丘を下りていったところに、四郷郷土資料館がありました。この郷土資料館は以前四郷村役場だったところで、大正10年に建てられた洋風建築として現在四日市市の指定文化財になっています(写真下)。
 郷土資料館の中には、昔この辺りで盛んだった製茶や酒造、養蚕の道具や糸繰り機、はた織り機、真空管ラジオや珍しい手回しの洗濯機、1円札や10円札、昔のタバコのパッケージなど、昔懐かしい資料がいっぱいでした。
 ここからは、天白川に沿って歩いて行きます。天白川ウォーキングロードには、所々にベンチもあったので、途中でお茶休憩。
 12時30分、日永駅着。ここから電車に乗って帰りました。

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2009年11月21日 (土)

派遣村、その後

 昨年の年末から正月にかけて、東京の日比谷公園にあった「年越し派遣村」の映像は衝撃的でした。テレビニュースや新聞でそれを見て、いったいどうなっているんだ?と思ったのは、私だけではないだろう。ついには、厚生省や東京都も動き出し、公的な施設への宿泊を斡旋したり、生活保護需給への動きにもなった。
 しかし彼らに対して、甘えている、働いている時になぜ貯金をしておかなかったのか、求人はあるのに仕事の選り好みをしている、働く気が無く生活保護に頼ろうとしている、という批判も多い。
 実は、私も半分そう思っている。自分は、きちんと働いて貯金もしてきた、だからこそ病気になっても自立して生活をしている、という自負があるから。
 でも、最近のワーキングプアのことや貧困問題は、とても気にかかる。だから、図書館でこの本を見つけた時、つい手が伸びて借りてきてしまった。

   「派遣村、その後」 編集・小川朋 協力・「年越し派遣村」実行委員会
 『第1章 「派遣村」は続いている』では、今年の春に群馬県前橋市で行なわれた「ぐんま派遣村」の様子とそこにやってきた人たちの話や、年越し派遣村にやってきた人たちの職歴や生活について書かれていました。
 『第2章 道筋をつけるーハケンから直接雇用へ』では、生産現場における派遣労働や偽装請負の仕組み、そして、労働組合に入り組織的に闘うことによって雇用を守っていった事例、について書かれていました。
 『第3章 これからー社会に問われているもの』では大会社の経営の仕組みや日本の貧困率、今後の雇用のあり方に対する提言などが書かれていました。

 読んでいて思ったのは、第1章で語られている人たちの話と第2章の労働運動の間には大きな開きがあって、なんか納得がいかないのです。
 派遣村に来た人たちは、きちんと働いて自分達の権利を守るために闘ってきたのだろうか?という疑問。それに対する答えが無い。派遣村に来た人たちのその後については、相談員やボランティアの方達と一緒に市役所へ行って生活保護の手続きをした、で終わっています。そして、第2章で語られている組合活動や労働運動をやっている人たちは、派遣村には来ていません。そこに書かれていることは、日本共産党の主張によく似ていました。
 年越し派遣村の実行委員会は、6月30日で解散しました。ネットで関連記事を見てみたら、7月13日の産経ニュースでは、”解散を前にした6月末、実行委がまとめた村民アンケート結果では、村の登録者は630人。そのうち実行委が住所を把握しているのは260人で、回答を寄せたのは108人。就労確認された人は、わずか13人。”と書かれていました。
 私のもやもやは、やっぱり晴れません。あれは、いったい何だったのだろう。しかし、今年もあと1月あまりで年末です。景気が良くなっている兆しはありません。今年の年末はどうなるのでしょうか?。

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2009年11月20日 (金)

6日目・ジョージタウン出港

 15時20分、船に戻りました。また、のカフェ・プロムナードで紅茶とクロワッサンのサンドウィッチをもらって、部屋へ。部屋でのんびり。
 
Karibu69  17時30分、部屋を出て、5階のロイヤルプロムナードへ。今日のドレスコードはフォーマルなので、私もスーツに着替えました。
 今夜はここで、カリブの海賊パレードがあります。プロムナードの天井や柱には、もう海賊模様の飾り付けがなされていて、雰囲気が盛り上がっていました。しばらくすると、通路にテープがひかれ、音楽が鳴り響いて、天井からゴンドラが降りてきました(写真上)。さあ、パレードの始まりです。
 海賊の扮装をした従業員の方達が、音楽に乗って次々と通路を歩いてきます。海賊の帽子にふりふりスカートの女の人、剣を振り回している男Karibu610 の人達、骸骨や幽霊の旗を持った人達、みんな踊ったり陽気なステップを踏んだり。風船の作り物や竹馬に乗った大男もやってきて、楽しいパレードでした(写真中)。

 18時、夕食。皆さん、この前とはまた違う服装で、着飾ってみえました。
 前菜は、シトラス漬けサーモン。マリネみたいなもの。メインは、フィッシャーマンズ・プレート。海老が美味しい。これは、完食。デザートは、デザートサンプラーということで、サンプル用の小さめのケーキが3つ。これも美味しくいただきました。
Karibu611Karibu612Karibu613   
 今夜も食事中に従業員の紹介があって、今日はシェフやコックさん、ウェイターさん達が階段に並びました。彼らも世界各国から来ているようです。

 21時、今夜のエンターティンメントは、「フライング・ショー」です。きれいな衣装を着けた俳優の方達が、ワイヤーで空中から吊り下げられた格好で、歌ったり踊ったり。アクロバット的な動きとミュージカルのような歌や踊りがステキでした。
 22時、部屋に戻って寝る。今日のタオルクラフトは魚の”エイ”でした。

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2009年11月19日 (木)

6日目・タートルファームとヘル

 12時、潜水艦を降りて、ツァー・バスに乗ります。
Karibu66  バスが走っている道路は、セブンマイルビーチに沿っており、美しい海岸が続いています。ビーチの終点でバスを少し止めて、写真を撮りました。
 12時30分、タートル・ファーム着。
 ケイマンのシンボルは緑海亀で、緑海亀の飼育場は世界でもケイマンが唯一だそうです。このタートル・ファームでは、赤ちゃん亀から人が乗れそうなほど大きな亀まで、1万2千匹以上の亀が飼育されているそうです。
 タートル・ファームの入り口を入るとすぐに大きな池があり、亀が泳いでいました。奥へ歩いていくと、いくつもの水槽が並んでいて、小さな赤ちゃKaribu67 ん亀からちょっと大きな子供亀、などが大きさに別に飼育されていました。水槽の周りには小鳥もいて、亀の餌をついばんでいます(写真上)。両手で持てるぐらいの亀を係員が渡してくれて、亀と一緒に写真撮影。亀は体の横を持つと動いて暴れますが、お腹の辺りに手をやって持つと、じーっとしてくれていました。
 亀の飼育場の向かいには、ドルフィン・プールがあり、イルカに触ったり、イルカと一緒に泳いだりすることができるようになっています。そちらも、見に行きました(写真中)。イルカの背に乗って泳ぐのは、とても楽しそうです。いつか、やってみたいなー。

Karibu68  また、バスに乗り、次は「HELL」へ。13時40分着。
 ここはグランドケイマンの北西にある町の一つで、黒い石灰岩層がまるで地獄のような様相をしていることから、この地名が付けられたのだそうです。
 南の島らしい椰子の木の広場の向こうに、その黒い石灰岩層がありました。石灰岩層が内陸に見られるのは非常に珍しい現象だそうですが、思っていたより狭く、それほどたいしたものだとは思えませんでした(写真下)。
 ツァーの最後は、ラム・ファクトリーです。ラム酒とラムケーキの店で、ラム酒の試飲とラムケーキの試食ができます。私はお酒は飲まないので、もっぱらケーキの試食。ラムケーキはしっとりとした感じで甘く、いろいろ種類があって少しずつ味が違いました。お土産は、もちろんラムケーキ。
 14時30分、波止場に戻り、テンダーボートに乗りました。

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2009年11月18日 (水)

カリブ海クルーズ6日目・セミサブマリン乗船

 10月21日、7時起床。
Karibu63  7時30分、11階のバイキング・レストランで朝食。今日のオプショナル・ツァーの「LAND & SEA」も昼食が付いていないということなので、シリアルの小箱とバナナをついでにもらってきました。
 デッキに出てみると曇っており、朝方雨が降ったらしく甲板が濡れていました。今日は、グランドケイマンのジョージタウン港に8時入港です。海の向こうにジョージタウンの町が見えていました。ここはカリブ海クルーズの代表的な寄港地らしく、私たちが乗っているリバティ・オブ・ザ・シーズ以外に、カーニバル社の船が2隻入港していました。
Karibu64  9時30分、3階のレストラン前に集合。1階に降りて、テンダーボートに乗ります。波止場には売店も出ており、ツァー出発までに時間があったので、少し売店を見て回りました。

 10時15分、ツァー・バスに乗ります。バスはちょっと走って、すぐ近くの船着場に着きました。しかし、船は未だ来ていません。少し待つと、潜水艦らしい船がやってきました(写真上)。
 10時30分、船に乗って、海底探検に出発です。船は、水の中へと潜っていきました(写真中)。
Karibu65  船窓からは、最初は海の底の砂が見えていただけでしたが、次第に珊瑚礁へと入って行きます。小さな魚が泳いでいるのが見えます。難破船の残骸が残っている場所を通り、チーズバーガーリーフと呼ばれる大きな珊瑚礁へとやってきました。この珊瑚礁もハリケーンで大きな被害を受けたそうです。その先で、魚の餌付けをやっていました。潜水夫の方が餌を持って船の近くに来てくれて、船の周りは魚だらけ。おーっ、思わず歓声がもれます。赤や黄色の色鮮やかな熱帯魚が、窓の外をひらひらと泳いでいきます(写真下)。
 しばらく魚を見てから、船は同じ場所を通って、波止場へと戻っていきました。

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2009年11月17日 (火)

堀川沿いを歩こう

 名古屋市の生涯学習講座で、「名古屋開府400年記念 歩いてさぐる名古屋のモノづくり講座」というのがあります。私は名古屋市民ではないのですが、中部産業遺跡研究会の方が取りまとめや講師をやっているので、私も聞きたいと頼んだら、助手という名目でもぐりHorikawa211こませていただけることになりました。
 13日は、「堀川沿いを歩こう」ということで、古渡橋から納屋橋まで歩きました。堀川沿いは、春に「堀川沿いの産業遺産を巡るコース」でも歩きましたが、今回はまたもっと詳しい話を聞くことができました。

 13時10分、金山駅南ビル前集合。10分ほど歩いて、ザイソウ木材本社ビルの会議室へ行き、ザイソウの方と講師の説明を聞きました。
 堀川は、1610年に名古屋城築城の建設用材の物資運搬を目的に開削され、江戸時代から材木・穀物・海産物を運ぶ物流の大動脈となっていました。白鳥には池が掘られて貯木場が造られ、木曽檜を始め国内外の木々が集まって、名古屋の木材加工業を育てました。

Horikawa212  ザイソウ本社から少し西北へ歩いたところにある合板会館には、明治40年にベニヤ板を作るための機械を発明した浅野次郎氏の銅像がありました(写真上)。名古屋のベニア板製造はそこから発展し、昭和初期には日本の合板製造の半分ほどを占めていたのですが、現在は数社が残っているだけだそうです。会館内には浅野氏が受領したメダルや資料も残されていました。
 山王橋付近には、今でも木材製造会社がいくつかあり、川には木材が浮かんでいて製材をしている様子がうかがえます(写真中)。
Horikawa215  松重橋の横には、松重閘門があります(写真下)。これは、堀川と中川運河を結ぶ閘門として、1930年に造られました。しかし、次第に船運は少なくなり、1968年に停止されました。
 堀川には、それぞれ違ったデザインの橋が架かっています。日置橋の欄干には、擬宝珠が付いていました。岩井橋は、鋼鉄製のアーチ橋で荷揚用の親水階段が付いています。洲崎橋、天王崎橋を通って納屋橋へ。旧加藤商会ビル(現在はギャラリー)で解散しました。

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2009年11月16日 (月)

フェイク・ゲーム

 阿川大樹の「フェイク・ゲーム」を読みました。ここには、2人の女が出てきます。
 一人は、高岡麗美。父は海外の駐在員で、上海で生まれ、シンガポール、香港と海外を点々として成長した。しかし、母は海外駐在に嫌気が差し、日本に戻った段階で父と離婚した。大学生になった麗美は、父に卒業までということで学費と生活費を出してもらっていた。
 もう一人は、西山律子。飲み屋「酔い呑」でバイトをしていたが、今は止めてキャバ嬢をしている。足裏マッサージの店でも働いている。

 2人の人生は、何の関係も無かったはずだった。だが、金儲けのために2人がとった行動が、2人の人生を交差させた。
 金を儲けるには、自分で働くより他人に働かせて上前を撥ねた方が、ずーっと効率が良い。2人ともそれに気が付いたのだ。
 高岡麗美は、暴力団の首領の愛人という名目で、ヤクザのビジネスに乗り出した。恋愛関係は無いが、愛人とした方が命令を出すには都合が良く、対外的にも便利なためだ。麗美は、中国人リーメイと名乗ることにした。
 彼女が始めたビジネスは、中国から人を集め、日本語学校に入学させて、就学ビザで働かせること。アパート、学校、勤務先、全てで中国人を囲い込み、それぞれ金にする。
 西山律子の本名は、シャメイ。彼女は実は中国の片田舎で生まれ、親兄弟を亡くして上海にやってきた。そこで日本語を覚え、金を稼ぐために日本へやってきた。ある日、自分によく似た女の免許証を拾ったことから、日本人になりすますことを覚えた。そして、その方法を同胞に売る、というビジネスを始めたのだった。

 この本では、新聞やテレビで見たことはあっても、実際には全然知らない世界のことがいろいろ書かれていました。
 ヤクザ、あるいは暴力団は、経済組織である。彼らの目的は金を儲けること。そのために必要なら非合法なこともするが、犯罪が目的なのではない。普通より収益が高いビジネスが目的なのである。一般社会では落ちこぼれるような人間にも、高所得が得られることが大事なのである。
 これって、ちょっと目から鱗です。私達の社会は、確かにはじき出している人間が存在することを、私も少しは知っている。
 そして、不法滞在や不法就労の外国人の問題。以前やはり中国から日本語学校へやってきて、そこを抜け出して東京で働いて、家族に金を送っていた人の話をテレビで見たことがあります。また、企業で中国人研修生が安い時給で働かされていたという話も、新聞で読みました。
 欲望、金を儲けること。たぶん、それは、私とは無縁の世界。だが、物語を読むのはおもしろい。

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2009年11月14日 (土)

タワーズライツ2009

 昨夜から名古屋駅JRセントラルタワーズでは、タワーズライツ2009のイルミネーションが始まりました。今年のテーマは、「夢の散歩道 ~四季の語らいをゆかいな仲間とともに~ 」です。居眠りをした子供が夢の世界を散歩するという設定で、四季の風景が彩られています。
 いつも光のオブジェで賑やかなガーデンテラスは、今年はキャラクターの光物がちょっとあっただけでした。
Horikawa24_2Horikawa25_3

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Horikawa23Horikawa28

Horikawa29Horikawa210   

 

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2009年11月13日 (金)

5日目・オーチョリオス出港

 13時20分、1時間ほどのいかだ下りが終わり、船着場に着きました。暑かったので、売店でアイスクリームを買って食べました。
 バスに乗って、桟橋へと戻ります。車内で、昼食代わりの菓子パンを食べました。

Karibu54  14時30分、桟橋着。船の出港は、17時です。未だ時間があるので、近くの店でショッピングを楽しむことにしました。
 ジャマイカの特産品は、コーヒー。すぐ近くのマーケットで、「ブルーマウンテン 100%」と書いてあるものを買いました。
 ちょっと歩いたところにあるアイスランドビレッジは、大きなショッピングモールです。たくさんの土産店やレストランが並んでいました。モールの中央に大きなステージがあり、男の人がレゲエを歌っていました。なかなか良いリズムで観客ものっていて、皆で手拍子をしたり手を振って踊るようなポーズをしたり。私もしばらく一緒になって、聞いていました。
 しかし、途中で雨がポツポツ降ってきたので、早めに船に戻ることにしました。

 15時30分、桟橋を渡って船に戻り、5階へ寄ってカフェプロムナードでお茶をもらって、部屋へ。シャワーを浴びて、休憩。
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 18時、夕食。今日のドレスコードは、カジュアルです。
 前菜は、クラブケーキ。これは、カニ肉が入ったハンバーグ風のもの。カニの風味がきいていました。メインは、ハーブで風味をつけた鶏胸肉。あっさり味で良かったです。デザートは、アップルパイ・アラモード。甘くて、美味しい。
Karibu58  今夜のエンターティンメントは、アイスショー。これは、一昨日見たのと同じもので、航海中に3回同じショーをやるのだそうです。なので、今日は夕食後は早めに部屋に戻って、ゆっくり寝ることにしました。
 部屋に戻ると、タオルで作った象さんが、出迎えてくれました。

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2009年11月12日 (木)

5日目・マーサグレブ川のいかだ下り

 7時起床。
Karibu51  7時半、11階のバイキング・レストランで朝食。今日のオプショナル・ツァー「マーサブレア川のいかだ下り」は、昼食が付いていないということなので、昼食用に菓子パンももらってきました。
 島が見えるかと思ってデッキに出たのですが、空は曇っていて薄暗く島影も見えません。ジャマイカ到着は9時ですから、未だ無理のようです。
 部屋に戻って、支度をして。9時にもう一度11階のデッキに出てみました。空は晴れて、良い天気になっています。船はオーチョリオス港に到着しており、島の建物や桟橋がみえました(写真上)。

 Karibu52_2 10時、3階のレストラン前に集合。今日は、桟橋を渡って、島へ渡ります。
 すぐに、ツァーバスに乗って、ジャマイカの街を過ぎ、山の方へと入って行きました。
 11時、トイレ休憩。
 12時、やっと、いかだ乗り場に着きました。東屋の休憩所があり、そこでジュースをもらいました。東屋の入り口のところでは、ジャマイカの人達が音楽とダンスで出迎えてくれました(写真中)。
 救命胴衣を着けて、2人ずつ竹でできた、いかだに乗ります。川の水は茶色ですが、これは泥が溶け込んでいるだけで、汚いわけでは無いようです。
Karibu53_3  川の両側には、南国の樹が生い茂っていて、正にジャングルクルーズの気分です。川の深さは3mほど。小鳥の鳴き声も聞こえます。啄木鳥も見かけました。川岸には、ヤギもいました。
 途中に小さな小屋があり、水や飲み物を売っていました。船頭さんが、ペットボトルの水を買っていました。船頭さんとは、カタコト英語で会話。この川では魚も釣れるそうで、船頭さんはいかだ下りの仕事が無い時は、魚を釣ったり、木彫りをしたりしているそうです。木の実で作ったマラカスも見せてくれました。

マーサグレブ川のいかだ下り

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2009年11月11日 (水)

夕森公園もみじまつり

 8日は、JRさわやかウォーキングの「紅葉の川上峠を越え、夕森公園もみじまつりを愉しむ」に参加してきました。
Tatati1  名古屋から中央線の快速列車に乗り、9時45分田立駅着。駅でマップをもらいます。
 舗装された道を歩いていきます。道はゆるやかな上り坂です。坪川橋を渡ります。山の川らしく、水がきれいです。道の両側は杉や檜が多く、落葉樹はところどころにある程度でした(写真上)。
 塚野川を渡ります。道はどんどん山の方へと入って行きました。1時間ほど歩いたところで小休止。脇道に入って、お茶とお菓子を少々。森林組合製材工場があるところが川上峠で、道はそこから下り坂になっています。その近くの空き地で、やっぱりお茶休憩。

 川上小学校に「トイレ」の案内があったので、入って行きました。ここは、ちょうど「夕森もみじまつり ウォークラリー 里山コーススタート」の地点になっていました。夕森公園は、ここから約3kmです。
Tatati2_2  道はやや上り坂になってきました。道から見る里山の風景がきれいです。
 夕森公園の入り口には、林鉄機関車が展示されていました。駐車場のところから、もうきれいな紅葉が見られます。その近くの水辺で昼食。
 総合受付のところで、入山確認をしていたので、私も名前を書いて受付。売店で五平餅を食べ、飲み物も買いました。
 せせらぎ橋を渡り、遊歩道へと入っていきます(写真中)。やまびこ広場では、やはり五平餅や豚汁を売っており、似顔絵描きもやっていました。
Tatati3_2  そこからは、急な坂道になっています。山道を上った先に竜神の滝がありました。落差約12m。淵の水は深い碧色をしており、深遠な感じがしました。木の橋を通って、滝の近くまで行きました(写真下」)。
 竜神広場では、太鼓の演奏や竜神伝説の紙芝居が行なわれていました。また、近くには竜神伝説碑と書かれた石碑も立てられていました。神社もあったので、そこでお参り。
 木もれ日広場でもバザーをやっていましたが、もう終わりらしく、係りの人達が食事をしていました。
 そこからは、舗装道路を通って、駐車場へと歩いて行きます。総合案内所で下山受付をして、記念品のモミジの葉のしおりをもらいました。
 14時20分、臨時バスに乗って坂下駅へ。15時17分発の電車に乗って帰りました。 

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2009年11月10日 (火)

4日目・ラバディー出港

 さて昼食は、島内でバーベキューランチ。バイキングで、ハンガーガーやホットドッグ、チキン、果物、飲み物などを取って来て。食事処の傍では、地元の方々が陽気なハイチの音楽を奏でていました。
Karibu46  さて、しっかり食べた後は、少し運動。せっかくの青い海と砂浜。泳がなくては。
 最初に食事場所の近くにあるドラゴンテイルビーチに行ったのですが、そちらは見た目は砂浜ですが、海の中に入ると珊瑚礁かけらがゴロゴロで、足が痛い。
 ちょっと歩いて、最初にいたベアフット・ビーチに戻ることにしました。こちらは、普通の砂浜で、子供や大人たちも大勢泳いでいます。私もちょっと泳いで、上向きになってふわっと浮いてみたり。海はプールと違って、体が浮くので気持ちいいです。あまり沖へ行かないように、海岸と平行に泳いで浮いて、楽しみました。
 船は16時には出港するので、私も15時になったところで泳ぐのを止めて、テンダーボートに乗りました。

 船に戻って、シャワーを浴びて着替え。
 カフェ・プロムナードへ行って、マカロン(お菓子)と紅茶をもらってきて、部屋でのんびりティータイム。
 18時、夕食。今夜のドレスコードはカジュアル。
 前菜は、アンティパスティ。生ハムとメロンにニンニク、野菜。メインは、ラムのすね肉とローズマリー。ラム肉は柔らかくてくせもなく美味しかったです。デザートはラズベリーのパンナコッタ。ちょっぴり酸っぱくて、これも良い味でした。
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食後は、ショーまで時間があったので、4階のフォトギャラリーやカジノを見て回りました。フォトギャラリーでは、初日に船に乗った時の写真や昨日のフォーマル・デーで撮ってもらった写真などが展示されていました。写真は、B5版程度の大きさで、1枚20ドルです。きれいに撮れていますが、ちょっと高いなー。

Karibu410  カジノでは、スロットマシンをやってみました。値段は安く、1ゲーム25セントが多かったです。以前ラスベガスでやったのと違って、今は紙のバウチャーで、ボタンを押すと、音楽が鳴ってチャラチャラ光って、当たっているらしいのですが、コインは出てきません。そこが、ちょっとつまらなかったです。結局5ドルで20分ぐらい遊んで終了。

 21時、今夜のショーは、 「Ever Aftaer」。童話の世界のミュージカル。白雪姫やヘンゼルとグレーテル、ガリバー、不思議の国のアリス、きれいな衣装で歌って踊って。楽しいショーでした。
 22時、部屋に戻ると、今日のタオルでうさぎが作ってありました。

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2009年11月 9日 (月)

4日目・ラバディー寄港

 10月19日。7時起床。7時半に11階のバイキング・レストランへ行って、朝食。
Karibu43  食後、デッキへ。船は8時にラバディーに着きました。ここは、ロイヤル・カリビアン社が所有するハイチのプライベート・ビーチです。大きな港は無いので、船は沖合いに泊まって、テンダー・ボートで島に行きます。現在、艀を構築中です(写真上)。
 プールサイドでタオルを借りて、部屋に戻って着替え。水着を着て、上にパーカーをはおり、短パンをはいた服装に。
 9時、3階のレストラン前に集合。階段を降りて1階からテンダーボートに乗ります。
 20分ほどで、ラバディーの海岸着。海岸で、ビーチ・チェアを借りて、先ずはのんびりKaribu44
 10時から、パラセーリングをやる方がいる(私は12時から)ので、添乗員さんと一緒についていって申し込み場所のコロンバス・ビーチに行きました。
 パラセーリングをやるには、承諾書にサインが必要(たぶんこんな危険があるが、怪我をしても賠償請求はしないというようなことが書いてあるらしい)。その書き方もついでに見ておきました。
 コロンバス・ビーチとベアフット・ビーチの間には、現地の方々の店が多数並んでいます。ハイチらしい明るい色彩の絵(写真中)、Tシャツ、サンドレス、スーベニール類。いろいろ見て回って、小物をちょっと買いました。
Karibu45_2  うろうろしている内に11時半になったので、荷物を持ってパラセールへ(79ドル)。10人ずつボートに乗って沖合いへと出て行きます。ある程度沖合いまで来たら、2人ずつ救命胴着を着て、大きなパラシュートの下に付いている綱に吊り下げられるようにしてもらって。パラシュートを引いている鋼の綱が伸びると、パラシュートはぱーっと風をはらんで、空にふんわり。上に上がると、ほんとうに良い気分。鳥になった気分で、空から海や島を見渡せます。風を感じるのが、気持ちいい。ボートはぐるーっと旋回して、景色を見せてくれます(写真下)。
 キャー、爽快、ステキー、と言っている内に時間が経って。1組10分ほど。綱が巻かれて、パラシュートは船上に降りてきました。5組、だいたい1時間ぐらいでボートは浜に戻ってきました。

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2009年11月 7日 (土)

懐石ランチ

 一昨日は、友人とちょっと豪華ランチを食べてきました。女性に人気の店で、懐石ランチです。
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 上3種が口取りと前菜。下右の白いのは、シャーベットで口直し。下中がメインのステーキで、下左がデザート。
 確かに、きれいで美味しかったけど、どの料理も1口か2口でで終了、味わうというところまでいかないのが残念。アメリカのデーンとした大量の料理もなんだけど、このちまちました料理もちょっとなー。足して2で割って欲しいと思うのは、私だけかしら。

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2009年11月 6日 (金)

スターウォーズ 悪の迷宮

 古本屋で買ってきたスターウォーズシリーズの3冊目。今のところ、これで最後。また、いつかシリーズの本に出会う時があるかなー。

 この「悪の迷宮」は、映画エピソード2「クローンの攻撃」から3年後。この本の次が、映画エピソード3「シスの復讐」です。このエピソード3で、アナキン・スカイウォーカーはダークサイドに転落するわけですが、この物語はその前の段階。

 ケイト・ニモーディアで、オビ=ワンとアナキンは戦っていた。ここの支配者ヌート・ガンレイは分離主義者で、13年前にナブーを封鎖した男である。ガンレイは2人に追い詰められ、あわてて宇宙船でアウター・リムへと逃げ出した。その際にシス卿・シディアスからの通信を受け取るメクノ=チェアを宇宙港に置き忘れてしまった。
 アナキンとオビ=ワンは、メクノ=チェアの秘密を探るために、それを作った工場惑星シ・チャーへと飛んだ。そこで、次は椅子を運んだパイロットのことを知り、採鉱惑星エスカートへ。パイロットは死に、次の手がかりはドゥークー伯爵が居るというネオスIIIへ。
 だが、二人が辺境の星を捜索している間に、首都コルサントはグリーヴァス将軍の攻撃を受けた。爆撃で崩壊する建物、そしてパルパティーン議長に誘拐の手がかかった・・・・。

 この物語では、シスが共和国政府の上層部に潜入していたことが明らかになった。シスはコルサントにも自由に出入りをしていたのだ。
 また、アナキンの強さにも言及している。普通、ジェダイは生後すぐにジェダイテンプルに送られる。自分の両親も知らず、感情を抑えてフォースの力を強めるよう教育される。だが、アナキンがジェダイに見出されたのは、9歳の時。もう十分に感情は育っていた。怒りの感情、それがフォースの力を強め、戦いに勝つ要素となる。だが、あまりにその感情が強くなると、それはダークサイドを呼ぶ。
 ダークサイドとは、人間の負の感情から発しているのだ。そして人は誰でも、正なるものと負になるものの両方の感情を持っている。

 映画では、勧善懲悪が強調され、共和国は正義で分離主義勢力は悪とされていた。だが、世の中はそんなに簡単に割り切れるものではない。
 共和国政府に不正とされた惑星は、罰金と賠償金を負わされて衰えていった。そんな惑星を救おうと、分離主義勢力の軍隊に入ったグリーヴァス。また、共和国の規定に縛られない自由な貿易をしたいと望む多数の惑星。分離主義勢力は、そんな人々にも支えられていた。
 正義というのは、簡単なものではない。それは、ジェダイも同じ。

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2009年11月 5日 (木)

3日目・午後

 12時過ぎ、昼食はロイヤルプロムナードにあるソレントピザへ。ピザ、グリーンサラダ、アプリコットムース、紅茶。
 部屋に戻ったら眠くなってきたので、お昼寝。日本は真夜中だもんねー。
 14時、起きて船内をぶらぶらお散歩。
 15時、3階でアイスショーを見ました。いろいろな衣装を着けたスケーターの華麗な滑り。途中、鳥居が出てきて、鏡獅子や振袖風の衣装(裾はミニスカート)を着けたスケーターが現れ、日本の歌を伴奏に滑る演出にビックリ。東洋趣味なのかなー、日本風か中国風かよく分からない部分もあったけど。華やかなショーでした。
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 部屋に戻って、大急ぎで着替えです。今夜のドレスコードはフォーマル。といってもアメリカの船ですからたいしたことはありませんが、いちおう女性はワンピースかスーツ、男性はネクタイに上着程度は必要。私もワンピースに上着を羽織って、メインダイニングへ。
Karibu38  レストランの入り口や階段の辺りでは、プロの写真家による撮影も。着飾った人達が並んで写真を写してもらっていました。私?、もちろんパス。自分のアップの写真を見てもつまらないと思うので。
 今日のメニューは、前菜がオックステールのスープ。これは辛かったので、2口ほど飲んでパス。添乗員さんの話だと船のスープは味が濃いのが多いということなので、以降スープは頼まないことにしました。
 メインは、ビーフのヒレ肉。これは柔らかくて美味しかったのですが、1枚食べて終了。私もデザートを食べてみたいので、ちょっと控えめに。
 デザートは、グランマルエニスフレ。ボーイさんがクリームをかけてくれました。ふわっとした食感で美味しかったです(写真上)。

Karibu39  今夜は、船長さんのウェルカムパーティーがあります。20時に5階のプロムナードへ行ってしばらく待つと、音楽が鳴り響いて上からキャプテンが乗ったゴンドラが降りてきました。英語で、乗船ありがとうというようなスピーチが行なわれました(写真中)。
 それを聞いてから、今夜のショーを見に行きます。今夜は、音楽とコメディーのショーで、歌とピアノ演奏はとても良かったです。しかし、相変わらずジョークは分からないのが辛いところ。なんとなくこんなことを言っているのかなとは思うのですが、とても笑えません(写真下)。
 23時半、部屋に戻って寝ました。ベッドのところには、タオルで動物が作ってあり、今日は白鳥でした。これは、毎日変わります。

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2009年11月 4日 (水)

カリブ海クルーズ3日目・午前中

 今日は、終日クルーズの日です。昨夜はあまり寝られず、今朝も早くに目が覚めてしまいました。
Karibu33  6時、起床。レストランは7時からなのですが、お腹が空いたので、24時間営業のカフェプロムナードへ行くことにしました。未だ朝早いので、ドーナッツやペストリーなどの菓子パン類しかありませんが、それとコーヒで朝食(写真上)。
 7時から11階のフィットネスセンターで朝のストレッチをやっていたので、それに参加。床に一人用のマットを敷いて、インストラクターの動きに従って、手足を伸ばします。
 終わった後、12階へ行くと、プールを見渡すジョギングコースを走ったり歩いたりしている人達が何人かいました。早朝の船上は、風が涼しく気持ちがいいです。私もコースを何週か歩いてから、部屋に戻りました(写真中)。
Karibu31  この船はコインランドリーが無いので、大きな服はクリーニングを頼み、下着やTシャツなどは洗面所で手洗いをしました。
 それから、船内の散歩です。8階のインターネットルームには、10数台のパソコンが並んでいたので、さっそくやってみました。シーパスカードを入れると、インターネットが使えます。しかし、接続料金は2分で1ドル、かなり高いです。しかも、速度が遅い。ADSL程度かな?、画面が変わるのに時間がかかるので、ついイライラ。日本語は読めるのですが書けないので、ローマ字でブログに書き込みました(写真下)。
 7階には図書室もあって、英語の本が並んでいます。日本語の本はやっぱりありませんでした。

Karibu34  10時半、部屋に戻って着替え、11階にあるプールへ。ちょっと泳いで、プールサイドで寝転んで、ジャグジーで温まって。プールは子供用、家族用、大人用といくつかありますが、どれも小さいので泳ぐというほどのものではありませんでした。水はほぼ真水に近いですが、少し塩味がしました。
 プールサイドには、バナナやオレンジの果物が置いてあるコーナーがあり、勝手に取って食べていいですし、ソフトクリームの機械もあるので、自分でコーンにとって食べるのもOK。のんびり、ビーチチェアに寝転んで海を見ているのもいい気分。リゾート気分満喫です。

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2009年11月 3日 (火)

カイジ

 映画「カイジ」を見てきました。この映画、予告編を見た時からおもしろそうで、旅行へ行く前に見たいなと思っていたものでした。旅行から帰ってきて、未だやっていて良かったです。観客が少ないとすぐ打ち切られるので、きっと好評なのでしょうね。
 私も、とってもおもしろかったです。ちょっと変わった映画でしたが、なかなかやるじゃないかと思いました。

 カイジ、30歳を過ぎているにも関わらず、定職にもつけず、コンビニで働いて家賃を払うのがやっとの毎日。やる気も無く、なんとなく日々を暮らしている。
 そんな彼のところへ、町金の女社長・遠藤がやってきた。失踪した友人の借金を保証人であるカイジに払えというのだ。もちろん、カイジにそんな大金が払える訳が無い。そこで遠藤はカイジに、借金をチャラにする代わりに船に乗ってゲームをするよう勧めた。カイジはその話に乗り、エスポワール(希望)という名の船へ行く。
 その船で行われたのは、カードによるジャンケンゲーム。そこでは、勝つために策を弄するものがいた。カイジも闘うが・・・・。
 負けたものの行き先は、地下での強制労働。そこから抜けるための道は、死のゲーム。その行き着く先は?。そしてカイジの運命は?。

 もちろんフィクションですが、無さそうで有りそうな世界。
 誘惑に満ちたサラ金の広告。もっとも今は規制がかけられて大儲けは難しくなっているらしいけど、少し前まではやりたい放題だったらしい。そこで、借金まみれになった人たちの生活は?。
 地下に閉じ込められた人たちは、刑務所以下の強制労働。しかも、ここでも搾取がある。これは、昔のタコ部屋の生活に似ているのか?。
 そして、死のゲームを見ながら、笑って食事をする大金持ち達。悪趣味きわまりないその様。
 そんな中で、カイジはなんとか人間らしい感情を持って、元の世界へ帰ろうとする。その努力を、ひょっとしてまた裏切られるのだろうなーと思いながら、見ている私。これも、かなり悪趣味の世界なのかも。

 この映画も、格差社会が見えてきた現代の反映だろうな。
 今朝の新聞にも貧困ビジネスの話が載っていた。無職・住所不定の人に住居を提供して、生活保護を申請させる。その保護費のほとんどを住居費や食費の名目で取り上げるビジネス。だけど、ここで食い物にされているのは、ホームレスの人だけではなく、生活保護費つまり私達の税金!。私はそこがどうしても腑に落ちない。

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2009年11月 2日 (月)

半田ウォーキング下見(2)

 次は、旧中埜家住宅です。ここは、今は紅茶専門の喫茶店になっていますが、明治44年に鈴木禎次氏によって建てられた別邸でドイツの山荘を模したと言われており、国重要Hanndasita3 文化財に指定されています(写真上)。ここでは、Tさんが昔使われていたガス灯の照明器具が建物内にあるということで、ハイキング当日に見学させていただけるよう交渉されました。
 住吉神社で小休止。宮池の畔には十月桜が咲いていました。
 広い通りに出たところに、半田赤レンガ建物がありました。ここは、明治時代にカブトビールを作っていた建物で、年に数回公開日があります(写真中)。
 ここから通りを渡って、紺屋海道へと入っていきました。この道は江戸時代に半田港が開かれるまで、大野港と下半田を結ぶ交通の要所だったそうで、今でも昔からの商店や町並みが残っています。

Hanndasita5  阿久井川沿いの道を通って、また広い通りへと出てきました。通りを東へと歩いて行きます。通りの南側は、以前富士重工の半田西工場があったところで、戦時中は戦闘機が作られていたそうです。今は豊田自動織機に売却されているそうですが、この工場の正門付近で、昔の飛行機製造についての話を少し聞き、旧滑走路跡へと案内していただきました。
 旧滑走路は、今では住宅地になっており、昔の面影は全然ありません。道路が丸くなっているところが、飛行機が旋回する場所だったと言われれば、そうかなーと納得する程度でした(写真下)。

Hanndasita6  その近くの喫茶店で昼食。
 通りをまた東へと歩いていき、尾張三社へ。ここは、亀崎祭りで山車が集合する神社です。神社の隣は公園になっていて、伊勢湾台風浸水位と書かれた札が立っていました。ここも台風の被害がひどかったのでしょうか。水位は、1m弱ぐらいでした。
 ゴールは、JRの亀崎駅です。ここの駅舎は、明治19年に建てられたものですが、修復されているのかきれいで、一見して古いという感じはしませんでした。  

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2009年11月 1日 (日)

半田ウォーキング下見(1)

 カリブ海クルーズの続きを期待されている方も多い(見たくない人もいる?)と思いますが、旅行記は長くなる予定なので、途中に最近のできごとを混ぜて。
 というわけで、10月29日は、”ものづくり文化再発見ウォーク 知多半島「食文化のふるさと」めぐりコース”の下見に行ってきました。

Hanndasita1  9時、JR半田駅集合。
 半田駅は明治19年に開業し、その後改築されましたが、跨線橋は明治43年に完成した当時のものをそのまま使っており、JRでは最古の橋だそうです。駅のホームにある支柱にも、ペンキが厚く塗られているのではっきりとは読めませんが、「明治四三年」という記述がありました。跨線橋の下には、レンガ造りの倉庫も残っており、歴史を感じさせます(写真上)。
 また、この辺りは酪農が盛んだったところで、駅前には知多酪農発祥之地の石碑も立っていました。

Hanndasita2  町中の道を歩いていくと、商店街の傍らに小栗風葉生誕之地と書かれた石碑がありました。小栗風葉は、半田生まれの小説家です。
 商店街を抜けると、目の前に半田運河が開けてきました。昔はこの運河を使って、船で酒や酢を運んだものです。なので、しばらく行くと、この運河沿いに”mizkan”マークが付いた黒い倉庫が並んでいます(写真中)。mizkanの本社脇には「酢の博物館」もあって、今日は小学生が社会見学に来ていました。
 この半田運河は、黒沢明監督の映画「姿三四郎」のロケ地にもなったそうで、運河のHanndasita4柵に映画のスチール写真と説明が書いてありました。
 その向こうには、清酒”国盛”で有名な「酒の文化館」もあります。博識のTさんが、ここに大本営があったはずだというので、えっと思って周りを見ると、何と酒の文化館の入り口の横に「旧大本営跡」と書かれた説明版がありました。私は以前ここの見学に来たこともあったのに、全然気が付きませんでした。物を知らないということは、こういうことだなとつくづく思い知らされます。
 その近くには、小栗家本宅もありました。今は半田市観光協会の札がかけられていますが、130年前に建てられ、濃尾大地震や伊勢湾台風にも耐えた堂々たる日本家屋で、以前はマンサン商店の本社として使われていました。続く。  

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