2009年11月 6日 (金)

スターウォーズ 悪の迷宮

 古本屋で買ってきたスターウォーズシリーズの3冊目。今のところ、これで最後。また、いつかシリーズの本に出会う時があるかなー。

 この「悪の迷宮」は、映画エピソード2「クローンの攻撃」から3年後。この本の次が、映画エピソード3「シスの復讐」です。このエピソード3で、アナキン・スカイウォーカーはダークサイドに転落するわけですが、この物語はその前の段階。

 ケイト・ニモーディアで、オビ=ワンとアナキンは戦っていた。ここの支配者ヌート・ガンレイは分離主義者で、13年前にナブーを封鎖した男である。ガンレイは2人に追い詰められ、あわてて宇宙船でアウター・リムへと逃げ出した。その際にシス卿・シディアスからの通信を受け取るメクノ=チェアを宇宙港に置き忘れてしまった。
 アナキンとオビ=ワンは、メクノ=チェアの秘密を探るために、それを作った工場惑星シ・チャーへと飛んだ。そこで、次は椅子を運んだパイロットのことを知り、採鉱惑星エスカートへ。パイロットは死に、次の手がかりはドゥークー伯爵が居るというネオスIIIへ。
 だが、二人が辺境の星を捜索している間に、首都コルサントはグリーヴァス将軍の攻撃を受けた。爆撃で崩壊する建物、そしてパルパティーン議長に誘拐の手がかかった・・・・。

 この物語では、シスが共和国政府の上層部に潜入していたことが明らかになった。シスはコルサントにも自由に出入りをしていたのだ。
 また、アナキンの強さにも言及している。普通、ジェダイは生後すぐにジェダイテンプルに送られる。自分の両親も知らず、感情を抑えてフォースの力を強めるよう教育される。だが、アナキンがジェダイに見出されたのは、9歳の時。もう十分に感情は育っていた。怒りの感情、それがフォースの力を強め、戦いに勝つ要素となる。だが、あまりにその感情が強くなると、それはダークサイドを呼ぶ。
 ダークサイドとは、人間の負の感情から発しているのだ。そして人は誰でも、正なるものと負になるものの両方の感情を持っている。

 映画では、勧善懲悪が強調され、共和国は正義で分離主義勢力は悪とされていた。だが、世の中はそんなに簡単に割り切れるものではない。
 共和国政府に不正とされた惑星は、罰金と賠償金を負わされて衰えていった。そんな惑星を救おうと、分離主義勢力の軍隊に入ったグリーヴァス。また、共和国の規定に縛られない自由な貿易をしたいと望む多数の惑星。分離主義勢力は、そんな人々にも支えられていた。
 正義というのは、簡単なものではない。それは、ジェダイも同じ。

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2009年10月 7日 (水)

スメラギの国

 朱川湊人著「スメラギの国」を読みました。
0910nana31_2  表紙に猫の絵が描かれていたので、猫好きの私向きかもと思って借りてきたのですが、ちょっと読むには辛い物語でした。表紙の猫の絵、よく見るとやっぱり不気味かなー。

 香坂士郎は、幸せだった。会社の寮を出て、新しく家を借りた。そこは、恋人の麗子と一緒に暮らす予定で、二人で見立てた部屋だった。その部屋に、野良猫のジンゴローとヨアヒムがやってきた。猫好きの麗子に言われ、士郎もついつい猫に餌をやって、部屋に入り込ませていた。
 士郎が住むアパートの前には、道を隔てて広い空き地がある。そこは、以前アパートの大家さんの別宅があったところだが、火事になってそのままになっている。その草ぼうぼうの空き地で、士郎は白いきれいな猫の親子を見た。士郎は、親猫をスメラギ、子猫をプリンスと名付けた。
 士郎が車を買い、その空き地の一画を駐車場代わりに使わせてもらうことになった時、悲劇は起きた。夜遅く、車を空き地に入れようとした際に、誤って白い子猫・プリンスを轢いてしまったのだ。
 その日以来、士郎は猫に襲われるようになった。猫は、士郎を見ると、集団になって襲い掛かってくる。背中に飛びつき、引っかき、体を駆け上って喉を狙う。家に帰るのも危ない。遂には、ヨアヒムまで部屋の中で士郎を襲い、士郎はヨアヒムを殺してしまった。士郎の車には猫が飛び込んでくるようになり、そして麗子が・・・・。

 猫が士郎を襲い、士郎が自衛のためとはいえ猫を殺していく場面は読むに耐えなかった。この作者は、よほどの猫嫌いかと思ったほどだ。
 だが、スメラギは猫では無かった。猫によく似ているが、”ひゅん”という妖獣で、猫たちに知恵を与えていたのだった。スメラギにその気は無かったのだが、知恵を持った猫たちは、集団で行動することや復讐することも憶えてしまったのだった。
 最後は、スメラギと士郎の心が交差して、お互いの哀しみを知った。愛する者を失った哀しみ、それは獣も人間も同じなのだ。

 私も猫好きだ。でも、猫って何を考えているのか、よく分からないなと思うことも多い。気まぐれで、自分勝手。気に入らないことはしないし。野生も残っていて、虫やネズミも捕まえてくる。残酷だなっと思うときもある。
 今も私の隣で寝ているナナちゃん、やはりこの猫がいてくれて私は癒されているなっと思う。この物語も、最後は猫のチョコが、自分を拾って育ててくれたお婆さんのところへ戻っていく。やはり、猫は人間の友達だ。一緒に暮らす仲間。

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2009年9月28日 (月)

タロットの迷宮

 小笠原慧著「タロットの迷宮」を読みました。著者の小笠原慧は、精神科医で、この本でも精神科のいろいろな症状や治療法が出てきます。

 近未来。日本の治安は悪化しており、金持ちは居住を首都圏から田舎へと移しかけていた。首都圏の食糧事情も、少しずつ悪くなりかけている。
 そんな時、警視庁捜査支援室所属の麻生利津は、自身が手がけた巨大非合法ビジネスの主犯逮捕事件の結果、身に危険が及ぶ可能性がでてきた。それを避けるため、身分を偽り、犯罪者の医療観察施設に心理療法士として潜入することになった。実は、その施設では女医が一人収容者に殺害されており、その事件を探るためにも内部での調査が必要になっていたのである。
 殺害された女医の胸には、タロットカードの大アルカナ・『運命の輪』が逆向きに留められていた。
 麻生利津が、施設内部を探っていく内に、事件に関係したと思われる人物が次々に殺害されていく。遺体を発見した看護士・丸野は、屋上から飛び降りた。警察には自殺とされたが、利津の部屋のドアにはタロットカードの『吊るされた男』が逆向きに貼られていた。保安課の春田には、『愚者』カード。そして、次は・・・。
 病院の医師たちの中にも、確執があった。外科的な治療を最善とするグループと行動療法や薬物療法を基本とするグループ。医師の中には、治療よりも学会での発表のための資料を得るのが目的の者もいる。医師や職員の間では、精神医療に飽き足らず、占いやカードに興味を持つ者も何人かいた。
 女医はなぜ殺されたのか?、タロットカードは、何を意味しているのか?。

 現在、少しずつ脳細胞の働きについて分かってきた。音楽を聞いたとき、考えているとき、脳のどの細胞が活性化しているのかとか、脳のどの部分が体のどこを動かしているのか等々。だが、人間の精神については、未だ未だ分からないことがたくさんある。精神的な病気についても、治療法はいろいろ提案されているが、未だ絶対というものは現れていない。
 この物語では、タロットカードが重要な役割を果たす。だが、そもそも犯罪者は、完全犯罪を望むはずなのに、なぜ現場に重要なヒントを残すのか?。それは、犯罪を知られたくないという気持ちと、自分がこれをやったと誇示したい気持ちの葛藤のゆえだと。すごいことをやったと誰かに自慢したい。推理小説に出てくる犯罪者が、必ず足跡を残すのは、そのためらしいのだけど、現実の事件ではどうなんだろう?。
 この本は、以前書かれた別の本の続きになっているが、これだけ読んでもけっこうおもしろかった。この前の物語も、機会があったら読んでみたいと思う。

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2009年9月21日 (月)

デンデラ

 佐藤友哉著 「デンデラ」 を読みました。すごい話です。何と言っても”姥捨て山”のその後なのですから。姥捨て山に捨てられた老女は、その後どうなったか?黙って死んでいった、とんでもない、ちゃーんと生き延びて村に復讐を図っているのです。あな、おそろしや。

 斉藤カユは70歳になったので、息子に背負われて『お山』に捨てられました。白装束を着て『お山参り』をすれば、極楽浄土に行けるはずだったのですが・・・・。なぜか、夜中に女の人の声がして、翌朝目が覚めると、ほったて小屋のような家の中で藁に包まれて寝ていました。
 そこはデンデラでした。デンデラは、やはり山に捨てられた三ツ屋メイが30年前に造った村で、山に捨てられた老女だけを拾って人口を増やし、畑を耕したり山で小動物を捕ったりして生き延びていました。
 三ツ屋メイの目的は、ただ一つ。自分を捨てた村が憎い。人口を増やし、武器を使う訓練をして、いつか村を襲撃する!。だが、デンデラに住む老婆達の考えは、一様ではなかった。三ツ屋メイを長とする襲撃派に対して、村の存続と安定のみを目的とする穏健派が存在していた。
 そんな時、大変な事態が起こった。今年は村は不作だった。そして、山も不作だったため、冬ごもりができない熊が居たのだ。その雌熊は、昨年産んだ小熊を連れており、デンデラの倉庫を襲って、食料と共に人肉の味を覚えた。デンデラの老婆たちは、知恵を絞って熊の襲撃に立ち向かい、小熊を倒すことができた。小熊の肉を食べ、喜びに沸いていた村。だが数日後、疫病が始まった。血を吐いて倒れる老婆達。
 親熊は未だ生きている。そして疫病。デンデラは、どうなるのか?。そして、村は?。

 いやー、すごい。さすが、70年以上生きている老婆たち。転んでもただでは起きぬ根性の持ち主ばかり。まあ、昔の老婆がこんなに元気かどうかはともかく、今の老人ならできそうだ。ウォーキングに行っても、私より速くさっさと歩いていく老人がけっこういて、年を聞いてみると70過ぎという人も多い。75歳でエベレストに登頂した三浦雄一郎もいるし。今時の若者、絶対に負けると思うな。
 デンデラに来た女たちは、今まで考えたことがない自分の生き方について考えることになる。襲撃派にせよ穏健派にせよ、何のために生きるかということを突きつけられるのだ。死ぬつもりだったのが、死ねなかった女たちの生き様。考えさせられます。

 岩手県遠野市にはデンデラ野という場所があり、昔60歳になった老人を捨てた場所だとも言われています。

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2009年9月19日 (土)

スターウォーズ 暗黒の会合

 「スターウォーズ 暗黒の会合」を読みました。これも 「スターウォーズ 破砕点上」「破砕点 下」 と同じく、「エピソード2 クローンの攻撃」の後の物語です。

 エピソード2から30ヵ月後。共和国と分離主義者との戦いは熾烈を極め、戦線はどんどん広がっていった。数少ないジェダイは戦いに駆り出され、ジェダイテンプルで子供たちを教える教師の数も少なくなっていた。 
 そんな時、分離主義者のリーダー、ドゥークー伯爵からジェダイの長老・ヨーダに私信が届いた。ヨーダの弟子だった時の思い出の品を送り、ヨーダに会いたいと。これは罠か?、それとも停戦への手がかりか?。
 ドゥークー伯爵は今、惑星ヴィジョンに居た。ヴィジョンもまたフォースが強い土地で、その力がいつしか狂気を産み、住民のほとんどが殺されたり自殺したりしていなくなっていた。
 ヨーダは、2人のジェダイと2人の若いパダワンを連れて、惑星ヴィジョンへと旅立った。2人のパダワンは、未だジェダイテンプルの生徒で、13歳の少年・ウィーと14歳の少女・スカウト。ウィーは、惑星ヴィジョンでドゥークー伯爵が住んでいるマルロー屋敷の子孫だった。
 果たして、ヨーダとドゥークー伯爵の会合は、無事行なわれるのか?、そして結果は?。

 今回の話は、映画の本編と連続しています。
 映画に出てきた、緑の小柄な老ジェダイ・ヨーダ。彼の活躍はなかなかのもの。800年も生きている老人?だが、ライトセーバーの腕はたつし、そのフォースの力は強い。彼は、どんなダークサイドの誘惑にも屈しない。
 今回はそういった美点だけでなく、ちょっと笑えるエピソードもいろいろ。まず、食事の好み。どうも私達ヒューマノイドとはかなり違っているらしく、泥沼を煮込んだようなものが好き。お腹が空いていると、とっても不機嫌になる。今回の旅では、隠密に出かける必要があるため、なんとR2型ドロイド(丸いブリキ缶のような形)の中に入って、ロボットのふりをする。これが、こそっと変なことをやったりするのよね。
 オビ=ワン・ケノービやアナキン・スカイウォーカー、パドメ・アミダラもちょっとだけ出てきます。

 ジェダイは、共和国全ての人々から信頼されているわけではない。それどころか、子供の誘拐者として忌み嫌われている部分も合わせ持っている。ジェダイになるためには、フォースを感じる才能を持つ子供たちを、幼い頃から訓練しなければならない。
 ドゥークー伯爵は、いみじくも言った。ジェダイになるのは、親にお前はいらないと言われた子供たちだと。それでもスカウトは言う。私はジェダイについていくと。ウィーも母親に会うが、やはりジェダイへの道を選んだ。

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2009年9月 6日 (日)

苦情こそ我が人生

 関名ひろい著 「窓口職員奮闘記 苦情こそ我が人生」 を読みました。

 山口直哉は、市役所の住民課勤務で南出張所に来て10年、そろそろ定年退職である。南出張所には、所長・桜田咲子(50代)、斉藤松五郎(50代)、岸部マリ子(20代)の4人の職員がいる。
 住民は毎日、いろいろなことで出張所へやってくる。所得税や住民税の支払い、婚姻届や離婚届、出生届けに死亡届、戸籍謄本や住民票、国民年金の支払いや国民健康保険、印鑑登録、等々、役所の仕事はけっこう多岐に渡る。しかも届け用紙がそれぞれ違い、書き方も面倒。いろいろな条例に使われている役所言葉が、また分かりにくい。それを住民にきちんと説明し、手早く処理するのは、なかなか大変。身勝手な住民に振り回されたり、時には職員の手違いも。

 というわけで、役所の窓口は苦情の山。市長を出せと怒鳴る住民もいれば、役所に投書する住民もいる。本庁の課長や部長は、保身が大事。これまた何かといえば窓口のせいにしたがるのだ。
 私も公務員の端くれだったこともあるので、この辺りの事情はとってもよく分かる。出世大事な人間は、絶対に責任を取ったりしない。手柄は自分のものに、失策は部下のせい。大過なく、上にへつらう人間の方が出世する。
 だが、出世しなくていいと思えば、これほど楽な居場所も無い。8時半から17時半まできちんと働いて、きちんと帰る。休みもしっかり取れるし、身分は保証されている。窓口業務が自分に合っており、住民のためになっているという自負があれば、出世の必要は無い。上にいっても、楽しい仕事があるとは思えないからだ。

 山口は、窓口業務が好きだった。確かに苦情も多く、大変なことも多い。だが、住民に感謝されることもあり、そういう時には今までの苦労が報われると感じる。
 戸籍にまつわる話では、いろいろな事例があった。パスポートを取るために戸籍を見て、初めて自分が養女だと知った話。ストーカーや家庭内暴力で逃げてきた人の住民票をどうするか。印鑑登録に三文判を使ったばかりにサラ金被害にあった話。
 いろいろな事例で、つい親身になって相談に乗る内に、住民の人生を垣間見ることになっていく。ほんとうに役所というのも、悲喜こもごもの人生が凝集される場所だなと思う。

 最後に著書プロフィールを見たら、やはり市役所の窓口業務に携わって、定年退職したと書かれていた。フィクションとあるが、かなり経験に基づいた内容のようである。

 お知らせ:明日・明後日と留守にします。帰ってきたら、また書きますね。

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2009年9月 4日 (金)

魔王

 伊坂幸太郎著 「魔王」 を読みました。ブログの知人が、この作家の小説が好きだと書いていたので、興味があったからです。

 安藤兄弟は、子供の頃に両親を亡くし、今は2人でアパートを借りて生活している。弟の潤也の恋人・詩織が時々そこへ遊びに来ていた。
 兄の俺は、ある時に突然、自分が思ってたことを他人にしゃべらせる能力があることに気が付いた。
 その頃、政界は混迷しており、人々は閉塞感から新しい政治家を求めていた。野党の未来党に犬養が現れたのは、ちょうどそんな時代だった。彼はカリスマ性があり、扇動的な言動で民衆の心を掴んでいった。
 俺は、人々が同じ方向に向かって動いていく雰囲気を、不気味だと思った。これはファシズムの始まりではないのか?。俺は犬飼にも自分の能力を試そうと思い、犬養に近づいていったが、そこで意識が無くなってしまった。
 兄が亡くなって5年、弟の潤也は詩織と結婚して仙台に住んでいた。そしてある時、競馬で自分が1/10の以上の確率なら勝ち馬を当てられることに気が付いた。
 その頃、犬養はもう首相になっていた。憲法改正の投票が行なわれる。日本は、どういう方向に向かっていくのだろうか?。

 この本は、2005年に発行されたものですが、今の状況と似ています。衆議院選挙では、初めて野党の民主党が300議席もとりました。時代の閉塞感も似ています、だが、違うところが一つあります。それは、野党の党首にカリスマ性が無いことです。確かに人々は民主党に期待もしていますが、同時に醒めてもいます。選挙も新しいうねりらしきものはありましたが、熱狂性はありません。4年前の「じゅんちゃーん!。」というような呼びかけは、どこにも聞かれなかった。それは、たぶん良いことなのでしょう。

 第二次世界大戦前、ヒトラーもムッソリーニも民衆から熱狂的な支持を得ていました。最近読んだ「ワルキューレ」でも、ヒトラー暗殺を企てたクラウスでさえ、初期の頃はヒトラーに陶酔して彼のために戦おうと思っていたのです。
 今の小選挙区制では、ほんのちょっとの票の変化が大きな政治の変動を産む。なぜなら、選択肢が少なすぎるからです。どちらか一方の二者択一になり、死票が積み重ねられる。この状況で、もしカリスマ性のある政治家がでてきたら?。私はとても怖いと思う。
 憲法改正、今は話題にも乗りませんが、2010年5月には、国民投票法が施行されます。もうすぐです。私たちは心しておかなければ、と思います。

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2009年8月26日 (水)

ドリーミング・オブ・ホーム&マザー

 打海文三著の本です。この「ドリーミング・オブ・ホーム&マザー」もちょっと分かりにくいストーリーでした。題名は、文中の作家・小川満里花のデビュー作であり、アメリカ民謡「旅愁」の歌。

 田中聡と、さとうゆうは、幼馴染である。子供時代、聡の叔母が飼っていた犬・月光が保健所に引き取られた時、ゆうは月光を取り返しに行くために、聡と保健所へ乗り込んだ。そして、月光は聡の家で飼われることになったが、しばらくして病気で死んだ。
 聡は大学卒業後、中堅のディベロッパーに就職したが、5年後会社が倒産し、文芸出版社に転職した。彼は、そこで自分が好きな作家・小川満里花に直接インタビューする機会を掴んだ。
 さとうゆうは、大学を中退してから、ずーっとフリーのライターをしていた。その関係で聡と共に小川満里花とインタビュアーとして会い、記事を書いた。小川満里花は、以前月光奪還に行った保健所の職員で、ゆうのことを憶えていた。二人は急速に仲良くなった。 
 満里花は、黒い大型の牧羊犬・イエケを飼っていた。聡とゆうが満里花の別荘に泊まった夜、イエケがゆうを襲った。ゆうは、大怪我をし、パスツレラ症に感染した。1ヵ月後、満里花からイエケを処分したというメールが来た。満里花は別荘から東京のマンションに引っ越した。
 翌年、東京でSARSが蔓延した。SARSのウィルスはイヌコロナウィルスに近似しており、犬から人への感染が疑われた。満里花の恋人は、別荘の近くで死体となって発見された。大型の黒い犬の目撃が報告される。黒の大型犬に咬まれた警官はSARSを発祥。イエケは生きているのか?黒の大型犬はイエケなのか?。イエケとSARSの関係は?。

 私は犬を飼ったことが無いのでよく分からないのだが、犬が飼い主を慕う気持ちはどれだけ大きいのだろう?。犬にも個性があるから、個々の犬によっても違うだろうが、飼い主が与えた餌しか食べないという犬もいるらしい。飼い主が居ないと絶食してしまうそうだ。また、犬にとっては序列が全てで、自分より下の序列の者の言うことはきかないらしい。
 イエケも満里花を慕って、逃げ出し、道に迷いながらも別荘へ行き着く。そして、満里花にとって自分より序列が上の恋人を殺し、次は満里花が住む東京へ。満里花はイエケを殺せなかった。ペットと人間の深い関係。
 今日本では、豚由来の新型インフルエンザが蔓延している。このウィルスの致死率は低い。だからパニックは起きていないが、もしもっと致死率が高いウィルスが発祥したら、それはやはり恐怖だ。
 しかし、この小説の結末がよく分からない。これは夢?、それともパラレルワールドなのか?。

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2009年8月24日 (月)

そこに薔薇があった

 応化シリーズを読んで以来、打海文三に興味が持ったので、この作家の本を2冊借りてきました。

 「そこの薔薇があった」は7編の短編からなる小説集です。
 前の6編は全て結婚または離婚が関係している男女の物語で、必ず最後に男性が殺されて終わります。
 「はしゃぎすぎてはいけない」は、離婚してしばらくたった男性が、高校時代に電車通学で見かけた憧れの彼女と再会する話。彼女から電話があり、酔った彼女を家に入れた時に惨劇が・・・。
 「結婚式までカウントダウン」では、結婚を29日後に控えた男性が、あるアトリエで見かけた女性とちょっと話しをしたことから始まった。私は鳥、私を飼って、と言ったその女性を家に入れた。男性は結婚式をすっぽかし、その夜・・・。
 「お家に帰ろう」では、仕事で高校時代の恩師がいる町に来た男性。ホテルでバイクに乗る女性に声をかけ、ついテレホンセックスの相手をしてしまった。夜の山道、男性の車をバイクが追っかけ・・・。
 「街で拾ったもの」、若き編集者の男性は、女性漫画家と同棲を始めた。彼女は街で別の女性と仲良くなり、彼女を家に連れて来る。3人の共同生活が始まり、ある日漫画家が出かけた夜・・・。
 「みんな我慢しているんです、と彼女は言った」、妻が出産のため実家に帰っている男性。少年野球で場外に飛んだボールを投げ返した女性とキャッチボールをし、その女性の後をついていったら・・・・。
 「ふたりのメアリー」、両親が亡くなって、別々の親戚に引き取られた兄妹。17年後妹から連絡があり、二人はお互いに好きだったと確認しあったが・・・・・。
 そして、「美しい年齢」で、殺人事件の犯人が明かされる。

 殺人事件があると言っても、探偵小説ではなく、どちらかというと怪奇小説に近い奇妙な味わいのある短編集。
 男性たちに殺されなければならない理由は無い。全て偶然に近い出会いで、不条理な殺人が行なわれる。物語は淡々と進んでいくが、結末を期待して、ついつい最後まで読んでいってしまう。話の経過に興味が湧き、途中で止められない。
 応化シリーズとは全然味わいが違う、不思議な物語でした。

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2009年8月19日 (水)

ワルキューレ

 図書館へ行ったら、この本が「お薦めコーナー」に置いてありました。確か以前映画になった話で、私は見ていないので、原作を読んでみることにしました。

 「ワルキューレ ヒットラー暗殺の二日間」
 これは、1944年7月19日と20日の物語である。その年、ドイツ軍はロシア戦線で負け続け、連合軍はノルマンジー上陸を果たした。そしてベルリンは爆撃を受け、都市は瓦礫の山となりつつあった。
 7月19日の夜、ヒトラー暗殺を企てたクラウスは、計画の行く末と興奮で眠られぬ夜を過ごしていた。ヒトラーも体の不調で眠れず、鬱々としながら自分の人生を思い出していた。
 翌7月20日、クラウスはへフテンと共に、飛行機でヒトラーが居るヴォルフスシャンツェに着いた。予定では地下壕で行なわれるはずだった会議は、シュペーアの兵舎に変更になった。爆弾は一発、会議中に爆発し、兵舎の一部が吹き飛んだ。ヒトラーは倒れ怪我をしたが、生きていた。だが、クラウスはヒトラーが死んだと思い、予定通り飛行機に乗ってベルリンへと逃げた。
 ベルリンは大混乱。果たしてヒトラーは、生きているのか、死んだのか。電話が飛び交い、いろいろな情報が渦を巻く。将軍達は決断できず右往左往。ワルキューレは発令されたが・・・・。

 ワルキューレ計画というのは、クーデターが発生した場合に戦闘部隊を動員するのが目的の取り決めだった。だが、クーデターを計画したクラウス達はこの作戦を逆手にとって、戦闘部隊を動員してベルリンを制圧しようと考えたのだった。
 この作戦は失敗し、関係者約7000人が逮捕され、約200人が処刑された。これは、歴史的事実である。

 小説や映画の場合、事実をどう膨らませ、人間関係などのドラマをどのように描くか、が問題となる。それが面白さとつまらなさの境目。
 この小説は、私としてはつまらなく、好みではなかった。特に第1部は長々とヒトラーの昔物語を切れ切れに描いているだけ。ヒトラーが不遇な青年時代を経て、軍隊で勇敢さを表し、演説のうまさからのし上がっていったということはよく分かったが、それならヒトラーの生涯を書いた本を読んだ方が面白いと思う。
 第2部の暗殺計画が終わった後の混乱は、ちょっと興味深かったです。通信手段がダイヤル式の電話しかない時代。現地で何が起こっているのか、本当のところはどうなのか、誰も分からない。そんな時に、はっきりとことが分かるまで、先送りされる事々。人間性が現れる場面だ。
 映画はまた印象が違うかもしれないが、どうだったのだろう?。

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2009年8月12日 (水)

スター・ウォーズ 破砕点(下)

 「スター・ウォーズ 破砕点(上)」に続き、(下)を読みました。最初はちょっとなじみにくかったのですが、やっぱりスター・ウォーズは面白いです。 映画だけでは分からなかったことも少し理解できました。

 ジェダイ評議会の長老 メイス・ウィンドウは、フォースの力を通じて物事が変わる時点であるシャッター・ポイント(破砕点)を見通すことができた。
 惑星ハルウン・コルに派遣されたジェダイ デパ・ビラバは、現地人コルンのリーダー カー・ヴァスターと行動を共にしていた。カーは、幼少時にバロワイ(他惑星から来た採取者)に両親を殺され、ジャングルの中で一人で生き延びた。そのため、普通のコルンより強いペレコタン(フォースと似た力)を持っていた。
 デパとカーは、共同して戦い、ハルウン・コルの宇宙港ペレク・ボウから分離主義勢力を追い払った。だが、それは罠だった。分離主義勢力はバロワイ達に宇宙船や武器弾薬を与え、コルン達を殺させた。そして、メイスがやってきた。
 メイスは、カーの仲間に連れられてコルン達の避難場所へ来た。そこで、傷ついたデパやコルン達を見て、共和国の宇宙船を呼び寄せた。それが、戦いの引き金となった。
 ハルウン・コルの近くにある小惑星帯に潜んでいた分離主義勢力の宇宙船は大挙して共和国の宇宙船に攻撃を加え、バロワイの採取者や市民軍は避難場所へと押し寄せてきた。
 今しも攻撃が始まり、共和国の宇宙船やコルンの避難民が虐殺されようとしていた時、メイスはシャッター・ポイントを見つけた。メイスの奇想天外な作戦が始まる。

 このメイスの奇想天外な作戦というのがすごい。スター・ウォーズのテーマ・ミュージックが耳元で聞こえてくるような、そんな気がする痛快な戦い。今までやられてばかりいた仲間達が、次々と反撃しやりかえしていく。しかも、考えられないような規模で。
 ただ、犠牲も多きい。デパ は闇に落ち、多くの人々を虐殺し、自身も正気を失った。多くのコルンとバロワイ及び兵士が亡くなった。だが、ハルウン・コルに平和は戻り、共和国は勝利した。

 フォースの力というのが、映画ではよく分からなかったのだけど、どうも”場が持つ力”のような感じである。超能力と似ているのだけど、ちょっと違うような。”気の力”のような感じかな。それを正しく感知して使えるようになることも、ジェダイの訓練の一つ。
 フォースの力というのは、本能のままに使ってはいけないらしい。本能を抑えて、それと反対の行動(理性?)を取ることが大事だそうである。
 デパは、自分の作戦のためにバドワイを殺し、大勢のコルンを死なせたことで、心が傷つき闇に落ちた。そして、平気でバドワイを虐殺できるようになった。やはり、人類の本能の中に争いと殺人があるのだろうか?。 

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2009年8月 5日 (水)

スターウォーズ 破砕点(上)

 スターウォーズの本は、アメリカではたくさん出版されているそうですが、日本で翻訳されているものは少ないそうです。
 私が読んだ「破砕点」は、「スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」の半年後を描くクローン大戦ノベルです。エピソード2は、アナキンがアミダラと共に惑星ナブーへ行き、アミダラに愛を告白する話でした。一方、銀河共和国は崩壊しつつあり、パルパティーン議長の下にクローン軍団が組織されようとしていました。

 さて、この「破砕点」では、アナキンやアミダラとは何の関係も無く、ジェダイ評議会の長老 メイス・ウィンドウ とそのパダワン(弟子)の デパ・ビラバ の物語です。
 デパは、惑星ハルウン・コルから分離主義勢力を追い払うために派遣されていた。そして、デパは成果を上げてはいたが、戻っては来なかった。そんな時、デパに対する知らせがもたらされた。多くの民間人が虐殺されている映像、それをもたらしたのはデパだというのだ。
 メイスは、惑星ハルウン・コルへと旅立った。そこは、彼の生まれ故郷だった。そこに住むコルンは、フォースの力(ペレコタン)を持っていた。孤児だったメイスは、ジェダイに見出され、ジェダイ・テンプルで育った。だが、血の中にコルンの力を持っている。
 
惑星ハルウン・コル、そこのジャングルには貴重な野生植物が繁茂している。その植物の実や葉は高価なため、他の惑星からの採取者が大勢殖民していた。彼らはバロワイと呼ばれ、ジャングルに住むコルンと戦闘状態にあった。
 バロワイ達は、分離主義者が住む惑星から、銃や戦車、ガンシップなどを無料で提供され、コルンを殺していた。コルンは昔ながらのジャングルの生き物、グラッサーやアックドッグと共にフォースの力で戦い、バロワイの武器や食料を強奪して生き延びていた。
 デパを探しにジャングルへと入っていったメイスが見たものは、憎しみと終わりなき戦い、そしてジャングルの掟。そして、デパは・・・。

 この本を読んで、つくづくSFの原点というものを考えました。見知らぬ惑星、そこには何があるのか。未知の動物、未知の植物。ヒューマノイド系の人々、爬虫類や昆虫類を祖先に持つ人々。未知の危険があり、冒険がある。
 この本でも、未知の植物や動物が出てくる。草を食べながらのそのそと動く、大きなグラッサー。その背に乗って移動することもできる。その肉は食用だ。グラッサーを守り、群れを先導するアックドッグ。強力な獣だが、コルンとはフォースの力で結ばれている。
 昼なお暗いジャングルの森。危険な植物や動物で満ちている。地球にフロンティアが無くなった現代、やはり夢は宇宙へ。

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2009年7月14日 (火)

覇者と覇者

 打海文三の「覇者と覇者 歓喜、慙愧、紙吹雪」を読みました。「愚者と愚者」に続く三部作の最終章です。

 「黒い旅団」は内部崩壊し、消滅した。常陸軍は「我らの祖国」と大きな戦闘をし、首都は瓦礫の山となった。東京からは、大勢の避難民が奥州や北海道へ逃げ出したが、奥州も北海道も州境を封鎖した。行き場の無い難民達は、茨城県などの近県に逃げ込んだり、また首都へと舞い戻ったりした。
 しかし、軍閥の勢力が減ったことから和平の機運が生まれ、北海道軍はアメリカ資本と手を組んで、本州の平和調停へと乗り出した。北海道軍は、アメリカの軍事企業から最新式の兵器を買い、古い兵器を常陸軍に供与した。常陸軍はその兵器で我らの祖国と戦い、勝利を収め、首都につかの間の平和が訪れた。
 北海道軍は、平和維持軍として首都に進攻した。軍は解体され、兵士の大部分は国軍と警察隊に入っていった。だが、平和維持軍へのテロは続く。真に平和な世界が来るには、未だ未だ時間がかかる・・・・。

 この本は未完である。作者の打海文三が2007年10月に死去したため、続きが書かれることは無い。
 だが、恐らくこの小説の続きは、少しずつテロや暴動を克服して、国を復興させていく話になるのだろう。いや、なって欲しいと思う。内乱を経験したが故に、二度とそういう事態に陥らない国づくりをして欲しい。

 この本の下・2章<記憶と未来>では、戦争犯罪の告発がなされている。戦争の記憶は忘れてはならない。それは記録され、きちんと処理されなければ、未来へは繋がらない。戦争犯罪は、日本の各軍閥の将軍達とアメリカ軍。最初にあったアメリカの無差別爆撃が日本の荒廃をもたらした。そして、それに乗じて住民を圧殺し、利権を貪った将軍達。彼らの犯罪は裁かれなければならない。

 私は、日本の戦後を思った。戦争犯罪は裁かれていない。東京裁判はあったが、あれは戦勝国が行なった裁判であり、日本国民は蚊帳の外だった。本当に必要なのは、日本国民による裁判。なぜ、日本は戦争の道を歩んだのか?。
 その反省がなされていないところの未来は危うい。日本国憲法には第九条があるが、私達はそれを守り抜く気概を持ってはいない。そして、アメリカに対しても。
 戦争犯罪とは何なのか。それを見つめることは、辛いが必要なことだと思う。

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2009年7月 6日 (月)

愚者と愚者(下)

 打海文三著、「愚者と愚者(下) ジェンダー・ファッカー・シスターズ」読みました。内乱は、未だ未だ続いています。

 海人の戦友、孤児部隊で共に戦った田崎俊哉は、今常陸市駐屯軍の司令官になっていた。彼は、ゲイだった。そして、黒い旅団の呼びかけに応じ、部隊と共に常陸軍から離脱するところだった。反対したのは、一中隊のみ。海人は、その中隊を助け、俊哉と戦って駐屯軍を取り戻すため、常陸市へ進撃した。作戦は、成功した。だが、海人の部隊は首都へ戻れなくなり、首都圏の常陸軍は支配地域を限定せざるをえなかった。
 東京は、パンプキンガールズ・常陸軍・高麗幇・虹の旗・ゲイ解放軍・市民軍・鉄兜団に対し、黒い旅団・社会正義党・我らの祖国・東京UF・ポセイドンが群雄割拠しており、市街戦が絶えなかった。
 北海道は、内戦の影響が無く、企業は北海道に逃れ繁栄していた。東北も軍事政権が支配していたが、いちおうの平和が訪れていた。だが、東京以西は、内乱状態。
 果たして日本全土に平和が訪れる日はくるのだろうか?。

 戦争をするには、金が要る。この日本で通用しているのは、円ではなくてドル。政府が崩壊しているのだから、当たり前か。そして、ドルを稼ぐために、ドラッグ(麻薬)を輸出し、食料や武器弾薬を買っている。いわば、ドラッグ経済で日本は成り立っていた。
 海人が、最初に孤児部隊の中で頭角を現したのも、戦闘中に奪ったドラッグだった。月田姉妹が、パンプキンガールズを作った資金も、東京UFから奪ったドラッグだった。
 椿子たちのビジネスは、ドラッグ取引、売春、ホテルやバーの経営、武器の故売、等等。パンプキンガールズ達は、ビジネスをしながら内乱を戦っていた。

 戦争に、ドラッグとセックスは付き物である。どこの軍隊にも腐敗はあるし、恐怖を紛らすものは快楽である。
 つくづく戦争というもののやりきれなさ、を思う。 

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2009年7月 3日 (金)

愚者と愚者(上)

打海文三の「愚者と愚者(上)野蛮な飢えた神々の氾濫」を読みました。これは、「裸者と裸者」の続きです。

 佐々木海人は、21歳。常陸軍の大佐で、孤児部隊の司令官である。月田桜子は爆弾テロで死亡。今は椿子一人が、パンプキン・ガールズを指揮している。

 東京は、旧政府軍・宇都宮軍・仙台軍・常陸軍の4軍が平和停戦を行い、暫定統治評議会が成立した。だが、テロは続く。外国との戦いなら、平和条約が調印されれば、その時から爆弾が飛んでくることは無い。だが、内戦の場合はそうはいかない。軍隊や兵士は、自分たちを養うためにも戦いを止めるわけにはいかないし、利権を得るためには権力を握らなくてはならないからだ。

 常陸軍はシティの選挙を成功させた。選挙権は、住民登録をした18歳以上の全ての日本人と外国人に与えられた。

だが、軍隊の中にも住民たちの中にも、様々な差別が存在し、それが争いの一つの種になった。最初は、ゲイの兵士への虐待と差別。常陸軍や外人部隊にもそれはあったが、海人達は差別を許さず、差別主義者を排除し、部隊を編成しなおした。

だが、ゲイを標榜する指揮官が率いる「黒い旅団」が現れた。彼らは、男であることを強調し、女は守られるべきであり、戦闘に女は参加すべきでないとしていた。彼らは、有能な指揮官の下で勢力を増し、松本・甲府から中部へと攻め入り、各軍隊のゲイ兵士と呼応して内部分裂をさせて勝ち進み、とうとう首都圏へとやってきた。

対するは常陸軍と同盟の4軍。彼らは、首都圏を守ることができるのだろうか?。

この本を読んで、今のイラクの情勢を考えた。確かに戦争は終わったが、テロと内乱は未だ続いている。この本に書かれているのは、架空の日本だが、世界各地ではこれと同じような戦闘が続いているのだ。

ここに書かれているのは、性差別とジェンダーによる嗜好の差別。ほんのちょっとしたことでも、差別の対象にはなる。人種差別、民族差別、宗教差別、等々。全ての差別を許さず、公平な選挙を行い、平和な国を取り戻すのは簡単なことではない。

ここには、アメリカの武器商人も出てきた。一世代も二世代も前の古ぼけた武器。それはアメリカ軍には売れないが、遅れた紛争地域になら売れる。そうやって、売られた武器で多くの人々が傷つき、死んでいく。それも、やはり世界の現実だ。

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2009年6月22日 (月)

裸者と裸者(下)

 打海文三著「裸者と裸者(下) 邪悪な許しがたい異端の」を読みました。この巻は、月田桜子・椿子の双子の物語である。

 応化14年8月、海人は19歳。常陸軍の准尉になっていた。
 月田桜子と椿子は、海人が13歳で反乱軍から逃げ出した時に出会った。反乱軍に家族を殺された二人は、海人と共に常陸市へ逃げ、男を誘っては睡眠薬を飲ませて金品を奪う昏睡強盗をやって、生活費を稼いでいた。その後、また海人と出会い、資金援助をしてもらって学校へ通ったが、勉強はあわず、トラックを買って、長距離輸送ドライバーになっていた。
 桜子・椿子は20歳。事件を起こしてシティに逃げ込んだ。そして海人を通して、娼婦の組織「ンガルンガニ」や「虹の旗」などの女性組織を知る。桜子・椿子は、元ドライバーの女性や不良少女を組織して、「パンプキン・ガールズ」を作る。彼らは常陸軍と提携し、女性を訓練して武器弾薬を与え、自警団を作り上げた。
 一方、常陸軍も戦争を止める気が無い司令部と対立し、司令部と戦って東京に平和をもたらそうと画策していた。
 果たして、常陸軍と女性軍は、首都の内戦を終わらせることができるのだろうか?。

 内乱状態にあるシティ。そこでは、外国人や女性は、より抑圧され差別を受けていた。自分達を守り、安全に暮らして仕事をするためには、武器を取って戦わなくてはならない。自警団が必要とされる。平和を得るためには、まず戦うことが必要だ。
 その論理は分かる。現にパレスチナでもイランでも、大勢の人達が平和を求めて(?)戦っている。テロも、時には必要だ。でも、平和ボケした私には、その論理になかなかついていけない。桜子や椿子が言うことは正論だと思う。だが、本人たちもこの狂った世の中では、自分達も狂わなければやっていけない、と言っている。悪を滅ぼすためには、自分達も悪に染まる必要があるのだと。
 自分と仲間を守るために、武器を持って戦う。しかし、銃口の先には、やはり守るべきものを持っている人間がいる。その正当性は、いったい何なのだろうか?。

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2009年6月18日 (木)

裸者と裸者(上)

 打海文三の「裸者と裸者(上) 孤児部隊の世界永久戦争」を読みました。このシリーズは3部作で、その第3部が私がよく行く図書館の「お薦めの本」の中にありました。どうせなら、第一部から読もうと思って、この本を借りました。
 読んで、ビックリ。とんでもない内容の本です。

 金融システムの崩壊と経済恐慌からアジアで戦乱の嵐が巻き起こった。大勢の外国人が日本に難民としてやってくる中、日本の治安は悪化し、遂に国軍の一部が暴走して首都を制圧した。国軍は、政府軍と反乱軍に二分し、アメリカ軍も加わって日本中が戦争状態に陥った。
 応化二年、海人6歳・恵2歳・隆7ヶ月、父はアメリカ軍の爆撃で死んだ。翌3年の8月、働きに行った母は、内戦に巻き込まれて失踪。3人は、アパートを追い出され、残飯を求めて街をうろつき回った。
 親切な元市職員の男に助けられ、アパートの外階段の下にバラックを建てて、住まわせてもらった。海人は、タバコを売り歩き、食堂の下働きをして残飯をもらい、弟妹を養った。
 海人が13歳のとき、孤児狩りにあい、海人は反乱軍の兵隊にされた。だが、2週間後その軍隊は負け、海人は逃げ出すことができた。そしてまた、店のトイレ掃除を請け負ったり、工事現場で働いたりした。しかし、15歳になった時に政府軍に徴兵され、孤児部隊に入れられた。
 戦闘経験がある海人は、優秀な軍人となった。外人部隊の将校にもかわいがられ、戦闘だけでなく裏の商売、麻薬・賄賂などにも通じて、出世をしていった・・・・。

 以前、アフリカにあるソマリアの首都モガジシオについて、新聞で特集を組んであったのを読んだことがあります。ソマリアは、破綻国家と言われ、1980年代からずーっと内戦状態となっています。政府軍、反政府軍、国連軍、イスラム原理主義者、エチオピア軍、多くの軍隊が入り乱れ、テロが横行しています。
 外国人が安全に泊まれるホテルはほとんど無く、町中へ出るときは装甲車で自動小銃を持った護衛付き。だが、一般民衆は市街戦の中でも生きてゆかねばならない。戦乱は多くの孤児を産み、孤児たちもまた武装集団に少年兵として組み入れられていく。そんな内容でした。

 世界の一角で、今も戦争状態の国が存在する。もしも、一つ歯車が狂って、日本がそういう状態になったら?。考えると暗澹としてきます。
 この小説の舞台は日本ですが、もちろんフィクション。でも、地球上に似たような国があることを、私は知っています。そして、私には何もできない。

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2009年6月14日 (日)

悪魔の選択

 フレデリック・フォーサイスの「悪魔の選択」を読みました。ずーっと前のベストセラーです。我が家で”ツンドク”になっていたのを、新玉川温泉へ持っていって、暇に任せて読みました。あそこは、長い小説を読むのに最適の場所?です。
 この小説は1979年に発表されたものです。この小説が書かれた当時は、未だソヴィエト連邦があり、アメリカとソ連の仲は、冷戦状態と言われていました。

 1982年4月、ウクライナのパルチザンリーダーが漂流中にイタリアの貨物船に助けられ、トルコの病院に収容された。イギリス系ウクライナ人のアンドルー・ドレイクはそれを知って、長年温めてきた自分の計画(クレムリンに一泡ふかせて、ウクライナの独立を蜂起させる)を実行するチャンスだと思った。
 1982年6月、ソ連では、今年の小麦が農薬のミスから最悪の不作になることが判明した。そして、アメリカも衛星写真でソ連の畑を見て、それを知った。だが、2国ともこのことは重大な機密として処理した。
 1982年10月、アメリカとソ連の会議が行なわれた。表の会議では軍縮、裏の会議では食糧援助。政治的な駆け引きが行なわれたが、クレムリンでは穏健派のルージン議長と好戦派のビシナーエフが対立していた。
 10月末、KGB議長が暗殺された。やったのは、アンドルー・ドレイクの一味でユダヤ人のミーシキンとラザレフ。だが、その事実は隠蔽され、KGB議長は心臓病で入院中と発表された。12月末、ミーシキンとラザレフは、飛行機をハイジャックしてソ連脱出を図ったが、西ドイツの空港で逮捕された。
 翌年3月、アンドルー・ドレイクは、巨大タンカー・フレイア号を乗っ取り、ミーシキンとラザレフをイスラエルに無事送還するよう西ドイツ政府に要求した。
 KGB議長が暗殺されたことが一般に知られたら、ソ連の鉄の規律は失われ、少数民族の独立運動が起きる可能性がある。なんとしてでもミーシキンとラザレフの解放を阻止しなくてはならない。それができなければ、クレムリンは好戦派が多数を占め、世界は戦場と化すだろう。
 果たして、フレイア号の爆発・石油の流出は防げるのか?。KGB議長暗殺の秘密は保たれるのか?。ミーシキンとラザレフは?。ソ連の指導者は?。そして、世界はどうなるのか?。

 もし、巨大タンカーが沈没したら、海洋汚染はすごく深刻な問題となる。以前、日本近海でも船から石油が流出した事件があった。バケツとひしゃくで石油ボールをすくう光景を憶えている。今回は+30人の船員の命。
 もちろん、核戦争の危機に比べたら、それは小さいものかもしれない。だが、・・・。今回、首脳達はKGB議長が殺されたことを話すことはできない。全ては秘密裏に処理されねばならない。秘密の処理=悪魔の選択。

 この小説が書かれてから30年が経っている。ソ連は無くなった。だが、核爆弾は地球を7回爆破できるほど残っている。新しく北朝鮮も。
 世界終末時計は、地球消滅まで残り5分!となっている。オバマ大統領は、核軍縮を打ち出しているが、人類はよりよい未来を見つけることができるのだろうか。 

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2009年5月22日 (金)

日本列島放棄

 新井克昌著「日本列島放棄」を読みました。
 最初は、小松左京の日本沈没と同じような小説かな、と思っていました。先ず宮城沖大地震がおき、次に東南海地震・南海地震と続けておきる。
 だが、その先は違った。日本沈没が書かれた頃には無かったもの、原子力発電所の放射能漏れである。日本には、16ヶ所に計53基の原子力発電所がある。 小説では、その内の7ヶ所13基の原発が撥ねた(放射能漏れを起こした)ことになっている。福島・女川・浜松・川内・美浜・敦賀・伊方、この7ヶ所から漏れた放射能が覆う300km圏内には、北海道と沖縄を除く日本の大部分がすっぽりとはいってしまうのだ。

 伊澤一哉は、牡鹿半島にある老人と子供の共同施設・海辺の園を運営していた。そこを宮城沖大地震が襲った。ニュースでは、福島原発で放射能漏れがあったが、女川原発は自動停止したと伝えられた。だが、女川原発で働く木原からは何の連絡も無い。彼は一哉の親友であり、海辺の園で働く円香の婚約者なのだ。一哉は危険を承知で、原発へ行き、木原が死んでいるのを知った。女川原発も放射能漏れを起こしていたのだ。
 東南海地震・南海地震と次々に大惨事が起き、原発も撥ねていく。その上、台風が襲来し、放射能は全土に散り撒かれていった。
 政府は、日本列島居住不可と判断し、北海道と沖縄を除く地域に住む9500万人の人々を国外脱出させることにした。日本人を受け入れてくれると表明した64の国と地域に向け人々は順次出国していった。
 だが、高度の放射能汚染をしてしまった一哉は出国を止め、救助犬・セーブと共に牡鹿半島に残った。そして、4年・・・・。

 この本は、読むのにとても時間がかかりました。あまりに真実に近く、すいすいと読めなかったのです。このような未来だけは、来て欲しくない。つくづくそう思う。でも、この地震国・日本に多くの原発があることは事実で、実際に2007年の新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原発で事故が起こり、停止している。浜松原発の下には、断層があるとも言われており、もし東海地震が起きたら・・・。
  5月18日にはフランスで製造されたMOX燃料(プルトニウム・ウラン混合酸化物)が日本に運ばれ、玄海原発・伊方原発・浜岡原発で順次使われる予定です。しかし、このMOX燃料は毒性が強く、もし放射能漏れがおきればウランだけの場合より被害は大きくなる。事故が起きる確率も高い、という意見さえあります。

 私は、多少電気代が高くなってもいいから、自然エネルギーの太陽光発電や風力発電、地熱発電などをもっと増やして欲しい。原子力発電所にかけるお金があるなら、そちらに回せばもっと研究が高まり、電力が増やせると思うのですが。

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2009年5月 7日 (木)

大奥

 さて、もう一つの「大奥」の本。こちらは、2003年6月3日~8月19日まで全11回、フジテレビ系で放送されたドラマをノベライズしたものです。「大奥 第一章」が大奥の始めの物語なら、こちらは大奥の終わりの物語。

 物語は、第13代将軍・徳川家定に薩摩藩から篤子が嫁入りしていくところから始まった。篤子の心には、元許婚の東郷克顕がおり、家定に身を任せたくは無いと思っていた。だが、体が弱く暗愚と言われ、かつがれただけの将軍職を、それでも全うしようと思う家定の心情に打たれ、心を通わすようになった。家定が亡くなった後、篤子は天璋院となった。
 次の14代家茂の正室となったのが、皇女・和宮である。和宮は決められた公家との婚姻を嫌い、望んで家茂の正室となった。だが、武家と公家との生活様式の違いや家茂の実母・実成院との確執もあり、大奥での暮らしは辛いことが多かった。家茂は体が弱かったが、心根は優しく、和宮のことにも心をくだいていた。だが、長州征伐で命を落とした。
 次の15代慶喜は、大政奉還、戊辰戦争と続き、大奥へ来ることもなく、江戸城明け渡しとなった。ここに大奥の歴史も終わった。

 こちらにも、大奥での女の争いが描かれているが、「大奥 第一章」に比べると、それ以上に女同士の助け合いや男との心のふれあいが描かれていた。
 篤子と家定、和宮と家茂、最初は大奥のしきたりや将軍職のあり方に反発するのだが、将軍といえど不自由な生活の中で懸命に生きていることを知り、心を通わすようになるのだ。
 中﨟・初島と歌舞伎役者・生島との恋(絵島事件をモデルにしたもの)や瀧山と僧・柳丈とのふれあい。最後に、町娘で大奥に御奉公に来たまると医者の真之介が結ばれて、新しい生活をするところで物語は終わる。
 いつの時代でも、やはり男と女の心のふれあいがあれば、との作者の想いだろうか。

 江戸時代から明治へと、外の世界はどんどん変わっていく。だが、大奥の中での女の生活はかなり最後まで、ずーっと変わらずに続いていた。ものすごく贅沢な生活。これが徳川の財政を危うくした一因でもあると、私は思う。
 家定は35歳、家茂は21歳で亡くなった。慶喜は77歳と長生きをしたが、これは将軍ではなくなったからかもしれない。

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2009年5月 5日 (火)

大奥 第一章

 以前、高遠の絵島囲み屋敷の記事で、”大奥でも有名”と書いたのですが、私は大奥のドラマも映画も見ていません。でも、興味が湧いてきたので、図書館で大奥の本を2冊借りてきました。
この「大奥 第一章」は、2004年10月7日~12月16日まで、全11回フジテレビ系で放映された作品の脚本をもとにノベライズしたものです。いやー、おもしろかった。女の戦いというのもすごいですねー。嫉妬と権力の争い。同じ女でありながら想像もつかない世界ですが、男の影に女ありというのもあって、興味深かったです。

 1604年、浪人・稲葉正成の妻ふくは、客を装った夜盗に襲われ、夢中で相手を刺してしまった。そして、その興奮の中で正成の妾・ともえも切り殺してしまった。ともえは、夜盗に殺されたと役所へは届けたが、ふくは正成に離縁された。
 ふくは、明智光秀の腹心・斉藤利光の娘だった。父は逆賊として処刑されたが、父に縁があった三条西家にかくまわれて生き延びた。今回もふくは京都行き、家康の乳母を探しているという高札を見て、秀忠の妻・お江与の子、竹千代の乳母となった。
 だが、お江与は、ふくに子どもを取られた気がして、ふくが気に入らなかった。次男・国松が生まれると、お江与は国松を自分で育て、世継ぎにしようと図った。
 しかし、世継ぎは竹千代に決まり、三代目家光が誕生した。ふくは「大奥総取締」となり、春日局の称号を賜った。ふくは、大奥のきまりをいろいろと作って、大奥の法度を完成させた。家光の婚礼を取り仕切り、妾も用意して、次の世継ぎをつくる算段をしていく・・・・。

 ここに書かれているのは、大奥ができていく物語。
 女が、子どもを産むための道具としてしか認められなかった頃の物語。男が妻だけでなく妾を持つことも当たり前。女は男の子を産んでこそ、価値がある。
 秀忠が恐妻家で、お江与に頭があがらなかったとか、家光がマザコン気味で、お江与とふくの争いを見て育ったために、女嫌いになりつつあったとか、の記述もおもしろかったです。
 でも、やはり主題は後半か。正室・孝子の苦悩、側室お万の人を救うためという心情、側室お楽とお夏、おりさの子どもを産むための争い。どろどろとした中に女の哀しみがありました。

 好きなように生きられない人生というものは、どんなものなのか。私は、今の世に生まれ、努力をしさえすれば男でも女でも好きな職業に就いて自活することができる社会に生きている。それは、とてもありがたいことだとつくづく思います。
 もし、私が大奥にいたとして、生き方としてどれがいいかと思うと、正室の孝子かな。女の争いから”いちぬーけた”ということで中の丸に引っ込んで自分が好きな音曲を楽しむ。寂しいかもしれないけど、争いの中にいるより気楽だろうな。

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2009年4月22日 (水)

百万回の永訣

 柳原和子著「百万回の永訣」を読みました。私はこの本を、以前ネットの知人から読むように勧められました。でも、その時私はこの著者が癌で亡くなっていたことをネットで調べて知ったので、読む気にはなれませんでした。先日、ふと立ち寄った本屋でこの本の文庫版が並んでいるのが眼に入りました。ずーっと忘れていたのですが、どこかで見た題名だと思い、ひきつけられたのでしょう。それで、読んでみる気になりました。

 最初に友人の長尾クニ子さんについて書かれていました。医療過誤で娘を亡くし裁判で医療と戦ってきた彼女は、結腸癌で肝臓に遠隔転移があった。抗がん剤も効かず、衰弱してホスピスで亡くなった。
 その最中、2004年11月に柳原氏にも骨盤内に卵管がんの再発と肝臓転移が見つかった。医療過誤やエイズの裁判を支持し、がん医療を批判している自分が、現代医療の恩恵を受けていいのか、彼女は悩む。そして、玄米菜食や気功ウォーク、様々な代替療法も試してみる。だが結局は抗がん剤治療を受け、インターネットで世界中の治療法を探し、知り合いの医者に頼んで最高の治療ができる病院や医者を遍歴するのだ。

 ここには、救いは無い。私は癌医療は、何でもありの何にも無しだと思っている。治療法はたくさんある。うさんくさいのから、化学的なものまで。保険が利くものから未だ治験の状態のものまで。だが、100%治癒する保障がある治療法は存在しない。ある人には効くが、ある人には効かない。奏効率が30%もあれば、それは大発見なのだ。

 柳原氏は、骨盤内の癌は手術で取り、肝臓の癌は、冠動脈塞栓術をしてラジオ波で焼いた。肝動注もした。そして、2005年8月、柳原氏の体内にある癌は、少なくとも画像上は消えた。本はここで終わっている。希望に満ちた最終章。
 だが、私は知っている。彼女はその2年半後、2008年3月に癌で亡くなっている。

 再発癌の場合、抗がん剤等いろいろな治療法によって、多少癌の進行速度を遅くしたり、画像上消えたりすることは可能です。しかし、それは完治ではありません。この本でも、医者は根治という言葉は使っているようですが、完治という言葉は使っていませんでした。
 再発癌患者の体の中には、目に見えない癌細胞が多数残っており、いつかそれが増殖して、また命を脅かす。私たちが受けられるのは、延命治療のみ。
 問題は、その延命だ。いつまで延命できるのか?。そしてその質は?。私はドクターショッピングはしないと決めている。保険外の高価な治療も受ける気は無い。できれば、なるべく長く今の状態を維持し、入院して苦しむ時間を短くしたいと思う。

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2009年4月19日 (日)

タイムスリップ森鴎外

 鯨統一郎著、「タイムスリップ森鴎外」を読みました。この本は、以前読んだ「タイムスリップ明治維新」 の前作です。つまり、こちらが一作目で、明治維新の方が二作目。この物語で、麓うららはタイムスリップという現象を知り、タイムスリップしやすい体質になってしまったのです。

 森鴎外こと森林太郎は、1922(大正11年)7月8日の深夜、家を出て通りを歩いていた時に、渋谷道玄坂で誰かに突き落とされて、崖下に転落した。森林太郎が死にたくないと強く念じた時、それが起こった。林太郎は80年後の現在・渋谷にタイムスリップしてしまったのである。
 倒れて若い男にからまれていた林太郎を助けたのは、渋谷で遊ぶ女子高校生の麓うららと三須七海。森林太郎はモリリンと彼らに呼ばれ、仲間の本間香葉子や小松崎拓海にも助けられて、何とか自分が森鴎外であることを彼らに納得させる。そして、彼らの世話になり、アパートを借りて現代の知識を身に付ける。歴史書や小説を読み、なんとかして自分を殺そうとした人物を見つけ出し、以前の世界へ帰ろうと試みるのだ。
 だが、日が経つに連れ、歴史書の記述は変わり、森鴎外の著作は消えていく。果たして、森鴎外は事件を解決して、元の世界へ帰れるのだろうか?。

 いやー、おもしろかった。
 「作品内で森鴎外が何をするか、だれにも言わないでくださいー鯨統一郎」と表紙裏に書いてあるのだけど、ちょっとだけ書いちゃおう。
 森鴎外は、現代世界に見事順応しちゃうのだ。明治時代にドイツへ行ったくらいだから、日本と全然違う世界へ行って、そこで生活するなんてお手の物。その当時のベルリンに比べれば、80年後の日本にもなじめるというものだ。
 森鴎外は、ユニクロのTシャツとジーパンを身につけて、スニーカーをはく。テレビと本で歴史とニュースを知り、携帯電話も使いこなす。ワープロやパソコンも貸してもらって、インターネットもやってしまうのだ。
 どうやって、犯人を見つけて元の世界に帰るかは、本を読んでのお楽しみ。しかし、うまく考えたなーと思う。
 これで、ほんのちょっぴり文壇史は変わるのだけど、大筋では同じ歴史が続いていく。

 歴史の主要人物が現代へやってきたら、と考えるのもおもしろい。

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2009年4月 7日 (火)

タイムスリップ明治維新

鯨統一郎著「タイムスリップ明治維新」を読みました。私はSFが好きなので、時間旅行物はけっこう読んでいます。時間旅行をする場合、問題になるのが、過去を変えたら未来は変わるのか?ということ。例えば、恐竜の頃の世界へ行って、蝶々を1匹踏み殺したら、歴史が全て変わってしまうのだろうか?。

この本では、過去を少し変えると、歴史の支流ができることになっている。そして、違いが大きくなると、それはもう支流として確立してしまい、元の歴史とは別の道を歩み始めることになる。だが、違いが小さくなれば支流は消滅し、元の歴史に統合される。ここでは、24世紀に次元移動装置が発明され、25世紀には歴史の支流ができないように見張る統一執行部が作られていた。

 麓うららは、20世紀の高校生。歴史のテストで赤点を取り、次のテスト・明治維新のために勉強をしていた。ところがある夜、25世紀から来た剣崎薔薇之介に犯されそうになり、なんと江戸時代末期にタイムスリップしてしまったのだ。うららがやってきた江戸時代は、実は支流だった。ここでは、25世紀からの犯罪者が小栗上野介に成りすましており、歴史を変えようとしていたのだ。
 また、25世紀の統一執行部員・森の石松もこの世界に来ており、うららは石松や薔薇之介と共に、桂小五郎、中村半次郎、勝海舟、坂本竜馬、大久保利通など明治維新に関わる人物を助けて、無事明治維新を起こさせて、歴史を元に戻そうと試みた。
 果たして、元の歴史どおりに事件は起き、明治維新は成功するのだろうか?。

 明治維新というのは、日本の歴史のターニングポイント。ここでは、いろいろな重要事件が次々と起きていく。こういう時代を時間旅行するというのは、おもしろいと思う。

この物語では、女子高生が歴史の勉強として、明治維新の黒幕を探るという視点から見ていくというのがミソかな。うららが千里眼だと偽って未来の予言をし、歴史上の人物と関わっていくところも興味深かったです。
 ちょっとハチャメチャなところもあり、架空の人物・森の石松や鞍馬天狗が実在することになったり、同時代のリンカーンやノーベルが日本に来たり。
 私も時間旅行をやってみたいけど、その時代に暮らすのはイヤだな。陰からこっそり見るほうが楽しいと思う。

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2009年4月 1日 (水)

バードケージ

  清水義範著「バードケージ」を読みました。
 もし、あなたが一億円を好きなように使っていいと言われたら、どうしますか?。ただし、「期間は3ヶ月。楽しく使うこと、寄付はダメ、投資もダメ、実際に自分が使ったり楽しんだりするために使うこと。」という条件で。

 浪人生の竹沢遥祐は、ある日駅で線路に落ちた男の人を助けた。だが、その人は連れて行かれた病院から逃げ出してしまい、どこの誰か分からなくなってしまった。瀬戸川は、自分のことを知られたくなかったので、病院から逃げ出したのだが、遥祐にはお礼をしたいと思い、駅で待っていて、話しかけてきた。
 そして、瀬戸川が出してきたのが上記の話である。瀬戸川は、中堅の建設会社の社長で、金が全てだと思い、そのために働いてきた。だが、妻には愛想をつかされ、娘は自殺した。そして、生きるのがイヤになり、死んでもいいと思っていたのだ。

 遥祐は、最初自分の楽しみのために金を使った。今まで欲しいと思っていても買えなかったもの、高級な時計、パソコン、洒落た自転車、ガチャガチャの全種集め、そして、家を出てマンションを借り、若向きの家具を揃えた。毎日、美味しいものも食べほうだい。だけど、浪人生が一人で使える金などたかがしれている。メチャ高級品は似合わないのだ。

 この辺り、私にもよく分かる。私はそんなにたくさんのお金は無いけれど、癌が再発して仕事を辞めたとき、多少の退職金はもらった。もう、自分は長生きできない、そう思ったら、このお金使い切ってもOK。よーし、贅沢してやろうと思った。でも、美味しいものと言っても、一人で食べに行くとなると、高級フランス料理店や会席料理は無理。一人では間が持たない。お酒も飲めないし。結局、ちょっと洒落たイタリアンか中華の店ぐらいか。ほんとうは、回転寿司や喫茶店の方が気が楽。
 遥祐は物を買ったけど、寿命が無いと思っている人間には物は要らない。ほんとうに絶望していた時は、服を見たって、来年は着れないかもっと思ったら、買う気にもならなかった。人間、生きる希望が無いと、物も買えない(私も今は服も物も買っている。絶望は長くは続かないので)。

 結局、遥祐は自分のためにはお金を使わなかった(2500万円くらいは使ったが)。だが、ほんとうに生きたお金の使い方を知った。それは、人を幸せにするために使うこと。自分だけではなく、多くの人を。そして、瀬戸川もその中で生きがいを見つけていったのだ。
 人生に必要なのは、some money。お金は、あり過ぎても無さ過ぎても、良くないんだな。

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2009年3月23日 (月)

神の柩

 本岡類著、「神の柩」を読みました。この人の本を読むのは初めてですが、題名と宇宙服を着た人間がたくさん浮かんでいるような表紙絵に誘われました。

 企業のPR紙を発行している柏木は、久しぶりに親友の江崎に出会った。二人は同じ新聞社に勤めていて、若き正義感からその会社を止めた同士だった。江崎は今、フリーのルポライターとして、怪しい会社などを調べていた。
 2人で飲んだ時、江崎は柏木に妙なことを言った。「救い主が現れるかもしれない。もし、俺が死んだら、おまえが代わりに真相を調べてくれ。」っと。そして翌日、江崎は川に落ちて死んだ。警察は一応調べたが、自殺だと結論づけしてしまった。
 割り切れない柏木は、江崎が「理性の跳躍」という会を調査していたことを知り、その会長の高宮の身辺を探ることにした。だが、調べ始めた途端、変なメールが来たり、妻が怪我をしたりという不信事続いた。しかも、会長の高宮は、アメリカのロサンゼルスで殺され、遺体は冷凍保存されてしまった。
 江崎は、なぜ死んだのか?、高宮を殺したのは誰か?、二人の死には関係があるのか?。

 伏線が多く、難解なミステリー風でしたが、解決はけっこうあっさりしていました。
 この本で興味をそそられたのは、謎解きよりも人間の社会や農業のあり方でした。今の社会、金が万能の格差社会、どこか間違っていると思う人は多い。だが、どうしたらいいのか、逃れるすべは見つからない。
 そして、農業。私たちが毎日食べている米や野菜は、農薬や肥料に収穫を頼っています。これと対極にあるのが、自然農法です。これは一面、有機農法よりも過激だ。有機農法は、農薬や化学肥料を使わないというだけ。ところが自然農法は、田畑を耕さない、肥料もやらない、雑草も取らない。野原の中に野菜が転がって育っているように見えるのです。もちろん、収量は少ない。普通の畑の3割減だそうです。でも、育った野菜は、甘く美味しく、野菜本来の味がある。
 私も庭で少し野菜を作っています。農薬は使っていません。だけど、肥料はやっているし、畝を作って草むしりもしている。
 虫は、なぜ野菜を食べるのか。それは、草が無いからである。もし畑に草があれば、虫は好きな草を食べ、野菜は少ししか食べない。目から鱗でした。そうか、私は虫に残酷なことをしているんだなー。 
 でも、田舎とはいえ住宅地で、草ぼうぼうにしておく勇気は私には無い。勤めている時はそんな状態の時もあったけど、近隣の目が気になりました。きれいにガーデニングされた庭。でも、それは自然本来のものでは無い。今の社会と同じではないのか?。

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2009年3月13日 (金)

ホームレス中学生

 田村裕著「ホームレス中学生」を読みました。図書館へ行ったら「お薦めの本」のコーナーにあったので、借りてきました。
 この作品は、以前テレビドラマで見たことがあります。
http://rinnrinn.cocolog-nifty.com/kimagure/2008/07/post_a326.html
 今回、原作を読んで細かいところがよく分かりました。

 本は、日記みたいではなくエッセイ風になっていて、題名がありそのことについて文章が書かれていました。
 「衝撃の解散劇」で、マンションの部屋を追い出され、父に解散と言われた。「公園生活がスタート」し、「人生を変える奇跡的な出会い」で、友人の家にお世話になった。「兄弟が再び集合」で家を借りて、兄・姉と一緒に3人で生活できるようになった。そして「NSCに入学」して、お笑いの世界に入っていった。

 この本には、悲惨な生活がたくさん書かれています。でも、田村氏の文章はちっとも悲惨では無い。読みながら、私は時々声を出して笑ってしまった。文章のそこかしこにあるユーモアというかお笑い芸人のサービス精神、これがこの本の良さである。どこかにオチがある、大阪人らしい表現の数々。
 「空腹の果てに」では、草やダンボールを食べてみたり、鳩に餌をやっている人からパンの耳をもらったり。オチは、ごめん鳩。鳩の絵にライバルと書いてある。この辺りが文の良さだろうな。ドラマでは出せないニュアンス。
こういう話というのは、お涙ちょうだい風に書こうと思ったら、いくらでも書ける。悲惨さを強調してもいい。でも、それをあっさりとパンを盗まなくて良かったと書いている。
 他にも、鼻をたらして「なりそびれたヒーロー」とか、自転車に乗って「二泊三日の家出道中」などという話もあった。
 明るい悲惨さ、このあたりがこの本が売れた理由かな。

 やはりドラマや映画だけでなく、原作を読んでみると、また味わい深いものがあると思いました。

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2009年3月12日 (木)

黄泉びと知らず

 またまた、梶尾真治氏の小説です。「黄泉(よみ)びと知らず」、あの「黄泉がえり」の続編と書評に書いてあったので、借りてきたのですが、短編集でした。

○黄泉びと知らず
 熊本で死者がよみがえっているという現象が広く知られてきた頃、蘇生してきた人を「黄泉がえり」、蘇生してこなかった人を「黄泉びと知らず」というようになっていた。死者が全て蘇ってくるわけでは無いのだ。
 白木悦美は、子どもがキャンプ場の川で水死して以来、夫ともうまくいかなくなり離婚して、美容室を開いていた。熊本の事件を知ってはいたが、行く勇気は無かった。だが、元夫の睦夫が行くと電話をかけてきたとき、一緒に行くと答えてしまった。
 おりしも地震が起きて、死者が還って行くという噂の日、名古屋から熊本へと2人はやってきた。マーチンのコンサートで道路は大渋滞。間に合うのか、そして子どもは蘇るのだろうか?。

 私も飼い猫を失ってショックだったけど、子供を失った親のショックはもっと大きいだろう。特に不慮の事故なら、なおさらだ。自分を責め、夫を責める、やり場の無い気持ち。もし生き返ってくれるならと、黄泉がえり現象が起きた時に熊本へ行った人はきっと多かったろうな。いろいろな話がもっとあるに違いない。そんなことを考えさせられました。

○見知らぬ義父
 原田の会社に、ある日警察から電があった。なんと義父が警察に保護された、というのだ。あわてて警察に行くと、義父は革ジャンにロングブーツスタイル。茶髪のロンゲのかつらを着けて、金のチェーンをジャラジャラさせていた。他にも不良スタイルの老人が幾人か。あの謹厳実直、真面目を絵に描いたような義父がどうして?。

 歳をとって、仕事も辞め、自由になった。子どもも大きくなって、金も多少はある。残された人生は短い。ならば、自分に正直に好きなことをやろう。法律に触れず、他人に迷惑をかけない範囲で、自分のやりたいことをやる。
 これって、私が今思っていることと一緒だ。
 この義父は、今まで着なかった服を着て、オートバイに乗り、ゲームセンターへ行く。高齢化社会に突入しつつある日本、ひょっとして不良老人が増えるかも。

 他にも変わった発想の短編が6篇おさめられていました。

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2009年3月 2日 (月)

時の”風”に吹かれて

 梶尾真治著「時の”風”に吹かれて」。こちらは、短編集です。梶尾真治氏の初期の作品は全て短編で、その斬新な発想が面白かったのですが、この作品集もそういうおもむきがあります。

○時の”風”に吹かれて
 友人の発明したタイムマシンで過去へ行ったが、その世界に捕らえられてしまった。
○時縛の人
 タイムマシンを発明したが、元の世界に帰れず幽霊になってしまった人の話。
○柴山博士臨海超過!
 人間の脳は、普通1割以下しか使われていないらしい。もし、それが7割以上使えるようになり、さらに100%使えるようになったら?。
○月下の決闘
 恋人は、裏バレイのプリマで殺人的手技の持ち主だった。そして、裏バレイと闇エアロビの闘いが始まった。
○弁天銀座の惨劇
 電話の受話器から聞こえる声は、殺人的超音波だった。町が破壊されていく。
○鉄腕アトム
 人間に似せられて作られたロボット。遂に繁殖するロボットまで現れた。
○その路地を曲がって
 いつもの町。だが、ふと路地を曲がったその先に幼いころにいなくなった母がいた。
○ミカ
 猫が人間の女に見える男の話。
○わが愛しの口裂け女
 愛した妻は口裂け女だった。それを知った時、彼女は姿を消した。
○再会
 分校がダムに沈む時、皆が覚えていたが実際には存在しなかった友達の記憶が蘇った。
○声に出して読みたい事件
 早口言葉の話。

 こうやって書いてみると、やっぱり発想が変わっている作品が多い。
 SFの面白さ、それはやはり空想の力だと思う。今とは違う世界、違う惑星、違う時代、違う生活環境、その中で人はどのように生きていくのか?。また、同じ現代社会の中でも、ちょっとした発想の違いで同じものが別物のように見えてくる。
 読書は、怠け者の知的な楽しみだと誰かが書いていたが、それは本当だと思う。自分で考えられないことを、作家の力を借りて楽しんでいるのだから。それでも、やはり読書は楽しく止められない。

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2009年2月28日 (土)

穂足のチカラ

 さて、梶尾真治著の小説第2弾、「穂足のチカラ」を読みました。

 穂足(ホタル)は4歳の子ども。海野家の普通の子どもだった、ある日までは。
 海野十三郎(曽祖父)は、体が衰え、そろそろ頭がボケだしてきた。海野浩(祖父)は、実成印刷の無能な営業社員で、リストラにあいかけている。海野月夜 (祖母)は、パチンコ依存症で、そのために闇金に借金がある。海野七星(母)は、高校生の時に、穂足を産んだ。海野太郎(叔父)は、高校生だが、登校拒否をして学校を休んでいる。
 海野家の家族は、皆それぞれが問題を抱えていた。だが、ある日穂足が交通事故にあって意識不明になった時、穂足に触った家族が次々と変わっていった。十三郎は、元気になった。月夜はパチンコで玉を自由に出すことができるようになり、依存症が治った。七星は、急に男のもてるようになった。太郎は、他人が怖くなくなり、学校へ行けるようになった。そして、周りの人々も次々に変わっていった。皆、悪いことを考えなくなり、良い人になっていくのだ。これは、なぜ?。穂足に何かあるのか?。

 どうも穂足はキリストの再来らしい。七星は、処女懐妊したという。そして、3人の博士もちゃーんと現れるのだ。ただ、キリストとの時とはかなり違って、一人は牧師で一人は僧、もう一人はなんと科学者。
 人間から悪い心が無くなって、良いことだけを考えるようになったら、どんな世の中が来るのだろう。人それぞれの欠点が克服され、皆同じように勉強ができるようになり、有能な社員となる。それはどんな世の中なのか?。
 競争はなくなる。必要無いから。皆優秀な人材になれるのだ。犯罪も無くなる。その内戦争も無くなり、世界はほどほどに豊かで満ち足りたものになるのだろう。なぜほどほどかというと、欲も無くなるからだと思う。

 人の心の中にこそ、天国もあれば地獄もあるのだ、と私は思う。他人の幸福を喜ぶ気持ちも持ってはいるが、妬み羨む気持ちも持っている。それが人間だから。妬みや恨み、競争心も無くなった世界、そこは天国なのだろうか?。
 この小説では、宇宙の意思が地球に人類が誕生したことを知り、その果てしない欲望が地球だけでなく宇宙へと飛び出していくのを防ぐために穂足を遣わしたらしい。
 欲が無い、発展も無い、だが安定した社会。それが理想の社会なのか?。私にはよく分からない。だが、人間の欲望の結果が地球環境の悪化だとは思う。

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2009年2月26日 (木)

あねのねちゃん

 えー、出歩いてばっかりではなく、本も少しは読んでいます。今図書館が蔵書整理で休館中なので、梶尾真治の本を3冊借りてきました。

 梶尾真治著「あねのねちゃん」
 玲香が子どもの頃、あねのねちゃんという友達が居た。幼稚園で友達もできず、両親も仕事で忙しい、一人ぼっちの玲香に突然現れた友達。でも、その子は、他の人には見えない。だけど、 いつも玲香の味方で、玲香に勇気をくれた大切な友。
 玲香は成長し、いつしかあねのねちゃんも居なくなった。
 玲香は、職場で人間関係に悩んでいた。そして、恋人にもふられた。何もかも嫌になって死にたいと思った時、なぜかまた、あねのねちゃんが現れた。以前の子どもの頃と同じ格好で。そして、あねのねちゃんについて行くと、会社の嫌な上司と同僚は事件を起していた。元恋人とその彼女にもおかしなことが起き、警察に捕まってしまった。これは、全てあねのねちゃんのせい?。
 そして、玲香の母。彼女も昔とは変わってしまっている。母が、新しい恋人との仲を裂こうとしたとき、またもやあねのねちゃんが現れて・・・・・。

 イマジナリー・コンパニオン(空想上の友達)。
 だが、あねのねちゃんは現実の世界に現れて、時には他人にも見えるようになる。自分とは反対の、自分の性格を補うような人物。こういう友達がいたら、人生はどうなるのだろう?。いて欲しいと思うのだろうか。
 子どもの頃、人形やぬいぐるみに話しかけた経験は誰にでもあるだろう。それらが生きていて、自分のことを見ていてくれるような気がしていた。いや、誰でもいいのだ、自分の話さえ聞いていてくれれば。そう、大人だって、犬や猫に話しかけている。ペットは家族だなどと。
 人生は、ままにならない。だからこそ、努力ややりがいもあるのだけど、それをままにしてくれる存在、もしあればやはり欲しいなと思ってしまうかも。しかし、それにはやはり代償があるのだよな~。

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2009年1月21日 (水)

ユグノーの呪い

 新井政彦著「ユグノーの呪い」を読みました。
 本の表紙に、第八回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作と書かれていたので、興味を持ったからです。

 変わった内容の小説でした。普通のミステリーと違って、SF的な要素が大きいです。この小説の年代は近未来で、ヴァーチャル記憶療法士という職業が存在しています。今は未だ脳のどの部分が何を司っているかがやっと分かってきた段階ですが、この時代には脳の記憶部分をコンピューターのヴァーチャル記憶空間に写し出すことができるようになっています。そして、精神的な障害をヴァーチャル記憶空間で治して、記憶を上書きすることにより治癒させることが可能になっています。

 14歳のルチアは母が亡くなって以来、陰気な少女になってしまった。その心の問題を解こうとヴァーチャル記憶療法士にかかったが、療法士は記憶空間で傷を負ってしまった。傷の原因は、ルチアの心の中に古代の兵士が居て、殺戮をしているからだった。それ以来、ルチアはなぜか目が見えず、口をきくこともできなくなってしまった。ルチアの父アントニオは、次に療法士の高見健吾と長谷川礼子に莫大な報酬を提示して、仕事の依頼をした。健吾と礼子は、その兵士がユグノーであることを発見した。
 ルチアは、イタリアのメディチ家の子孫で、歴史を勉強した結果、16世紀のカトリーヌ・ド・メディチがユグノー(新教徒)を虐殺したことを知った。ルチアはそのことにとてもショックを受けたらしい。自分にもカトリーヌと同じ血が流れていることに。ユグノーの兵士はその代償。ルチアの心の中では、ユグノーの兵士たちが国王やメディチ家ゆかりの人たちを虐殺していたのだ。
 だが、それは本当のルチアの心ではなく、真の原因は別のところにあった。ルチアの心の中は、書き換えられていたのだった・・・・。

 心の問題というのは、すごいと思う。人の心の中はどうなっているのだろう。ヴァーチャル記憶空間で自分の心の中を見ることができるとしたら、人は見たいと思うだろうか。私は、たぶん怖いと思う。自分の心の中が、絶対にきれいだなどとはとても言えない。嫌な部分があるに違いない。妬みや悪意、自分でも感じることがある。
 だが、これができれば現在行なわれているカウンセリングなど、意味は無くなるだろう。心の中を見て、治療をすることができるからだ。でも、そうやって治療をしてしまうのは、ほんとうに良いことなのだろうか。悩みや苦しみもあってこその自分なのだという気もするのだけど。その辺りが難しいなーと思う。

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2009年1月 9日 (金)

プレイ -獲物ー

 マイケル・クライトンの「プレイ -獲物ー」を読みました。ナノマシンが暴走するSF小説です。

 失業中のコンピュータ・プログラマーのジャックは、妻の様子がおかしいのに気が付いていた。妻はハイテク企業ザイモス社に勤めており、新しいナノテクノロジーの開発をしていた。
 ザイモス社で開発中のナノマシンは、赤血球よりも小さな構造で、血流の中に入り込み、いくつかのマシンが共同してカメラの働きをすることにより、体中を映し出すことができるようになっていた。
 だが、それは元々軍事目的として開発されたもので、戸外で敵にみつからずにあらゆる場所を撮影するための兵器だったのだ。ナノマシンは、大腸菌にいろいろなものが埋め込まれ、自律行動して、昆虫のような本能を持つように作られていた。しかし、戸外での実験はうまくいかず、多数のナノマシンが自然の中に放置され、遂に動物を襲うようになってしまった。
 ナノマシンのアルゴリズムは、ジャックが開発したプログラムが元になって作られていたので、ジャックは企業に再雇用され、ザイモスへと派遣された。
 そこで、ジャックが見たものは・・・・・。

 ナノマシン、現在テクノロジーの発達により、どんどん小さな物質が作られている。電子顕微鏡の発達により、私たちは微生物だけでなく、原子や分子の形まで見ることができるようになった。そのうちに、原子や分子の構造を変えたり、新しく作ったりすることもできるようになるかもしれない。(それは、神の領域か?)
 だがそうなった時、自然になかったものが新しく地球上に現れた時、世界はどのように変わっていくのだろう。人間にとって、地球にとって、それは安全なのだろうか。

 この小説は、ナノマシンの作り方やアルゴリズムについてけっこう詳しく書かれており、科学に興味が無い人間がついていくのは、かなり辛いところがあります。私はわりと好きなんですが、それでも読むのが面倒だと思うところもありました。しかしそれ故に現実的で、ひょっとしたらありえるのでは、と思わせる部分やなるほどと感心させられる箇所がいくつもありました。
 特に、昆虫の活動については考えさせられました。例えば、アリや蜂などは、1匹1匹には考える力も能力も無いが、それが群れとなると精巧な巣を作り、食べ物を蓄え、子育てをする。どうして、そんなことができるのか?。この仕組みをナノマシンに組み込めば、小さな部品が集まって大きな働きをすることができるはず。しかも大腸菌なら世代交代が早いので、どんどん進化していくだろう。その果ては・・・。

 小説を読んでいて、だんだん怖くなってきました。ほんとうに科学の発達は、どうなっていくのでしょう?。それは人類に、地球に、幸せをもたらすのでしょうか?。

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2008年12月30日 (火)

癌にかかった医者の選択

 日赤医療センター外科部長・竹中文良著の「癌にかかった医者の選択」を読みました。
 この本は、同じ著者の「医者が癌にかかったとき」の続きとして書かれたものです。この本が書かれた時点(1992年)では、竹中文良氏は大腸がんに罹り、手術後6年経っていました。再発の兆候は無く、今のところ完治したといえる状況です。

 この本は、4つの章からなっています。
○ 第一章 癌にかかった医者の選択
 ここでは、自分が看取り癌で亡くなった医師やそれ以外にやはり癌で亡くなった知人の医師、そしてエッセイを託した医師が出てくる。
 彼らは、全員が癌との闘いを途中で放棄していた。それは何故なのか?。患者には検査や治療を勧めていながら、なぜ自分は闘わないのか?。
 私は自分が無治療を選んだこともあるので、なんとなく分かるような気がする。この著者もなんとなく分かるし、自分もそうしたいと言っている。それは、なぜかというと、おそらく医者は多くの患者とその死を見すぎているし、自分の今後も想像がつくからだろう。

 医療というものには、限界があり、とくにある程度進行した癌の場合、どんな名医にかかろうと、どんなに高いお金を払おうと、そんなに大きく自分の運命を変えることができるものではない。しかも、癌との闘いをつづけ、努力すればするほど、短い延命の代償として、患者に大きな苦痛を強いることになる。・・・本誌より引用。 

 この本は、16年前のものです。あれから医療は進歩しましたし、新しい抗がん剤もいくつか発売されました。でも、基本的には変わっていないように思います。抗がん剤が効くのは10%~30%の人だけ。それも永遠に効くわけではなく、平均で数ヶ月の延命に過ぎません。
 ”自分のいのちは自分で決める”そう思って、自然死に近い状態を選んだ医師たち。こういう生き方もあるのだ。

○ 第二章 読者からの十二通の手紙
 これは、「医者が癌にかかったとき」を読んだ読者からの手紙とその返答です。
○ 第三章 サイコオンコロジーということ
 癌の告知の問題。
○ 第四章 私の診療ノートより
 やはり癌で亡くなる患者の話がいくつも出てくるのですが、これが全然暗くない。この辺りがこの医師の人徳なのかな。患者に告知した後も、どういう治療を望むかを聞いて、できるだけそれに沿いたいと思っているのがよく分かります。

 私の主治医も、私の希望を聞いてくださった。無治療にしたい、遊びに行きたい、少量抗がん剤の治療をして欲しい、等々。
 私は自分が再発癌で治らないことを知っています。自分の病状もある程度は理解しているつもりです。もちろん医者では無いから、自分の命を自分で決めるとまでは言えません。でも、無理な治療は止めたいと思っています。

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2008年12月23日 (火)

天と地の守り人(三部作)

 「天と地の守り人(三部作)」を」読みました。上橋菜穂子著「蒼路の旅人」の続きです。 一部ずつ感想を書こうかと思ったのですが、おもしろくてつい三部続けて読んでしまいました。
 この物語のもう一人の主人公が、バルサ。彼女はカンバル人で、女だてらに短槍を使い、用心棒稼業をしている。このシリーズの最初の巻「精霊の守り人」では、バルサはチャグムを守って旅をした。

 新ヨゴ皇国では、皇太子チャグムの葬儀を行い、三男トゥグムを皇太子に立てた。そして、タルシュ帝国との戦に備えるため、国境を閉鎖し、鎖国をしていた。
 精霊の住むナユグでは、何百年に一度の春が訪れており、人間の住む世界にも影響を及ぼしていた。
 「第一部」 チャグムが生きていると信じている王の側近・ジンから、バルサはチャグムを探してくれるように頼まれた。唯一の手がかりは、チャグムが海に飛び込み、ロタに向かったらしいということ。
 チャグムは、生きていた。バルサは、チャグムに出会い、二人はロタのイーハン王子と面会することができた。だが、イーハン王子は新ヨゴ皇国に援軍を出すことを断わり、カンバル王国となら同盟を結んでも良いと言った。
 「第二部」 チャグムとバルサは、カンバル王国へ向かう。カンバル王国は、ロタ王国・新ヨゴ皇国の北にある山岳地帯。カンバル王国にもタルシュ帝国の密偵が入り込んでおり、二人は危機に陥るが、なんとかラダール王の信頼を得ることができた。
 「第三部」 チャグムは、ロタとカンバル王国の兵士三万を連れて、新ヨゴ皇国へと還って来た。おりしも新ヨゴ皇国にはタルシュ帝国の兵が進撃を開始しており、都に攻め入らんとしているところだった。
 チャグムは間に合うのか?、そして父王との確執は?。ナユグの春は、この世界にどんな影響を与えるのか?。

 私がこのシリーズを好きな理由の一つが、バルサ。彼女はすご腕の用心棒で、女一人誰にも頼らず生きている。恋人の呪術師見習いタンダも変わり者だ。バルサはタンダの元にいると心が落ち着く、がしかしずーっとそこに留まることはできず、すぐに出かけてしまう。
 ファンタジーの世界は、王がいることが多い。政治は王や英雄の仕事だ。だが、チャグムは思う、いつか王や皇太子などの位を失くしてしまいたいと。たった一人の言で全てが決まるのではなく、多くの異なる意見を聞いて、混乱し迷いながらも進んでいく国にしたいと。
 私も思う。政治の世界は難しい。でも、今の民主主義の世界では、私にもほんの少しだけど世界を変える力があり、責任があるのだと。それは、一億分の一に過ぎず、六十億分の一にしかならないかもしれないのだけど、それでもあるのだと。

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2008年12月17日 (水)

蒼路の旅人

 バスツァーの話はちょっと置いといて、本の感想を(図書館で借りているので、早めに書かないと)。

 上橋菜穂子著「蒼路の旅人」を読みました。
 子供向けのファンタジー小説ですが、私としてはハリーポッター・シリーズよりも気に入っています。この物語は「守り人シリーズ」ということで、全10巻。この内「精霊の守り人」~「神の守り人」までは以前読んだことがあります。今回、図書館でこの続きを4巻見つけたので、借りてきました。

 ファンタジーの醍醐味は、現在の世界とは違う世界を創ること。そして、そこに住む人々の生活を想像すること。
 「蒼路の旅人」の主人公・チャグムは、新ヨゴ皇国の皇太子です。新ヨゴ皇国の隣にはロタ王国があり、海には、サンガル王国。そして海の向こうには、タルシュ帝国があります。タルシュ帝国は大国で、多くの国を枝国(植民地?)として従えており、北にあるサンガル王国・ロタ王国・新ヨゴ皇国にも手を伸ばそうとしていました。

 タルシュ帝国に一番近いサンガル王国から、新ヨゴ皇国へと援軍を求める親書が届いた。チャグムを疎ましく思っている王は、チャグムの祖父・海軍大提督トーサを将として、チャグムと共に遠征に向かわせた。だが、それは罠だった。サンガル王は、タルシュ帝国との戦いを避けて降伏し、新ヨゴ皇国の艦隊をも差し出そうとしていたのだった。
 トーサは死に、チャグムも捕らわれの身となった。チャグムは兵に助けられ、サンガル王から逃げ出した。だが、そこでもっと悪い相手、タルシュ帝国の密偵に捕らえられてしまった。船に乗せられて、タルシュ帝国に連れられて行くチャグム。チャグムは、生まれて始めて海を渡り、広い世界を見る・・・・。

 このチャグムは、15歳の少年である。彼は生まれたときから、運命に翻弄されてきた。王の二番目の子どもとして、長男を産んだ妃から憎まれ暗殺されそうになった。長男が亡くなった後、皇太子となったのだが、また三の后に男子が生まれ、父王からも疎まれている。チャグムは皇太子になどなりたくなかった。普通の少年になりたいとずーっと思ってきた。だが、祖国が危機に陥った時、自分の責任を痛感し、立ち向かわざるをえなくなった。

  この物語では、精霊が住む国・ナユグと現在の世界・サグがお互いに影響を与えながら並立に存在している。それ故、不思議なこともたくさん起こる。
 だが、そこに生きている人々は普通の人間だ。魔法も特別な力もドラゴンも無い。自分の力で必死になって運命を切り開こうとしている人々、そういう物語が私は好きだ。

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2008年12月 9日 (火)

海の底

 有川浩著「海の底」を読みました。これで、この作者が書いた自衛隊3部作を全部読んだことになります。

 米軍横須賀基地の桜祭り、年に数回ある一般市民が見学できる日で、今年も大勢の市民で賑わっていた。ところがその日に、たいへんな事態が起こったのだ。
 なんと体長1~3mもある巨大甲殻類(ザリガニそっくり)が、海から続々と陸に上がってきて、市民を襲いハサミで切り裂いて食い始めたのだ。まるで嘘のような本当の事態。
 その時、湾内には自衛隊の潜水艦『きりしお』が停泊していたが、海にもザリガニもどきがうようよしていて、航行不能。乗員は脱出して陸上に逃げることになった。その時、艦から最後に出てきた艦長と訓練生2人は、逃げ遅れた子どもを助けて艦に逆戻り。艦長は、子どもを逃がす際に殉職した。
 この常識外れの事態に、警察も政府も右往左往。ザリガニからどうやって市民を守るのか?。横須賀は、子供たちは、どうなる?。

 いやー、面白かったです。前半は大笑い。後半はちょっとほろっと泣けました。

 この作者、前作「空の中」のあとがきで、怪獣が大好きで怪獣と恐竜の区別が微妙についていないと書いていました。そして今回「海の底」の本文にも「ウルトラ警備隊」なんてせりふが出てくるんですよねー。懐かしい。
 私も子どもの頃、リアルタイムで「ウルトラQ」や「ウルトラマン」を見ていました。空の怪獣がスカイドン(白鯨のことね)なら、海老の怪獣はバルタン星人か、なーんてね。巨大海老の怪獣もどっかに出てきたような気がするなー。私の恐竜好きもこの辺りに原因があるのかも。

 この巨大ザリガニ(シナルフェウス・レガリス)と最初に闘うのが機動隊。いや、機動隊というのは本当にすごいんだなと、改めて感心しました。デモ隊の横についてるだけじゃない、本気になればかなりの闘争能力を持っているらしい。
 自衛隊が出てくれば、という記述もあり、簡単に自衛隊が出せない、ましてや武器使用ができないという日本の事情もいろいろ書かれていました。確かに災害のときなどは、早く自衛隊をなどというマスコミの論調もありました。でも、だからこそ、シビリアンコントロールの大切さというのもあるのではないか、とも思ったり。
 自衛隊というのは、やはり複雑。でも、訓練以外に魚雷を使ったこともない、というのも平和日本のありがたさだと思います。

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2008年12月 5日 (金)

空の中

 久々に、また有川浩著の「空の中」を借りてきました。

 日本発の超音速ビジネスジェット機「スワローテイル」が試験飛行中に四国沖で爆発炎上した。その一ヵ月後、航空自衛隊の演習機が、また同じ場所で1機が爆発炎上。一緒に居たもう1機は、難を逃れて基地に戻った。
 その頃、亡くなった自衛隊機の斉木三佐の息子・瞬は友人佳江と共に、不思議な生物フェイクを見つけた。父を失い天涯孤独となった瞬は、フェイクをかわいがり家族とさえ思うようになった。フェイクは知能が高く、父の携帯電話を通じて、瞬と言葉を交わすようになる。
 謎の航空事故を調査していた自衛隊員・武田光稀と春名高巳は、高度2万メートルの空域で、謎の生物「白鯨」を見つけた。大きさ50km四方もあり、白く光る薄い楕円形の物体。それは、ふだんは空に偽装していて、目に見えず、レーダーにも映らない。しかも、電磁波を操り、人間の電波を読んで、言葉も覚えた。
 これは、いったい何だ?。人類の敵か?。共存は可能なのか?。
 そして、フェイク。こちらは小さいが、日増しに白鯨に似てきて、飛ぶようにさえなってきた。瞬になついているフェイク。どうしたら、いいのだろう?。

 おもしろかったです。泣けました。そして、いろいろ考えさせられました。

 親を失った子どもの喪失感、その深さを考えさせられました。
 瞬は寂しくて、ついその穴を埋めようとフェイクを自分のものとしてしまった。フェイクも自分が本体から切り離された喪失感から、それを埋めてくれた瞬を頼った。二人?は、お互いを寂しさを埋めるものとして密接に繋がった。『フェイク・は・瞬が喜ぶ・を・する。』
 そして、もう一人、スワローテイルのパイロットの遺児・白川真帆。彼女は、父を殺された恨みを白鯨にぶつけ、反白鯨の組織を作る。白鯨をやっつけるためなら、何でもする。そのために瞬やフェイクを利用することも。

 白鯨、高度2万メートルに存在する生物。どう考えてもトンデモ生物ですねー。エネルギーは紫外線か?。地球に生物が生まれた遠い昔から存在しているらしい。しかも知能がある。こんなのがいたら、やっぱり脅威でしょうねー。うーん、それと共存を考えるというのもすごい。
そして、武田光稀。自衛隊の女性戦闘機パイロット。かっこいいです。飛行機に乗りたいなら、やはり戦闘機は憧れだろうし、パイロットになる早道は自衛隊ですからねー。自衛隊拒否感の強い私も、ちょっといいなーと思ってしまった。

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2008年11月29日 (土)

日本国債

 幸田真音著「日本国債」を読みました。この人の本は、経済問題とサスペンスが絡み合った面白さがあります。今回の小説もそうでした。

 朝倉多希は、外資系の証券会社に勤める債権トレーダーだ。以前は、アシスタントをしていたのだが、チーフトレーダーの野田に見出され、トレーダーとしての仕事を始めたばかりだった。だが、ある日、その野田が交通事故で意識不明の重態に陥った。どうも、ただの事故ではないらしい。特捜刑事の佐島がその事件を調べていた。
 その2週間後、多希が初めて日本国債を応札した日、なんと国債が未達になってしまった。証券会社がどこも日本国債を買わずに、売れ残ってしまったのだ。さあ、市場は大混乱。こんなことは前代未聞。日本国債は、これまでずーっと順調に買われてきた。もし、国債が買われなかったら、日本の借金はどうなるのだろう?。
 だが、この未達には裏があった。多希が書いたはずの応札の入力指示書は書き換えられており、それも未達の原因の一つになっていたのだ。
そしてその4日後、多希が乗ったタクシーが暴走車に絡まれ、危うく事故を起こすところだった。ひょっとして、これは野田の事故と同じか?。

 国債の未達の真の原因は何か?、そしてなぜ野田と多希が襲われたのか?。

 国債と事件がどのようにかかわっていくのか、というわくわくとした面白さと共に、私は日本国債の危うさがとても気になりました。

 平成20年度の日本の予算は、約83兆円。その内税収が58兆円で、新規国債発行が25兆円。つまり、国の会計の約30%が借金です。しかもそれは毎年積み上げられており、公債残高は今や553兆円。これをもし税収で払うなら、10年間何も買うことも造ることもできず、福祉も無し、公務員0、学校教育も無し、公立の病院も無し。破産した夕張どころではありません。
 この国債、誰が買っているかというと、日本国民。私は直接買ってはいないのですが、たぶん私がお金を預けている銀行は買っているでしょうし、年金機構や保険会社も買っていることでしょう。(ちなみにアメリカ国債は、日本政府や中国政府がせっせと買っています。)
 いったいこの国は、どうなっていくのでしょうか?。このままで良い筈はありません。でも、与党も野党も金を出す話はするのですが、税金を上げる話はしません。マスコミも借金についての報道は少ないです。
 定額給付金なんて、やっていていいのでしょうか?。

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2008年11月14日 (金)

被取締役新入社員

 安藤祐介著「被取締役新入社員」を読みました。この人の小説を読むのは初めてですが、面白くて最後はほろっとして、とても良かったです。

 俺、鈴木信男は、身長160cm、体重80kgのチビデブだ。中身も悲惨。小学生の頃からいじめられっこで、勉強はダメ、スポーツはもっとダメ。ようやく四流私立高校に入学したが、そこでもパシリの毎日。最初の就職先は三ヶ月でクビになり、コンビ二のアルバイトも勤まらない。倉庫でのダンボール組み立てのバイトだけで、なんとか暮らしてる毎日だった。
 ところがある日、一流企業の大曲エージェンシーの入社試験を観光気分で受けてみたら、なんと採用されてしまったのだ。それも月給20万円の正社員で、役員報酬3000万円の被取締役の羽ヶ口信男として。 
 被取締役の仕事は、部内の非難を一身に浴びるダメ社員であること。皆があのダメ男と悪口を言い、自分より下が居るということで己の優秀さを誇ることができる存在。週3回は遅刻し、服装はだらしなく、もちろん仕事は全然ダメ。人数合わせに取引先に連れて行けば、そこでも大失敗。羽ヶ口の失敗を挽回するため、部内は一致団結。雰囲気もよく、仕事も順調になってきた。被取締役の日々は安泰である。
 ところがある日、ひょんなことから取引先の部長に気に入られ、歯車が狂ってきた。ドジでダメな男が、仕事をとってきたのだ。さあ、被取締役はどうなる?。

 これは、いじめられっこの再生物語である。
 確かに鈴木信男はダメ人間だった。悪い人間ではない。ただ、能力が無かった。事務能力がなく、見通しを持って物事を成し遂げることが出来なかった。何かやろうとすると、ドジばかり。
 確かに、人間は自分より能力が劣る人を見ると、安心する。一流企業のエリートばかりの集団では、人間関係も難しい。全員が出来るが故に、ちょっとしたことがマイナス評価になってしまう。羽ヶ口信男は、そんな集団の安心材料として雇われた。
 だけど、人間にはいろんな面がある。事務能力は無くても他にできることもあったりする。それが他人に受け入れられることもある。だからこそ、人生はおもしろい。
 私も最初は彼のダメさ加減を笑っていたが、その内に頑張れよって言いたくなってきた。世の中、いろんな人間がいるからこそ、回っていくんだな。

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2008年11月 5日 (水)

未踏惑星キー・ラーゴ

 旅行記をちょっと置いといて、本の感想です。台湾旅行に、待ち時間の暇つぶしにと思って、梶尾真治著の「未踏惑星キー・ラーゴ」を持っていきました。この本は、ずーっと以前に買って読み、我が家の本棚にそのまま眠っていました。先日読んだ梶尾真治の本が良かったので、昔読んだ本を引っ張り出してきたのです。20年ほど前に買った本なので、内容をすっかり忘れておりました (^^ゞ。

 その頃、地球にはすごい数の人間が住んでおり、環境は最悪となっていた。惑星鑑定士が宇宙を飛び回り、地球人が移住できる星を探していた。
 セイタロは、鑑定ミスから移住星グレート・ホープⅢと二億人の移住者を死なせてしまった。彼の妻と娘も亡くなり、彼は死を覚悟して未調査の惑星に降り立った。だが、その星は偶然にも生存可能で、空気を吸うことも出来、水も飲めた。そして、タマゴ熊と名づけた丸い小動物が住んでおり、なんと人間の少女・ウェンディも住んでいたのだ。
 ウェンディは、10歳ぐらい。赤ん坊の頃に両親は亡くなり、家型のコンピューター・フェッセンデンとロボットのアルとベーと暮らしていた。
 昔の地球のような自然の理想郷の惑星、この星を守りたいとセイタロは思うようになってきた。だが、この星に別の惑星鑑定士がやってきた。もし人類居住可能と認定されれば、地球人が大挙して押し寄せ、惑星の自然も壊されてしまう。ウェンディもどうなるのか。
 セイタロとフェッセンデンは、惑星鑑定士を欺くために知恵を絞る。果たして、惑星鑑定の結果は・・・・。

 おとぎ話のような理想の惑星。ウェンディは、セイタロをピーターパンだと思ってしまう。人を疑うことを知らないウェンディ。そしてきゅきゅと鳴く、かわいいタマゴ熊。嘘をつくのが下手なセイタロの必死のほら話。悪知恵が働くコンピューターのフェッセンデン。
 物語の展開は、最後にどんでん返しもあって、なかなかおもしろかったです。でも、楽しい話の中に、考えさせられるテーマが潜んでいました。
 増え続ける人類が、宇宙に飛び出して行き、他の惑星を開発するのは是か非か。宇宙は、地球人の物なのか?。人類は、地球を汚すだけでは足りなくて、宇宙まで汚していいのだろうか。

 今は未だ、私たちは他の惑星には行けない。他の惑星の環境を変える技術も持っていない。人類が住めるのは、この地球だけである。だが、そういう技術が手に入ったら?。
 今も人類は、宇宙にロケットを飛ばしている。私も夢を見る、いつか宇宙へ行ってみたいと。宇宙から地球を見て、遠くの星まで行けたらっと。
 だが、その先は・・・?。

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2008年10月20日 (月)

アイスマン。ゆれる

 梶尾真治著「アイスマン。ゆれる」を読みました。これは以前読んだ「悲しき人形つかい」のようなスプラスティックSFと違って、しっとりとした余情ある小説でした。

 「月下氷人」とは、仲人とか媒酌人のこと。中国の故事で、月の下に老人が立っていて、老人に結婚できるかどうか訊ねると、氷の下を見なさいという答えが返ってくる。月の下のアイスマン、それが仲人。

 山本知乃は、高校時代相思相愛の秘儀をしたことがある。祖母の形見の文箱に入っていた呪いの道具、それを使って呪文を唱える。友人2人にそそのかされて、嫌な教師2人を結び付けてしまおうとしたのだ。その儀式から数日後、2人の教師は互いの家族を捨てて、駆け落ちをしてしまった。
 15年後、知乃は友人の和衣からまたその秘儀をやってくれるように頼まれた。そしてそれは成功したが、知乃はすごい発熱と体調悪化にみまわれた。あの秘儀は、それを行なうものの命を削るのだ。だが、そのことを知らない和衣と鮎美は、自分の思いを叶えて欲しいと知乃に頼むのだった。知乃も好きな人ができた。だが、あの秘儀は施す本人には効かない。それに、呪いで結ばれた恋は、果たして本物なのだろうか・・・。

 ここには、3人3様の生き方が描かれている。
 仕事に虚しさを感じ、見合い相手との結婚を決心する、和衣。男に惹かれてはいるが、それよりも自分らしい生き方をしたいと思う、鮎美。病弱な母のために結婚を諦めてはいたが、好きな人ができた、知乃。
 誰でもみんな幸せな人生を送りたいと思う。だが、人の幸せとは何だろう?。それは決して一つでは無いはずだ。相思相愛の人と結ばれるのは幸せ、だが相手が早死にしたら?。今現在の時点だけで、それは決められないだろう。死ぬときになって始めて、人生をトータルして、いろいろあったけど幸せだったなと思えたら、最高かな。

 アイスマンの秘儀、それは自分の身を削ってでも相手の幸せを祈る心。哀しい呪いだ。

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2008年10月12日 (日)

千里眼

 松岡圭祐の「千里眼」を読みました。この作家の本は以前に「催眠」を読んだことがあります。その時は、カウンセリングや自己暗示などの精神的なことに触れた、ちょっと変わった小説だなと思ったぐらいでした。
 この「千里眼」は、その続編ということになっていますが、私にとっては「催眠」の数倍おもしろかったです。心理学を使って書かれた小説というだけでなく、極上のミステリーになっていました。

 茨城の山奥にある寺が横須賀基地からミサイル攻撃された。犯人は、恒星天球教の幹部。そして次は、首相官邸にミサイルの照準が合わされている。犯人は捕らえられたが、ミサイルの暗証番号は変えられて、犯人にしか分からない。自白剤も効かないため、窮余の策として犯人が通っていた病院の院長・友里佐知子とカウンセラーの岬美由紀が呼ばれた。岬美由紀は、元自衛隊の戦闘機パイロットだった。そのため、ミサイルのシステムのも詳しく、友里と協力してシステムを解除することができた。
 しかし、それは事件の新しい始まりに過ぎなかった。恒星天球教のテロは続く。美由紀がカウンセリングをしている子ども・宮元えりは、東京湾岸観音に毎日詣でており、恒星天球教の経典を持っていた。普通の家庭に育った小学2年の女の子がなぜ?。果たして恒星天球教の正体は?。

 岬美由紀、かっこいいです。彼女は、優秀な成績で防衛大学を卒業し、その優秀さ故に戦闘機のパイロットに抜擢された。だが、人を殺す目的の戦闘機は彼女に向かなかった。災害救助に赴いた先で出会った友里に感銘を受け、自衛隊を辞めてカウンセラーとして人生を歩み始めたのだ。
 彼女は、ともかく目の前にいる人を救いたいと思う。そのためなら、規則違反などかまってはおられない。カウンセラーとしての知識に加え、自衛隊で培った身体能力と技能を駆使して、テロ組織に挑戦していく。最初は美由紀を疑っていた蒲生刑事も、以前美由紀の上官だった仙堂空将も、最後は美由紀の行動を全面的に支持してくれた。それは、美由紀の行動が人間として正しかったからだ。
 最後に大臣を娘の結婚式場へ連れて行ってしまうところもいいな。人は、それぞれ大なり小なり、いろんな悩みがあるものなのです。

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2008年10月 5日 (日)

別冊 図書館戦争Ⅱ

 少々消化不良のSFの後は、私の大好きな図書館シリーズ「別冊 図書館戦争Ⅱ」。
 やっぱり面白かったです。恋愛成分過多ですが、ちょっとほろっとして、笑えました。

 一、「もしもタイムマシンがあったら」は、緒形副隊長の思い出。彼は、大学卒業後国家公務員の試験を受けて、良化特務機関に配属された。そこは、本の検閲を行い悪書を排除する機関であった(図書館の敵)。彼はその仕事を好きではなかったが、給与のためと割り切っていた。
 だが、自分が好きな女性が作家としてデヴューした雑誌を狩ることになった時、始めてその仕事の意味を考えた。彼女に別れを切り出され、緒形は良化特務機関を辞めて、図書隊に応募する。

 二、「昔の話を聞かせて」は、笠原郁と出会う前の堂上と小牧の話。堂上の熱い思いと失敗談

 三、四、五、「「背中合わせの二人」は、柴崎麻子と手塚光の話。飛びぬけた美人の柴崎は、内外にファンも多く、彼女と話がしたいがために図書館に来る男もいるほど。ストーカーらしき男も何人かいたが、今回はかなり悪質。
 一人目は、わざわざ返却本を家に取りに来て欲しいと依頼してきた。そして、二人目。これは相手が分からない。パソコンで作られたHな合成写真が出回った。そして、ネットにも名前と携帯番号までが書かれてしまった。犯人は誰?。
 犯人を見つけるため、そして護衛のため、手塚は柴崎と行動を共にする。以前から好意を持ちながらも告白できなかった二人は、やがて・・・・。

 緒形隊員の話は、純愛もの。お互いに未だ一人でいて、時折ふと淡い思い出としてよみがえる、そんな恋。ふと、昔を思い出す。誰にでもある、そんな瞬間。人生が違っていたかもしれない時。
 柴崎と手塚が惹かれあっていたのは、本編でも分かっていたのですが、やはりこの二人は面倒。お互いに優秀すぎる。美男・美女であるだけでなく、図書隊員としても最優秀な二人。柴崎は図書館の業務面で、手塚は戦闘隊員として。優秀過ぎ、他人のことも分かり過ぎるが故に、自分のことには不器用な二人。やはり彼らは大事件でもないと、自分の気持ちに素直に慣れなかったのかも。嫉妬に狂った水島は、並みの人間ゆえの哀しさかな。

 こういう軽い読み物が、私のリラックスタイムにはちょうど良いようです。

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2008年10月 3日 (金)

第九の日

 瀬名秀明の「第九の日」を読みました。この人の作品は、以前に「パラサイト・イヴ」を読んだことがあります。
 歴史的な本の後は好きなSFを、と思ったのですが、この本はちょっと難解な部分がありました。いろいろな小説をなぞっている部分が大きく、その小説を知らないと理解しにくいのです。

 尾形祐輔は、足が不自由で、いつも特製のアイボットに乗って移動している。彼は著名なロボット学者で、自律行動できるロボット・ケンイチを作った。ケンイチは、進化心理学を専攻しているレナのパートナーとして、一緒に生活している。
 第一話、メンツェルのチェスプレイヤーでは、ポオの「モルグ街殺人事件」。この話でも児島教授が密室で殺される。犯人は、ロボットか?。
 第二話、モノー博士は、ウェルズの「モロー博士の島」。この話でもモノー博士が殺される。犯人は、義足や義手を付けた超人か?。
 第三話、第九の日は、ルイスの「ナルニア国物語」。ここでは、老人の町エヴァーヴェイルの住人全員が殺される。犯人は、介護ロボットか?。
 第四話、決闘は、チェーホフの戯曲。ここでは、尾形祐輔の四肢と眼が傷つけられた。

 ロボット(人工知能)は、自分で考えることができるようになるのか?これはアシモフ以来の疑問だ。ただのプログラミングの結果ではなく、自分の意思を持つのかどうか?。また、自意識を持った結果、自分を作った人間を殺すことがあるのかどうか?。
 この本では、結論は出ていない。そうかもしれない、という示唆があるだけ。ケンイチとレナはいろいろな事件に巻き込まれる。ケンイチは、自分で考える場面もあるのだが、未だレナや祐輔の判断に頼っている部分もある。
 将来的に、ロボットが生活のいろいろな分野に進出してくる時がくるだろう。その時、社会はどのように変わっていくのだろうか。

 ところで、私は「ナルニア国物語」を映画でしか見ていないのだが、小説ではキリスト教的なものが大きな部分を占めているのだろうか?。この本では、キリストの寓話とまで書かれているのだけど。キリスト教について、理解していない私には、よく分からなかった。

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2008年9月27日 (土)

ワイルド・スワン下

 下は、ユン・チアン自身の物語です。この時代は、私ももう産まれていたので、ニュースなどで中国の様子は聞いていました。でも、内情はやはりニュースとは違います。

  1965年、ユン・チアンは中学生になっていた。文化大革命の嵐が始まっていた。学校の授業は無くなり、毎日「毛主席語録」を唱える日々が続いた。紅衛兵が現れ、教師は罵倒・乱打され、文化遺産は破壊された。ユン・チアンも紅衛兵に入り、父母は走資派として批判・逮捕された。その後、父母は釈放されたが、父は精神錯乱の状態に陥っていた。
 1969年、文化大革命は終わり、知識人は下放されることになった。一家はバラバラになり、ユン・チアンも石棉県の山奥で農業をすることになった。だが、体力も無く慣れない農作業は無理なので、文書を偽造して成都近郊へ転籍した。そして、ほんの少し医学書を読んで「はだしの医者」となった。
 1972年、中国経済は復興し、一家はまた一緒に住めるようになってきた。ユン・チアンは工場に勤め電気工となった。大学が再開された時は推薦を受けて、四川大学の外国語学部に入学した。
 1976年、毛沢東死去。四人組も逮捕される。ユン・チアンは四川大学英文科の講師になったが、またもや再教育として農村に送られた。
 1977年、四川大学に戻る。1978年、奨学金を得て、イギリスに留学。

 この本を読んだ時、”泥田の中にあっても、蓮は美しく咲く”という言葉が思い浮かんだ。ユン・チアンの人生は、中国の政治情勢の中で、次々と翻弄されていった。共産党の中国になって、誰もが豊かになれるはずだったのに、政争に翻弄され、きちんとした学校教育は受けられなかった。農村に行ったり、工場で働いたり。
 だが、本が好きで中国の古典が好きだった彼女は、機会があれば猛勉強をして、チャンスを掴んだのだ。これはすごいことだと思う。本の裏表紙には、中華人民共和国からの留学生でイギリスの大学から博士号を取得したのは、ユン・チアンが初めてだと書いてあった。それだけ、難しいことだったのだ。並大抵の努力ではないだろう。

 それにしても、中国は今後どうなっていくのだろう。
 今の中国では、もう毛沢東は英雄ではない。毛沢東の大きな写真が飾られていた場所も少なくなったらしい。

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2008年9月26日 (金)

ワイルド・スワン上

 新玉川温泉では暇だったので、「ワイルド・スワン上」とその下を読みました。さすが、パールバックの「大地」以降の中国を描いた傑作といわれる本で、夢中で読みました。政治的なものと個人的な記録がほどよくミックスされていて、とても読み応えがある本でした。

 上は、作者ユン・チアンの祖母と母の時代の物語です。
 祖母が産まれたのは、清朝の終わりの時代である。祖母は、纏足をしていた。美人で小さな足でよちよちと歩く姿が美しく、曽祖父の自慢の種であった。曽祖父は、金と地位を手に入れるために、娘を将軍の側室とした。そして祖母は母・トーホンを産んだ。
 将軍が死んだ後、祖母は自由な身となり、40歳も年上の夏医師の正妻となった。
 その頃、日本は中国に進出し、溥儀を皇帝とする満州国を創った。母は日本人が教師をしている学校に通った。
 満州事変が起こり、その後戦火は拡大し、日本は負けて中国から撤退した。だが、中国人にとって大変なのは、その後である。蒋介石の国民党政府と毛沢東の共産党との戦いが始まった。
 母も戦いに巻き込まれ、共産党員の父・張守愚と結ばれた。二人は中国に共産党を根付かせるため、様々な苦労を重ねながらも懸命に働き、5人の子どもを産んだ。

 日本占領下の満州の暮らしは、私たち日本人にとって読むのがつらい部分もあった。日本人教師の横暴な振る舞いやの軍人の蛮行。だが、それらは比較的あっさりと書かれていた。どちらかというと中国人にとっては、その後の同じ民族による戦い、国民党と共産党との戦いの方が受けた傷も損害も大きかったからだ。同じ一族でも敵味方に別れたし、どちらに味方したかによってその後の人生もずいぶん変わってしまったから。

 ところで、共産党とはどういう政権なのだろう?。
 私も学生時代に一時期興味を持ったことがある。私の友人の一人は、毛沢東の赤本を持ってきて、とうとうと理論を話してくれたものだ。
 ユン・チアンの父は、共産党員として清廉潔白な人物だった。貧富の差が激しく、官僚が腐敗し賄賂が横行していた祖国を、なんとかして立て直したいと思っていた。そして、共産主義の理論に感銘を受け、理想のために身をささげていた。自分が党の重要な地位に就いた時も、身内をひいきしなかった。だが、そういう父や母でさえ告発されたり、自己批判を迫られたりしたのだ。党よりも身内を優先したとか党を批判したとかいう罪で。
 この自己批判と内部分裂、日本でも連合赤軍でそういう話がいくつかあった。この辺りが共産主義の問題点の一つなのだろうか。  

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2008年9月 4日 (木)

クジラの彼

 またまた有川浩の小説です。「塩の街」で懲りたので、読むのを止めようと思っていたのですが、ブログの友人の方が別の小説を読んで、電車を乗り過ごしそうになるほどおもしろかった、と書いていたので、また性懲りも無く借りてきました。

 この「クジラの彼」は短編集です。「空の中」や「海の底」(両方とも私は読んでいない)のスピンアウトもある、軽い恋愛物です。普通の恋愛とちょっと違うのは、相手が自衛官だということ。
 「クジラの彼」
 潜水艦乗りを恋人にしたら、それはものすごい長距離恋愛。あなたは続けられる?。
 「ロールアウト」
 航空自衛隊の輸送機のトイレは、どうあるべきか。個室式か、それともカーテンのしきりだけでいいのか、隊員と設計技師との攻防が始まった。
 「国防レンアイ」
 自衛隊員は、転属(転勤と同じ)が多い。キャリアを積んで仕事を続けたい、だけど・・・。
 「有能な彼女」
 クジラの彼の続編。潜水艦に乗ったら、何ヶ月も会えず連絡もできない。彼女は待っていてくれるのだろうか、俺は自信が無い。
 「脱柵エレジー」
 脱柵とは脱走のこと。入隊したばかりで休みが取れない訓練中、彼女からどうしても会いたいという連絡があった。夜中になんとか抜け出して、朝までに帰ってくれば・・・。
 「ファイターパイロットの君」
 戦闘機乗りの彼女と結婚したら?。なかなか大変な新婚生活、でも愛してる。

 うーん、自衛官も普通の人間で、恋もすれば結婚もして、子どもも産まれる。当たり前のことなんだけどねー。
 私は個人的に、自衛隊に対してはかなりの偏見を持っているので、なぜ好きな職業が選べるのに、わざわざ自衛隊に入るのかが理解できない。
 それにしても、自衛隊がかなり特殊な職業だということは分かる。圧倒的に男が多い職場で、女はそれだけでもてるらしい。国防上の秘密もあるので、今自分がどこに居るか、いつ帰ってくるのかも言えない。そんな人を好きになったら、待つ身はたまらないだろうな。転勤(転属)もしょっちゅうありそうだし。 
 それでも男と女、いろんな物語があるようです。

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2008年8月31日 (日)

キュア

 田口ランディ著「キュア」を読みました。この作家の本を読んだのは、初めてです。

 外科医・斐川竜介は、手術の腕が良く、大学病院では主に癌の手術を手がけていた。彼には、不思議な才能?があり、他人の感情を電気的に感じることができる。
 斐川は、自分が肝臓ガンにかかっていることを知った。だが、手術も抗がん剤も拒否し、大学病院を辞めた。そして、同じように手術を拒否した患者・川村達男に会ったり、末期ガンから生還したという藤村輪生に会ったりする。
 最後は山奥の病院で、自分の治療は放棄したまま、他のがん患者の治癒にあたった。

 斐川竜介は医師ではあるが、根本のところでは西洋医学を信じてはいない。それは、彼が祖母から受け継いだ不思議な能力を持っているからでもある。
 人はなぜガンになるのか?。正常な細胞がある日突然暴走を始める。食べ物、放射線、ストレス、様々な原因。患者の増加は、地球が病み、人類も病んでいるからなのか?。
 頭脳の働きは、全て電気信号で神経線維に伝えられる。ならば、考えること=心の働きもまた電気信号となっているはず。ストレス、意識しているものもあれば無意識のものもある。電気信号の流れを変えることでストレスからも開放される、それが斐川が行なった治癒である。彼がしたことは、治療ではない。なので、ストレスから開放されても亡くなる人はいる。だが、死ぬまで生きることはできるのだ。

 ”死ぬまで生きる”、変な言葉だ。当たり前のように聞こえる。だけど、ほんとうに私達はこれができているのだろうか。死の瞬間まで、自分自身を保ち、納得して逝くこと。大往生、したいなーと思う。
 この本の神秘主義的なところはちょっと気になるけど、他にも考えさせられることがいろいろ書かれていた。人工心肺につながれ、管で栄養を与えられて、生きているだけの患者も出てくる。200gの未熟児で生まれ、保育器で育てられ、障害だらけの体で生きているアイちゃん。医学の進歩は、果たして人間を幸せにしているのだろうか?。 

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2008年8月22日 (金)

塩の街

 有川浩著「塩の街」を読みました。この作品は、有川浩のデビュー作で第10回電撃小説大賞<大賞>に選ばれた作品です。

 ある日、空から塩の柱が落ちてきた。その瞬間、大勢の人が塩の塊になってしまった。それからも徐々に人が塩になってしまう奇病(塩害)が地球上を覆い、人口は徐々に少なくなっていった。秩序は崩壊し、細々とした配給が頼りの生活が始まった。
 そんな街で出会った、18歳の真奈と元自衛隊員の秋葉。彼ら2人の生活に、天才科学者?入江がやってきて、秋葉は入江の作戦に引き込まれる。
 果たして塩害を阻止することはできるのだろうか?。地球は元の姿に戻り、人類は滅亡を免れるのだろうか?。

 私が粗筋を書くと、上のような感じになってしまうのだが、この物語の中心は”愛”なのよねー。秋葉の真奈を塩害で亡くしたくないという思いが戦闘機を飛ばさせ、ついでに世界が救われたのだそうである。どうもねー。私が苦手な”恋愛至上主義”だわ。
 図書館シリーズがアクション系だったので、この人の作品はそちらが主だと思っていたのだけど、違っていました。合間にあったラブコメが主流だったとは。
 ”愛が地球を救う”などというのは、はっきり言って私の好みではない。そして、かわいくて頼りない、男に守ってあげたいと思わせる女も、また好みではない。私の好みは男を頼る女ではなく、男と対等に話や仕事ができる自立した女。

 セカチュウ(世界の中心で愛を叫ぶ)やイマアイ(今、会いにゆきます)などの泣ける純愛物が好きな方には、お薦めの本です。SFで彩られた純愛路線。
 私としては、「塩の街、その後」の由美と正ぐらいが許せる範囲かなー。2人とも自衛隊員で恋人同士だけど、結婚する踏ん切りがつかなくて。世界が滅びるかもという時になって、やっと踏ん切りがついたというカップル。

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2008年8月17日 (日)

別冊 図書館戦争Ⅰ

 有川浩著「別冊 図書館戦争Ⅰ」を読みました。これは以前読んだ「図書館革命」のスピンオフ小説です。
  図書館革命で、堂上篤が負傷し、笠原郁は彼に告白したまま、彼を残してミッションを遂行します。その後、二人の甘い結婚生活の場面で話は終わっていました。
 でも、あのがさつ熱血コンビが、どういう風につきあって、結婚に至ったのか?、そこが謎だったのですねー。そこでこのスピンオフ小説。郁がコクってから、二人が結婚に至るまでの甘ーい物語。とはいえ、そこは図書館戦争シリーズ、甘々の恋愛小説だけではなかったりして。

 当麻事件も解決して、郁は毎日堂上のお見舞いに。病室で二人でキスする仲にもなりました。
 堂上が退院してきてからも、事件は続く。図書館の本を万引きする学生や図書館に居座る酒飲み、そして宅配荷物からは催涙ガスが発生し、子どもが一人行方不明に。武蔵野第二図書館では、薬物中毒者が刃物を持って人質をとったり。図書館でかくれんぼうをしていた子供が、実は虐待を受けていたり。
 そして良化委員の指定する違反語を使わず、推奨語だけで見事な差別表現をする作家・木島ジンの小説。
 それらの事件の合間に、二人はいつしか一緒にホテルへ行く仲になり、結婚することになるのだった。

 私は、何も事件が起こらない小説も苦手だが、甘ーい恋愛小説はもっと苦手だ。本の帯に「恋愛成分が苦手な方はご健康のために購入をお控えください」と書いてあってちょっと躊躇したのだが、まあこの程度なら許せるかなっと。
 何と言っても、男兄弟で育ったため、恋愛にも女性としての心得も薄い笠原郁のこと、失敗の数々が笑える。仕事となると性別はころっと忘れるし。
 笠原郁に手を出そうものなら、万引き犯は投げ飛ばされた挙句ぼこぼこに殴られてしまうし、薬物中毒者は腕の骨を折られてしまった。全く手塚ではないが、普通の男なら願い下げかな。少なくとも郁より戦闘能力が上でなければ、つきあえんだろう。
 それでも恋愛経験が少ない分かわいいところもあって、堂上はぞっこんだし、郁もほれてる。まあ一種の”じゃじゃ馬ならし”というところでしょうか。
 Ⅱも出たようで、図書館ワールドのファンとしては、やっぱり興味ありです。

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2008年8月16日 (土)

銀河不動産の超越

 森博嗣著「銀河不動産の超越」を読みました。
 私はSF好きなので、銀河とかロケットとかいう言葉が題名に入っていると、ついふらふらとその本を手にとって、貸し出しカウンターへ持っていってしまいます。でも、時々裏切られることもあって。この本もSFとは何の関係も無い内容でした。

 私・高橋は、銀河不動産に就職した。小さな会社で、社員は社長・銀亀元治と事務員の佐賀さん、そして新入社員の私の3人だけ。
 この地域に住む大金持ちの間宮葉子さんに紹介した物件に、ひょんなことから私が住むことになった。
 その家は、ものすごく大きな部屋が2つあって、奥は全面ガラス窓。2階に小さな部屋(と言っても普通の部屋ぐらいの広さ)があって、螺旋階段で上っていける。吹き抜けになっているので、2階の部屋から1階全部を見下ろすことができる。2階の下が、バス・トイレ・キッチンになっている。私は、この部屋の片隅に家財道具を持ち込んで、住み着いた。
 それから、いろんなことが起きる。彫刻家と小説家の2人組が一ヶ月住み込んで、お礼に石の彫刻を置いていった。池谷さんが来て、家の中に小型のジェットコースターを組み立てた。池谷さんの娘・登美子さんが来て、押しかけ女房になってしまった。登美子さんのバンド仲間がやってきて、練習場になってしまった、等等。

 事件らしきものは、何も起きない。優柔不断で、勤勉でもなくあまり欲も無い私が、銀河不動産にやってきた客をなんとなく世話している内に、いつのまにやら事態が変わっていくという風である。
 この小説の主人公は人間というより、この奇妙な家かな。ものすごくだだっ広い倉庫のようなアトリエのような家。ここに住んで、いろいろな人がやってくる。
 しかし、こんな倉庫のような家、普通の人には住みにくいだろうな。高橋さんも最初は部屋の隅っこに全ての家財道具、布団・こたつ・冷蔵庫などを置いて生活していた。
 私も以前は、広い豪華な家にあこがれていたこともある。今でも多少あこがれはするのだが、掃除が大変だろうなと思ってしまうのが現実だ。
 私が住んでいるのは、普通の日本家屋だ。細かく仕切られていて、家財道具もいろいろある。たまには、体育館のような広い空間に住むというのも、おもしろい体験かもしれない。でも、ずーっとというのは、ちょっと無理のような気がするなー。

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2008年8月 9日 (土)

レインツリーの国

 有川浩著「レインツリーの国」を読みました。
 この本は、図書館戦争シリーズの第二巻「図書館内乱」に出てきます。図書館の戦闘職種に所属する小牧幹久、彼の恋人・鞠江は中途失聴者です。小牧幹久は、鞠江にこの「レインツリーの国」を読むことを勧めます。この本の主人公・ひとみも中途失聴者で、小牧は障害者に障害を意識させる本を勧めたということで、弾劾されてしまいました。

 「レインツリーの国」、それはひとみが自分のブログに付けたタイトルである。ひとみは、そこに日記や本の感想を書き込んでいた。
 伸はそこに書かれた「フェアリーゲーム」の感想に引きつけられた。伸も中学生の頃にそのライトノベルを読んでおり、その小説のラストに違和感を持っていたからだ。ひとみの感想は伸と似ているがちょっと違う。つい話がしたくなり、伸はひとみにメールを書いた。ひとみからも返事が来て、二人はメールで親しく話し合う仲になる。
 だが、二人が実際に会ったとき、伸はひとみにブログの人柄と違うものを感じてしまう。それは、ひとみが中途失聴者で、それを隠していたがために起きたことだった。
 ひとみは障害を持つが故に、何事にも臆病になっていた。すれ違う二人の心、言葉に出せない思い。だが、伸とひとみはそれらを少しずつ乗り越えていく・・・。

 この本を読んでいて、幹久が鞠江に勧めた理由がよく分かった。幹久は鞠江が好きだ、その障害も含めて。だけど、鞠江は障害ゆえに、やはり臆病になっている。そんなこと気にすることはないよ、って言ってあげたかったのだなっと。

 図書館内乱を読んでいれば、よけいに楽しめますが、読んでいなくて、これだけでこの本は完結しています。単なる恋愛小説ではなく、いろいろ考えさせられるところがありました。
 私が特に感じたのは、ひとみが「健聴者には、聴覚障害者の気持ちなんか分からないでしょう。」と言うところ。そして、伸がそれに対して「父親を早く失くした者の気持ちが、両親健在な君に分かるか。」と言ったところ。
 私も「癌になったことの無い人に、私の気持ちなんか分からないわ。」と言ってしまったことがある。そして同じ癌患者でも、「再発していない人には、分からないだろうな。」と思って、言わないこともある。人はそれぞれ、口に出さないだけで、いろいろな思いを抱えて生きているのだ。

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2008年8月 5日 (火)

レベル7

 宮部みゆき著「レベル7」を読みました。いやー、おもしろかった。久々の私好みのミステリーでした。
 宮部みゆきは、以前「淋しい狩人」を読んだことがあるのですが、その時はたいしたことないなーと思ったので、実はこの小説もあまり期待していませんでした。それが、良い方向に期待外れで、もうドキドキワクワクの展開。さすが評判の作家だと改めて思いました。

 彼は、とあるアパートの一室で目覚めた。体は、白いパジャマを着ている。寝ているベッドの隣には女性が。だが、その名前が思い出せない。
 気が付くと、自分の名前も覚えていなかった。物の名前は分かる。道具も使えるらしい。新聞の字も読めた。だが、鏡を見ても自分の顔に記憶が無く、なぜか二の腕にはLevel7という文字と番号が書かれていた。女性も記憶が無く、同じように腕にアルファベットと番号が書かれていた。 
 部屋の中には、二人分の衣類や生活用品があったが、どれも新品だ。そして、クロゼット奥には、5000万円入ったスーツケースと拳銃、血のついたタオルが!。
 自分たちは何者なのか?。何か犯罪と関係があるのだろうか?。

 記憶喪失で目が覚めるという設定は、バイオハザードのオープニングと似ているなーともうそれだけでワクワク。しかし、今回はアクションもゾンビも無し。二人は、三枝という隣人と知り合い、彼の手助けで自分達に関係あるらしいところへ導かれていく。しかし、この三枝という人も謎が多いのよねー。
 そしてもう一人、貝原みさおという美少女もこの事件に巻き込まれて行方不明になる。彼女を助けるために、真行寺悦子は奔走するのだけど、その謎解きがまた興味津々。
 結末は二転三転して、私もどれが真実か悩んでしまった。殺人事件の推理小説としても楽しめます。

 この本のもう一つの側面、それは重要な人物が精神科医だということ。ここには、精神病院の暗部も描かれています。大きな精神病院。そこは、重症なアル中の患者や凶暴性がある患者も受け入れている。知名度は高いが、その内実は・・・。家族も面会に来ないような患者たちになされていること、それは治療ではなく、収容。
 人間のエゴイズムと気高さ、いざという時にどういう行動がとれるかということが大事だとも思わされました。

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2008年7月28日 (月)

ねたあとに

 朝日新聞の夕刊に連載されていた、長嶋有著の「ねたあとに」が26日で終わった。
 この小説、夕刊に載っていなければ、絶対に私が読むことは無い類の物語である。まず、事件が起こらない。ドキドキすることは一つも無く、ただ単に山小屋の日常生活がつづられているだけ。私の好み、SFやミステリーとは大違いである。

 私・久呂子は、夏になると小説家コモローの別荘にやってくる。そこにはおじさん(コモローの父親)やコモローの友人達がいる。別荘はおんぼろな山小屋風で、カマドウマや蛾などの虫もいて、ネズミがかじったらしい布団もある。
 山小屋では、テレビもよく映らず、携帯電話の電波も届きにくい。そこで、彼らがやることは、遊び。それもただの遊びではなく、独自のルールがある。サイコロを振って恋人を作る、「顔」。マージャンパイを使った「ケイバ」。軍人将棋、ダジャレしりとり、等々。そして、夏の日は終わっていく。

 この「ねたあとに」という題名も、コモローが自分が寝た後に他の人たちが何か楽しいことをやっていて、自分がそれを知らなかったら悔しい、ということから付けられたらしい。それで夜遅くまで、寝ないで遊ぶのだ。その遊びが、また大の大人がやるとは思えないものばかり。
 しかし、この独自の遊びのルールとゆるーいノリ、これは私にも覚えがある、そうだ!、大学生のときの合宿だ。といっても運動部のそれではなく、どうでもいい合宿。昼間は、多少運動したり勉強したり、議論をしたりもあるのだが、夜は別にすることがない。それで遊ぶことになる。だが、道具も金も、もちろん盛り場も無い。何をやるかというと簡単にできるゲーム。トランプ、サイコロ、オセロ、そしてダジャレや怖い話など諸々。似てるなー。

 しっかり読むなら、やはり波乱万丈の小説が良いけど、夕食の友ならこんなゆるーい小説もアリかな、と思った。

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2008年7月23日 (水)

ポジ・スパイラル

 以前読んだ「エクサバイト」がおもしろかったので、同じ作家・服部真澄の「ポジ・スパイラル」を借りてきました。今回は、エクサバイトに比べると近未来・現実に近い時期の話です。

 東大大学院准教授の住之江沙紀は、海洋環境工学を専攻していた。沙紀がレクチャーしている一人にタレントの久保倉恭吾がいた。彼は、芸能事務所サンドのトップタレントで、単なる俳優からニュース・エンターティンメントへと変身しようとしていた。
 
久保倉が進行役となって作られた番組「ジス・イージス」では、バイオディーゼルの原料としてジャトロファという植物の種子を取り上げた。新しいエネルギー源である。そして、次の番組「ポジティブ・スパイラル」で取り上げたのは、菱(ウォーター・チェスナット)。菱は世界中の水辺で、昔から自然に生えている。日本でも以前は菱の実を食べていたこともあった。この菱は食用になるだけでなく、バイオマス・エネルギーとしても有効なのだ。そして、菱を栽培することによって富栄養化した水辺を浄化することもできる。

 これを使って、日本の水辺をきれいにし、魚湧く海を取り返すことはできないだろうか?。そう夢を見た人々がいる。彼らは諫早湾潮受け堤防の開門を試み、日本の河川と海の再生を目指していた。

これは、海の再生物語である。汚れてしまった日本の海。埋め立てられ、生活排水が流れ込む。ダムで川からの水は細り、土砂さえも減ってしまった。だが、東京湾でさえ浜に干潟を作れば、魚は蘇ってくるのだ。
 
日本の行政がやってきたこと、列島改造・所得倍増により私達の生活は豊かになったのだが、失ったものは大きい。私が住んでいる所でも、市内を流れる川は今は暗渠となり見ることも無い。外に出ている一部もどぶ川だ。だけど私の父は、子供の頃そこで泳いだと言っていた。その頃、川は清流だったのだ。その川を取り戻すことが、いつかできるのだろうか?。
 
失ったものを取り戻すのは難しい。自然に手を加えれば加えるほど、どこかで歪が出てくるのかもしれない。でも、このままではいけないことは、誰にでも分かっている。エコ、CO2削減、今やっとそういう気運が出てきた。ネガティブ・スパイラルをポジティブ・スパイラルに、どこかで変えていけたら。その転換点を、私も欲しいと思う。

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2008年7月18日 (金)

盗みとバラの日々

 赤川次郎著の「盗みとバラの日々」を読みました。この人の本はどれも面白いのですが、その中でも特に私のお気に入りがこの”夫は泥棒、妻は刑事”のシリーズ。お互いの仕事には口を出さず、とはいえ夫は妻の仕事を時々手伝って、もちろん逆は不可ね。

 主人公は、城ノ内真琴。真琴の祖父・城ノ内薫は城ノ内グループの会長である。年は75歳で、なんと27歳の美保を後妻にもらった。この美保が曲者。もちろん、結婚は薫の財産目当て。薫は若い美保を自分に引き留めておきたくて、彼女の我が侭を許している。それをいいことに、美保は宝石や別荘、車などを会社の金で次々に買っていた。そして、それに反対する会社の人々を亡き者にしようと画策していた。彼女に狙われた元経理課長の武井やJ工機社長の富田は・・・・。

 泥棒家業の夫・淳一は、華麗なテクニックと高い教養を持っており、盗むのはもちろん金持ちや悪いやつらからばかり。今回も、ポケットの中の物をさっと掏り取ったり、他人の手袋をはめ変えたり。あるいは変装してホームレスにまでなってしまう。
 刑事の妻・真弓は、美人でスタイル抜群。部下の道田君を引き連れて捜査に向かいます。正義感が強く、早とちりなところが玉に瑕かな。

 今回もこの二人が、真琴やその親友・西野和子、元恋人畑山進と知り合い、美保の悪だくみを打ち砕いていきます。
 それにしても、70代の男性が20代の女性を妻にするとはねー。でも、こういう話って現実にも時々あるのよね。大金持ちの男性の場合。そういう場合は、やっぱり愛情よりお金だろうなー。
 年をとれば、10~20歳程度の年の差は、個人差でカバーできる部分も大きい。50歳と60歳では、60歳の人の方が若く見えることも、よくある話。だから、中高年の場合は、多少の年の差は問題ないと思う。だけど、50歳も違ってはいくらなんでも無理だろう。
 70代の男性が20代の女性を好きになるかどうかはよく分からないが、少なくとも20代の女性が70代の男性を好きになるとは思えないなー。

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2008年7月14日 (月)

憑神

浅田次郎著「憑神」を読みました。この小説は、以前映画にもなったのですが、私は映画を見ていないので、原作を読んでみました。

 別所彦四郎は、御徒歩組七十俵五人扶持の次男。文武両道秀才の誉れも高く、小十人組み組頭三百俵高の井上軍兵衛家に婿に入った。しかし、子どもが産まれるとささいなことから離縁され、今は無禄の部屋住みの身である。

 ある日、土手下にあった三巡り稲荷に手を合わせたことから、とんだ運命の虜となってしまった。彼に取り憑いたのは、3人の憑神。最初は貧乏神、次が疫病神、最後が死神である。貧乏神と疫病神は、宿替えをしてもらった。これは、自分の代わりに他人に取り憑いてもらうのである。しかし、死神はそうはいかない。自分の代わりに他人に死んでもらうわけにはいかないのだ。彦四郎は悩み、死に場所を探し始める・・・。

 この3人の憑神がけっこうおもしろい。貧乏神は伊勢屋と名乗り、大店の主人の姿形で現れる。疫病神は九頭龍為五郎という名の相撲取りで、筋骨隆々たる大男。そして、死神は稚児輪を結ったかわいい小娘で、名前はおつや。それぞれ憑神の割りに人情深い。
 別所彦四郎もまた、良い男なのだ。真面目で、真の武士魂を持っている。だからこそ、他人に憑神を振るのをためらってしまう。徳川幕府が今まさに崩れ、明治の代が明けようとしている時、彼は一世一代の快挙を考え付く。己の死に様を考えるが故に。

 人は死ぬからこそ、その命が輝くという。確かにそうなのだろうけど。私が死神と出会ったら、運命を受け入れられるだろうか。やっぱり宿替えを願うだろうなー。たいしたことない人生でも、おめおめと生きながらえたいと思う。

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2008年7月 4日 (金)

ウロボロ・スサークル

 ロバート・A・ハイライン著「ウロボロス・サークル」を読みました。

 宇宙居留地ゴールデン・ルールに住む小説家リチャードは、ある夜美女・グエンとの食事中に男が話しかけてきたことから、とんでもないトラブルに巻き込まれた。男は殺され、彼は家を追い出され、殺人犯として手配されてしまった。

 リチャードとグエンは大急ぎで結婚し、ゴールデン・ルールから月へと逃げていく。だが、その途中でもギャング達が追いかけてきて、命を狙われる。

 次々と襲い掛かる危機、だが、何のために、なぜ命を狙われるのか?。彼は以前軍人だったが、今は退職して無害な小説家として生活しているはずなのに・・・。

 半分以上読んだところで、やっとこの本が「月は無慈悲な夜の女王」の続編だと分かりました。私はこの本も読んだのですが、これには月世界革命が書かれていました。この革命の立役者アダム・セレーネは、実はコンピューターのプログラム。月世界コンピューターはいろいろなプログラムが結合されて、どんどん大きくなり、ついに人格を持つようになってしまったのです。ですが、革命が成功した後、アダムは消え、コンピューターも別のものに取って代わられてしまった。だが、倉庫の中には未だコンピューターが残っており、アダムはその中に眠っていた。

 そして100年後、リチャードはアダム救出作戦を行うため、時間軍団に徴兵されたのだ。その徴兵係が、なんと新妻のグエンだったのです。

 話は二転三転し、いろいろな人物が出てきます。「メトセラの子ら」で出てきたラザルス・ロングも出てきますし、他にもハイラインの小説の登場人物があちらこちらにちらほらいるようです。ハイラインは、自分なりの宇宙年代記を作っていて、それに沿って小説を書いているらしいので、彼の小説を読んでいると、そのつながりがなんとなく見えてきます。

 そういう意味では、この小説もおもしろかったのですが、ストーリーとしてはちょっと冗長かな。大事な部分(アダム救出作戦)が最後にちょっとしか書かれていないのが、私としては物足りなかったです。

 かなり分厚い本なので、新玉川温泉で時間つぶしに読むには、ちょうど良かったのですが。

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2008年6月20日 (金)

エクサバイト

 服部真澄著「エクサバイト」を読みました。近未来小説です。

 2025年、小型カメラと記憶装置の発達により、人々は自分の体にカメラやマイクを埋め込んで自分が見たものや聞いたこと全てを記録することができるようになった。その装置は“ユニット”と呼ばれ、グラフィコム社が提供していた。

 ユニットの映像は、個人的に楽しむのは問題無いが、公にする場合には撮影された人全員の承諾が必要である。しかし、景色や建物はOKだし、演出されたものも問題ない。ナカジは、このユニットを使った映像と独自の人脈で、事業に成功していた。

 ある日、エクサバイト商会からナカジに提携の話が持ち上がった。エクサバイト商会は亡くなった人からユニットを有料で回収し、その人の死後百年後に公開し、過去の歴史を構築するという目的を持っている。自分の記録を歴史に残したいと思う人々は、こぞってエクサバイト商会に登録した。

 だが、このユニットには裏の秘密があった。それに気づいたナカジは・・・・。

 人間のエゴと法律、記録と記憶の違いなどいろいろなことを考えさせられました。読後感は、ちょっと重かったです。

 人は、他人の記録を見たいと思う。だが、自分のありのままの記録は見せたくない。ありのままの自分、それは良い所ばかりではなく悪いところも多く、失敗も度々だと知っている。しかし、それをそのまま他人に知られるのは、耐えられない。やはり、多少は自分をよく見せたいと思うものだ。

 記憶も同じ。良いことの記憶は何度も脳で反芻されて、次第に美化されていく。老人が自分の若かった頃の自慢をするのと一緒だ。しかし、嫌な記憶はなるべく思い出さないようにして、次第に忘れ去られるか自分に都合が良い様に作り変えられていく。しかもそれは無意識の内に行われており、自分でも気づいていないことが多い。

 以前読んだアーサー・C・クラークの小説「神の鉄槌」にブレインマンというのが出てきた。それはこのユニットと同じようなもので、記憶をチップに残すことができ、しかもそれは編集可能。いつでも自分の良い思い出だけに浸ることができる。

 ありのままの自分と対峙すること、それは人間には無理なのだろうか?。

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2008年6月11日 (水)

時効警察

 2006年1月~3月に放送されていたテレビドラマ「時効警察」をノベライズしたものを読みました。このテレビドラマは見たことが無い(私はドラマはほとんど見ません)のですが、名前は聞いたことがあります。なので、ちょっと興味を持って、読んでみました。

 総武警察には、時効管理課というのがあり、時効が成立した事件の証拠品や書類を整理しています。そこに勤める霧山修一郎の趣味が、時効になった事件を調べること。
 彼は好意を持っている交通課の三日月しずかと一緒に、趣味のために時効事件の関係者に会い、犯人を見つけていきます。
 しかし、このドラマがユニークなところは、犯人を見つけてもどうなるわけでも無いところ。犯人は自白するのですが、霧山は犯人に「この件は誰にも言いません」と書いたカードを渡して、終わるのです。

 うーん、どうなんだろうなー。
 最初に思ったのは、時効管理課などという部署があるとは知らなかったということ。しかし、必要性はよく分かる。毎日のように事件は起きている。警察が押収する証拠物件や捜査のために書かれた書類の量は莫大なものです。これが10年、20年、と溜まっていったら、それを置いておく場所だけでもすごいことになる。このためだけでも時効は必要だろう。何十年も倉庫の隅に置かれた証拠物件など、見る人はいないだろうなー。
 しかし、被害者感情からしたら、どうなのだろう?。殺人事件の時効は15年。15年経ったら、忘れられるのか?。「なぜ、時効などあるのか?」という疑問から、このドラマでも一つは時効前に犯人を逮捕しているのだが。

 話は、のんびりと進みます。霧山の捜査は趣味なので、展開もなんとなーくゆるやか。犯人はたいてい事件の関係者。だけど、事件が解決しなかった原因は、警察の初動ミス。違った方面ばかり捜査していたらしい。15年経った後なので、霧山にはそれらに惑わされること無く事件が見えてきた、ということらしい。
 話自体はたいしたことないのですが、昨今の理解不能な無差別殺人を思うと、こんなのんびりした税金泥棒のような警官がいる世界の方が平和でいいのか、と思ってしまう。

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2008年5月30日 (金)

悲しき人形つかい

 梶尾真治著「悲しき人形つかい」を読みました。
 いやー、面白かった。この人の小説は、どれも奇抜でおもしろいです。

 主人公は、中野祐介。理系が苦手の普通の男。その友人、機敷埜風天(通称フーテン)がたいへん変わった人物。一言でいうなら、マッドサイエンティストか。ともかく理系の天才である。あまりに思考が常人離れしているので、普通の社会生活は難しい。しかし、祐介が彼の発明品で特許を取ってくれたおかげで、食うには困らない。
 彼がしている研究というのが、脳波誘導ボディーフレーム。体が不自由な人が、頭で考えるだけで手足を動かすことができる装置である。彼は、それをALSのホーキング博士に使ってもらいたいと思っている。

 さて、フーテンがアパートを追い出され、不動産屋に勧められて横嶋町にある一軒家に引っ越したことから、話は始まった。この横嶋町、なんとヤクザの北野組と藤野会が抗争中で、普通の住人は引っ越してほとんどいない状態だった。
 北野組のチンピラ・今村弘幸(通称ヒロ)が、祐介やフーテンと同級生だったことから、大変な事態に。北野組の組長が突然亡くなった。諸々の事情から、組長の死を隠しておきたいことになり、フーテンのボディーフレームを組長に着けさせる事になってしまったのだ。祐介が脳波で動かし、組長を生きているように見せかけることになったのだが・・・・・。

 高齢者介護を助けるロボットスーツというのは、もう各所で開発中である。フーテンの発明の画期的なところは、それを脳波誘導でやろうというところ。これが開発されれば、手足が不自由になっても自分で動くことができる。
 しかし、脳波誘導というのも、けっこう難しそう。小説でも、力の入れ具合をどうやって伝えるのかがポイントのようで、下手をするとガラスを割ってしまったり、足が上がりすぎたり、めちゃくちゃ速く動いたり。人間の体って、複雑に動くのねー。

 小説には、藤野組の次男坊・鉄男も出てくる。彼も理系の天才で、アメリカの工科大学に留学中だが、突然呼び戻される。彼の研究も介護ロボット。彼は胸に付けたマニュピュレーターのような腕を使って、怪力で攻撃してくる。
 フーテンのボディーフレーム対鉄男のロボットアーム。戦いの結末はいかに?。

 介護ロボットと、ヤクザの抗争という話もユニーク。いったい、世の中はどうなっていくのでしょうか。

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2008年5月21日 (水)

負の紋章

 ヒキタクニオ著、「負の紋章」を読みました。この作者の本を読むのは、初めてです。今の日本の現状と、犯罪被害者の心理について、考えさせられました。

 石渡宗介、45歳。彼の日常は平凡そのものだった。妻・由美子と10歳の娘・佳奈がいる。郊外の建売住宅に住み、毎日通勤電車に揺られ、会社に通っていた。
 だが、ある日を境にその日常生活は壊れた。
 ほんのちょっとの諍いの後、宗介と妻が出かけ、娘が留守番をしていた午後、帰ってきたら娘はいなかった。4日後、娘は遺体で見つかった。娘の体には、無数の歯型がついていた。
 石渡の犯人探しが始まった。もう、会社へも行かなくなった。警察よりも速く犯人を見つけ、娘を犯したことを後悔させ、そいつを殺すこと。それだけが、彼の生きがいとなった。石渡は犯人を見つけるために繁華街へと出歩き、オタクと呼ばれる人々と接触していく。
 警察が犯人を見つけた。そして、石渡は・・・・・。

 今、裁判員制度の開始にともなって、終身刑の議論が出ている。死刑と無期懲役の間にある刑。日本では、無期懲役といっても模範囚なら15年で仮釈放となる。死刑との違いはあまりに大きい。素人が裁判にかかわる場合、凶悪な事件だが死刑にするのは忍びないので、終身刑があったらという議論のようである。
 世界では、死刑廃止が主流であり、死刑制度があっても10年以上執行していない国も多い。
 だが、犯罪被害者、自分の娘や息子を殺された親は、犯人に対してどんな感情を抱くのだろうか?。罪を憎んで、人を憎まず。きれいな言葉だ。だけど、ほんとうの気持ちは?。

 石渡宗介は、犯人を見つけて殺すという目的のために、1年間あらゆることを犠牲にして行動していく。妻とは会話もなくなり、離婚した。会社を止めて退職金を得、家も売り払って、そのための資金とした。
 それほどの執念。子どもを殺された親の気持ちは、死刑でさえも補えない。この手で、殺したいとまで思うのだ。人の心の闇、それは深い。

 この本には、いろいろなオタクと呼ばれる人たちが出てくる。ポリ子は、警察オタク。女性警察官の制服や警察手帳、警棒も持っていて、ピッキングも得意。木之本は、シリコンフェチで精巧に作られたラブドールをいくつも収集している。熱子はラバーフェチ、絵図男は犯罪計画専門。皆それぞれ人とは違う習癖を持っているが、それなりに人生を生きている。こういう人間がいる日本、やはり普通ではないのかも。

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2008年5月 9日 (金)

図書館革命

 有川浩著、図書館シリーズの第4巻、「図書館革命」を読みました。いやー、相変わらずのおもしろさ、笑いました、そしてちょっぴりほろりとしました。笠原郁の猪突猛進、純情ぶりがが最高です。

 図書館危機のその後、しばらく経った1月15日、事件は起こった。福井県敦賀原子力発電所がテロリストからの大規模な襲撃を受けたのである。幸い発電機は安全装置が働き、機動隊と自衛隊の活躍により、襲撃者は全員死亡した。
 だが、ほんとうの問題は、これから。この原発への襲撃は、当麻蔵人の「原発危機」と全く同じ手口で行われたのだ。良化特務機関は、これを機に当麻蔵人を拉致し、言論への弾圧を強めようと図ってきた。危険な作家に著作をさせない、これは世論も支持するだろうと見越してのことである。
 図書隊は当麻蔵人を保護し、週刊誌や新聞・テレビなどのメディアと組んで、裁判闘争に持ち込んだ。だが、判決は負け続けている。
 笠原郁が、弾圧されるなら外国へ亡命したら、とほろっと言った一言が契機となった。当麻蔵人の大使館駆け込みは、成功するのか?。図書隊は、果たして蔵人を保護し、著作の自由を守ることができるのだろうか?。

 私がこのシリーズに引き付けられるのは、笠原郁の正義感と無茶さ加減に自分の若い頃を投影してしまうからだ。郁は、理性より先に体が動いてしまう。私は口が動いてしまうタイプだったが、根は一緒だ。考えるより、先ずは自分の感情に素直だった、あの頃。

 今はまだ言論への統制は表立っては存在していない。だが、きなくさい動きはもう始まっている。東京都立川市の自衛隊官舎で、自衛隊イラク派遣に反対するビラを配った3人は、住居侵入罪に問われ、最高裁で有罪の判決が下っている。
 また、図書館危機で語られていた差別用語についても、聾学校を聴覚特別支援学校に名称変更することに反対する抗議が、聾者自身からあがってきている。
 そして、インターネットでも、有害情報を阻止するためのフィルターが、ビジネスとして始まっている。しかし、何を持って有害情報というのだろうか。これが強められたとき、その先は?。
 言論統制、それは善意のもの存在する。だが、そんなこと言っちゃいけない、書いてはいけない、それはどこまで規制すべきものなのか。私たちは、悪意だけでなく善意も含め、心しなければいけないと思う。

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2008年4月18日 (金)

ハリー・ポッターと謎のプリンス上・下

 

J.K.ローリング著「ハリー・ポッターと謎のプリンス」上・下巻を読みました。発売されてから約2年。やっと予約の長いリストも終わったようで、図書館の棚に並んでいたのを借りてきました。

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの3人は、無事OWLの試験に合格し、NEWTの学生としてホグワーツに戻った。ハリー達ももう16歳、今年は6年生で最終学年である。

 学校に新しく赴任したスラグホーン先生は魔法薬を教えることになり、スネイプ先生は闇の魔術に対する防衛術を教えることになった。

 ハリーが借りた上級魔法薬の教科書には多くの書き込みがあり、そのおかげでハリーは魔法薬で好成績を修めることができた。その教科書には、半純血のプリンスという署名があった。

 ハリーはダンブルドア校長とともに、憂いの篩いを使って人の記憶に入り込み、ヴォルデモートの過去を探った。
 半純血のプリンスとは、誰か?。トム・リドルはなぜ、そしてどうやってあの凶悪なヴォルデモート卿になったのか?。ハリーとダンブルドアは、ヴォルデモート卿を倒す手段を見つけることはできるのか?。

 

 いくつかの謎があり、読み進むに連れてそれは少しずつ解かれていく。しかし、全体的に見て、話は冗長でつまらない。これは、第5巻の「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」上・下でも思った。あの時は、物語の前半と後半の半分までつまらなかった。何の事件も起こらないのだ。やはり面白かったのは、4巻までかな。新しい魔法や競技、興味深い生き物などが次々と出てきていた。 

今回も、事件は小さなものばかり。クィデッチの試合とかハリーやロンの恋物語などは、私にはあまり興味が持てない。その中で唯一興味深かったのは、「憂いの篩い」。これを使うと、他人の記憶や自分の記憶を、あたかもその場にいるように見ることができる。人は誰でも、いろんな人の心の中に自分の足跡を残している。それを集めてみることができたら?。見るのはちょっと怖いような気もするのだが。

シリーズものの面白さを持続させるのは難しい。それでも読者は、やはり最後まで読みたいと思って買う。結末は私も知りたいと思う。第7巻(最終巻)がもうすぐ発売されるということである。ハリーとヴォルデモートの闘いはいかに?。

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2008年4月12日 (土)

遺伝子インフェルノ

 清水義範著「遺伝子インフェルノ」を読みました。この本は、以前「二重螺旋のミレニアム」という題で単行本として出版されていたのですが、文庫化されるにあたって改題されたものです。

 内容は、2050年頃の日本。警視庁刑事部捜査七課主任・城ヶ崎唯人と環境省管轄近未来研究局総合コントロール室長・佐藤巡哉の二人が出会った様々な事件が短編物語として書かれている。
 自分の頭を吹き飛ばす自殺があった。原因は?。テレパシーが使えるという噂の麻薬が出回っている。
 新感覚ゲーム、そこでは自分は別の人物になって虚構の世界で戦うことができる。だが、そのゲームにはまると現実の自分に戻れなくなってしまう。
 やすらぎのホーム、そこでは高齢者はお金の心配なく保証された余生を送ることができる。だが、そこの死亡率は異常に高い。みな老衰で、安らかに亡くなっていく。
 都市の郊外には、ウ゛ィレッジがあった。塀に囲まれたそこは、自給自足の村。機械は無く、馬車が走っている。
 64歳の女性が行方不明になった。その女の家には24歳だという姪がいた。顔かたちが若い頃のその女性に似ている。果たしてDNAは同じだった。若返りの方法は?。
 コンピューターの中の一つのプログラム。誰も操作をしないのに勝手に動き出した。機械が意思を持ち始める前兆だろうか?。

 第一話の題が象徴的である。「いかにして人類は絶滅すればよいか」
 地球上に生きてきた様々な生物は、繁栄し、いつか絶滅する。ならば、人類も必ずその道を歩むであろう。それはいつ?、そしてどんな方法で?。
 この本に書かれていることの兆しは、もう始まっている。新しい薬、脳の働きの解明。コンピューターゲームの発達。高齢化社会。機械への反発。若返り(アンチエイジング)への渇望。
 これから社会はどうなっていくのだろう?。近未来、それは現代の延長。今の社会をどうしていきたいのか?。私達一人一人の思いが、大きなうねりとなって、未来へと向かっていく。

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2008年4月 8日 (火)

プリズンホテル秋

 浅田次郎著「プリズンホテル秋」を読みました。以前読んだ「プリズンホテル」の続編です。今回もとてもおもしろかったです。泣けました。笑いました。一泊二日、人情あふれる温泉ホテル満喫です。

 さて、秋の紅葉の時期、奥湯元あじさいホテル(通称プリズンホテル)には、たいへんな客が泊まることに。なんと、青山警察署!の慰安旅行。会費1万5千円でバスを仕立てて、泊まって宴会付き。普通の旅館に相手にされず、安く泊まれるとのふれ込みに、ついここに予約をしてしまった。
 しかもこの同じ日、大曽根一家が、刑務所に自首する鉄砲玉の壮行会を予約していたのだ。
 警察署の方は「東京桜親睦会」、大曽根一家は「関東桜会」、同じ桜でつながり!で、制服を脱げば見た目はあまり変わらないごつい人相の男達といってもねー。えええーっ、支配人もコックもどうしようかとうろうろ、おろおろ。
 他に客は、売れない歌手とマネージャー。ワケアリの一人旅、そしていつもの作家・主人公の木戸孝之助と今回は彼女の娘・美加、オーナーの木戸仲蔵。
 警察のバスが着いて、酔客たちが降りてくる。そして、大曽根会の街宣車が歌を響かせてやってきた。おりしも板場では、宴会の用意。船盛りの刺身に包丁、オイルホンデュの鍋に金串。襖一枚へだてた宴会場は、どうなる?。

 この小説に出てくるのは、昔かたぎのヤクザ達。懐かしの東映のヤクザ映画に出てくるような面々である。今の暴力団とは大違い。人情、という言葉がまだ生きている時代。
 警官の渡辺莞爾、何の手柄も立てたことが無い定年間際の巡査部長。しかし、その出世を超越した生き方もすごい。
 人は皆、表に出ないいろいろなものを心の中に秘めて生きている。明るく笑っている人が、単純にうれしいだけとは限らない。黙っているのは、言うことが無いわけではないのだ。
 心の中をさらけ出すプリズンホテル、それは支配人がいうように、いつかクラウンホテルに負けない五ツ星になるのかも。 

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2008年4月 2日 (水)

再発後を生きる

 イデアフォー編「再発後を生きる」を読みました。

 イデアフォーというのは、主に乳がん体験者から成る医療市民団体で、1989年に発足しました。http://www.ideafour.org/

 私は会員ではありませんが、この会の名前はかなり前から知っていました。

 この本は、イデアフォーの会員で乳がん再発患者の方21名の手記を集めたものです。全員が実名で書いており、中には写真を載せている方もいました。2003年に発行された本ですので、今ではもう亡くなられている方もいます。

 いろんな人がいます。いつまでも美しくいたいと、再発してから胸を再建された人。転移後に子どもを産み、女一人で子育てをされている人。抗がん剤治療の合間にホノルルマラソンを走り、海外旅行にも行っている人。

 治療もいろいろ。ホルモン療法、抗がん剤、放射線治療以外に、健康食品、玉川温泉、丸山ワクチン、免疫療法等々。しかし、さすがに私のような無治療はいなかった。

 私は、乳がん再発後1年ほどで亡くなった人を2人知っている。一人は、同じ病院で同じ頃に乳がんの手術を受けた方、もう一人は職場の同僚だった方。なので、自分が再発した時は、私もそうなるのではないかと怖かった。抗がん剤治療を始めたけど、止めてしまった。なぜなら、2人とも私と同じ抗がん剤治療をしていたから。一人はタキソテール、もう一人はナベルビン。

 その頃、もう読まないだろう本や仕事関係のものを捨て、少し身辺整理をした。あとわずかで死ぬのなら、苦しい抗がん剤治療は止めて、体が動かなくなるまで好きなことをして過ごそう。そう決心をした。

 だが、あれから1年、私は未だ生きている。抗がん剤を止めたら、もっと早くダメになるかと思っていたのに、未だに元気だ。とてもうれしい。

 この本でも多くの人が生きている。再発してから、3年も5年も生きている。良くなったり悪くなったりしながらも、それぞれ精一杯自分らしく生きようとしている。

 癌は不思議な病気だ。人によって経過も病状もそれぞれ違う。効く薬すら違う。治療法は一つではない。私も病気と向き合い、生きていきたいと思った。

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2008年3月 6日 (木)

精霊流し

 さだまさし著「精霊流し」を読みました。
 さだまさしの歌は好きです。一度だけですが、コンサートを聞きに行ったこともあります。精霊流しや無縁坂、関白宣言などの歌が懐かしい。

 この本は、さだまさしの自伝的小説です。人は誰でも人生で1冊は本を書けるという。それは自分の自伝。だが、自分を客観視し、読むに耐える文章を書ける人は少ない。多くは第一人称でしか語れない。さだまさしは、その数少ない前者の一人である。この本は、たぶんにフィクションも入っていますが、小説として完成されており、さだまさしのことを知らない人が読んでも楽しめると思う。

 主人公は櫻井雅彦。これがさだまさしで、本は8つのエピソードからできている。
 第一話 薔薇の木では、雅彦の祖母と両親の出会い、幼い頃の生活が書かれていた。 愛犬の死の場面での祖母との会話が切ない。「おばあちゃま、死んだらどこに行くと?」「大切な人のそばでずーっと守ってやるとよ。」 人は死んでも心の中で生きているのだと祖母は伝えていた。
 この本には亡くなった人のことがたくさん出てくる。第一話では、祖母。第三話では、友人の堅山。第四話では、従兄弟の石田春人。第六話では、知人のヴァイオリン奏者岸田涼子。第七話では、伯母の岡本節子。第八話では、伯父の岡本忠と伯母の岡本登美子。

 そして、第五話と第七話、第八話には、精霊舟が出てくる。
 私は今まで知らなかったのだけど、長崎では初盆のある家だけが精霊舟を作るのだという。そして、道を川にみたて、大勢の担ぎ手がその船を担いで大波止まで行き、そこで海に(今では船に乗せて)流す。船が道を通るときは爆竹を鳴らし、花火を上げて賑やかに送る。それは、祭りにも似ているが、人を送る厳粛な行事だ。
 第八話で語られた、原爆投下1週間後の様子がすさまじい。食べ物も何も無く、瓦礫の街で、それでもなお、いやそれだからこそ、精霊の菰を流しに行く人がいた。長崎の人々の死者への思い。
 あのきれいな旋律の歌に、そんな思いがあるとは。フォークというだけで、ただ口ずさんでいた。
 さだまさしの歌と同じ、優しい思いがあふれる小説でした。

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2008年2月29日 (金)

星新一

 星新一 ショートショート1001<2> を読みました。
 いやー、すごい本です。なんといっても大きくて厚い。縦21.5cm、横15cm、厚さ6cm。1634ページ、2段組。重さ1.4kg。この中に280編ほどの小説が入っており、これらは1968年~1973年に書かれたもの。
 もっとも本は重さや量ではなく中身が大切。SFを一度でも読んだ人なら、たぶん星新一の名前は知っていると思います。私も学生時代、この人のショートショートでSFの面白さを知りました。読み返してみると、大半は忘れていますが、懐かしいなと思い出すのもありました。内容は、SFとは限りませんが、ちょっと現実的では無い世界。

 まずは未来。
 「爆発」では、地球上に人がひしめいている未来が語られている。4人家族が大きなビルの中の6畳一間ぐらいの部屋に住んでいて、そこで食事をして寝る。外出は3日に1回、コンベアー式の道路に乗って。その道路も前後は30cm間隔で人が立っている。地球上はすべて建物で覆われており、その隙間を道路が通っている。っとそこで、男は目が覚める。核戦争後の地球。生き残っているのは、洞窟調査をしていた男だけ・・・・。
 うーん、どちらもイヤですねー。

 戦争を避けるためには、戦争のことを考えなければ良い。
 「白い服の男」では、徹底的に戦争を無くした未来が出てくる。そこでは、戦争という言葉そのものが無い。特殊警察機構というものが作られ、あらゆることを盗聴している。そして戦争に関する言動をした人物は捕らえられ、人類の敵として公開鞭打ちの刑で殺される。歴史も本も戦争に関するものは全て発禁もしくは作り変えられる。
 うーん、ここまでしなくてはダメなのか。

 宇宙人もおかしなのがいっぱい。
 「破滅の時」では、空飛ぶ円盤が現れて宇宙人が降り立ち、「地球は危機にあり、このままでは破滅する。」との言葉を残して死んでしまった。地球人はあわてて、破滅の原因を考え、様々な危機を克服した。そして、宇宙へも進出し、円盤が来た星へと行ったのだが・・・。実は、その宇宙人はどこでも破滅するとわめく迷惑者だったのだ。
 どこにでも、いろんな人?がいますねー。

 昔の話もありまして。
 「元禄お犬さわぎ」では、下級武士と寺の住職、大工、薬草売りが将軍綱吉の生類憐れみの令を利用して大もうけをする話。いろいろな御触れの案を出したり、犬の墓所や犬小屋、犬の薬を作ったり。今も昔も、金儲けの種は官からの受注なり。

 他にも話はいっぱい。とても書ききれない。
 でも、さすがにこれだけ読んでくると、似た話も出てきて飽きてきます。ちょこちょこ読むには最適ですが、一気に読むと食傷気味。

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2008年2月13日 (水)

チーム・バチスタの栄光

 海堂 尊著「チーム・バチスタの栄光 上下」を読みました。古本屋へ行ったら1冊500円の本が300円で売られていたので、つい買ってしまった。
 確かに「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しただけあって、ストーリー展開に目が離せないおもしろさです。

 東城大学医学部付属病院のチーム・バチスタは、難しい心臓のバチスタ手術に次々と成功していた。だが、手術27例目から突如として術死が始まり、3例も続いてしまった。
 執刀医の桐生医師は、自分の手術ミスとは思えず、リスクマネジメント委員会へ調査を依頼した。だが、高階病院長は田口医師に予備調査を頼むことにした。
 田口医師は、チームの聞き取り調査をし、手術も見学した。だが、原因は分からず、またもや術死が起きた。
 そこへ現れたのが、厚生労働省の変人役人・白鳥調査官。彼は独特の方法で病院内を調べ始めた。
 果たして、白鳥調査官と田口医師は、術死の原因を見つけることができるのだろうか?。

 術死が起きる原因は、いろいろある。先ずは、医師の不手際による手術ミス。そして、患者の体力不足。運、不運もある。患部によっては開けてみないと分からないことも多く、手術できない症例も存在する。普通、殺人を疑うことはありえない。
 だがこの小説では、そのありえないことを前提にしている。どうしてそのようなことが起きるのか、興味津々である。

 田口医師のキャラクターがとても興味深い。医者にはなったけど、血を見るのが嫌いで、神経内科へ。院内の出世競争から完全に離れて、不定愁訴外来(通称・愚痴外来)をやっている。愚痴外来では、患者の話をいつまでも聞いているだけ。
 いいなー。私も自分が通院している病院にそんな外来があったら、絶対に予約したいと思う。病人というのは、わがままなものだ。誰かに病気の話を聞いてもらいたい。でも、同情はイヤだ。病気を知らない人に、知ったかぶりのアドバイスなんかされたくない。相手が医師なら、胸のもやもやを安心して話せるというものだ。

 白鳥調査官の傍若無人ぶりと調査方法もおもしろい。パッシブ・フェーズとアクティブ・フェーズ、人の心を動揺させて、真実を話させる。こういう人物はすごいと思うが、やはりあまりお近づきになりたいとは思わないな。

 さすが本業が医師だけあって、医者や医療従事者についての記述もきちんとしていて興味深かった。

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2008年1月29日 (火)

帝国アメリカ消失

 田中光二著「帝国アメリカ消失」を読みました。 ポリティカルシミュレーション小説です。
 もし、この世界からアメリカ合衆国が消えたら、世界はどうなるのか?。戦争は?、金融は?、そしてアメリカ人達は?。

 2003年5月、突然アメリカ本土全体が分厚い雲に覆われてしまった。その雲は光も電磁波も通さない。インターネットもレーダーも、役に立たない。アメリカを飛び立ったはずの飛行機は目的地には着かなかった。アメリカへ行ったはずの飛行機は消えた。港から1隻の船舶も出てこず、海から本土へ入ろうとした船は、全て透明な壁に跳ね返されてしまった。
 アメリカ副大統領のチェイスは、会議のためロンドンにいた。彼は自動的に大統領になった。まず、やるべきことはイラク戦争をどうするか。幸いイラク軍の抵抗は少なく、こちらはなんとか治まった。
 次は北朝鮮である。アメリカの後ろ盾が無くなった今、韓国を攻めるチャンスだと指導者は考えた。そして、北朝鮮対韓国・アメリカ軍の戦争が始まった。
 台湾も火種だ。中国は、この際台湾を併合しようと考えている。これは内戦だ。他の国は手を出すべからず。
 パキスタンとインド、イスラエルとパレスチナ、火種は世界中にある。
 ドルは暴落した。今アメリカに残っているのは、ハワイとアラスカ、グアム、そして各国にある米軍基地。今後、アメリカをどう再建すべきか、残ったアメリカ人達の知恵が試される。

 以前、小松左京の日本沈没を読んだ。地殻変動によって日本が海の底に沈む話である。確かに日本沈没は日本人にとっては大変な危機だった。だが、それによって戦争が起きることはなかった。
 しかし、アメリカが無くなったら、世界のパワーバランスはどうなるのか?。それは、とても難しい問題だ。今、アメリカは世界の警察を任じており、世界一の軍事力を誇っている。
 そして、ドル。ユーロも確かに力をつけてきてはいるが、未だにドルは世界の通貨であり、日本の外貨準備高もドルが大幅に占めている。

 これはフィクションでありえない話なのだけれど、時には別の発想をしてみることも良いのかもしれない。私は政治的なことはあまり得意ではないので、この本を読んでいても難しいなーと思ってしまった。でも、最後に新しいアメリカを建国するところが出てくる。人間は何があっても立ち上がる。そこが、人類の素晴らしいところなのだろう。

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2008年1月21日 (月)

宿神

 朝日新聞の朝刊に連載されていた新聞小説「宿神」が一昨日終了した。

 内容は、西行の生涯である。
 佐藤義清は、北面の武士として鳥羽院に遣えており、同僚の平清盛と仲が良かった。義清は、鳥羽院の中宮だった待賢門院璋子に恋をしていた。
 その頃、盛遠が源渡の妻である袈裟御前を切ってしまうという事件があった。袈裟御前に恋焦がれるあまりに起こした不祥事だった。盛遠は、その事件以来出奔した。
 義清も一度は璋子と結ばれたが、それ以来会うことも適わず、ついに襖絵に歌を書く行事で恋歌を書き連ね、出家してしまった。以来西行と名乗る。月日は過ぎ・・・・。

 この小説の題「宿神」。それは、申など河原者が信仰している神である。彼らは、その神のために祭りを行う。だが、宿神はただそこに居るだけで、何もしないのだという。願いをかなえることもない。もともと事物には何の意味も無く、幸・不幸は人間が感じるだけである。
 この考え方は納得がいく。塞翁が馬の諺もある。幸せと不幸は紙一重だ。ある人にとって幸せな出来事は、他の人にとっては不幸なことの場合もある。
 以前、私は神社では自分の現世的欲望を祈っていた。でも今は手を合わせはするが、願いを心の中で唱えることはあまりない。神とはそういうものでは無いような気がしてきたからだ。たぶん、いるだけで何もしない、というのが正しいのだろう。何かするのは、人間の力だ。

 しかし、それにしても恋心というか人間の業はすさまじい。盛遠は、隠遁して僧となっても袈裟御前の首をずーっと隠し持っていた。そして、西行もついに璋子の遺体を掘り出してしまう。しかし、その業はおぞましいというよりは、哀れである。
 いくつになっても悟るということなどできはしない。悩めるのが人間のようだ。それだけ愛せる相手にめぐり会えたということが、すごいと言えるのかもしれない。

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2008年1月16日 (水)

ロケット・ボーイ

 表紙カバーに月のクレーターらしき写真が載っていて、題名が「ロケット・ボーイ」。SF好きの私はおもしろそうと思って借りてきてしまったのですが、SFとは何の関係も無い小説でした。
 
これは、フジテレビで2001年1月10日~3月21日に全7回で放送されたドラマをノベライズしたものです。私はドラマは見てないのですが、本を読んだ限りではトレンディー・ドラマといった感じかなー。脚本が宮藤官九郎でノベライズが百瀬しのぶ。

 
主人公は小林晋平。銀河ツーリストの社員で、主任になったばかり。ある日、野球観戦の最中に生ビールをかけられてしまい、同じ被害にあった田中武徳、鈴木義行と知り合って仲良くなった。
 3人ともちょうど30歳前後。それぞれ悩みがある。小林の夢は宇宙飛行士。だが今は仕事もさえず、同棲相手にも逃げられた。鈴木の夢は野球選手。だが今はメンマを売っており、ラーメン屋の娘婿にと望まれている。田中の父親は財閥の会長、母親は有名フラワーデザイナー、兄は跡取りとして会社経営、彼は宣伝会社に勤めているが営業で大失敗。
 そんな3人がいろいろな事件に合いながらも、助け合い悩みを打ち明けあって、人生を生きていく。

 軽い内容の本で、するする読める。だけど、そんな中にも考えさせられることがあった。
 鈴木義行は結婚を目前に家出をする。日記には、「これでよかったのか、鈴木義行」と書いてあった。子供の頃の夢を捨て、現実的な職業につき、結婚して子どもをつくる。そういう人生でほんとうに満足なのか?。
 私たちは誰にでも子供の頃の夢があった。私の最初の夢は、正義の味方になること。テレビのヒーローにあこがれた。そして次第に夢は現実的になり、職業へと結びついていく。
 職業に就いて、最初の頃は無我夢中。だが、それが過ぎると矛盾が見え、妥協を覚えるようになる。そして、将来が見えてしまう。これでいいのか?と何度も思った。
 軽いノリで生きているように見える人にも、内面は複雑な思いがあるのだ。誰でも、どんな時代に生きていても、自分を失わずに生きていくというのはなかなか大変なんだなーと思いました。ドラマもきっとおもしろかったんじゃないかな。

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2008年1月 5日 (土)

13階段

 高野和明著「13階段」を読みました。第47回江戸川乱歩賞受賞作だそうで、さすが本格的なミステリーでした。

 刑務官の南郷正二は、死刑囚・樹原亮の冤罪をはらす仕事を請け負った。成功報酬はかなり高い。彼は仮出所中の三上純一を相棒に選び、事件の起きた中湊郡を調べ始めた。
 事件は10年前に中湊郡の山の上にある宇津木邸で起きた。保護司の宇津木耕平と妻が斧で惨殺されたのだ。樹原亮は、その近くの道路でバイク事故を起こして気を失っていたところを発見され、現場状況から容疑者として逮捕された。だが、樹原は事故でその前後の記憶を失っており、事件のことも覚えていなかった。
 三上純一も10年前にガールフレンドと一緒に家出して、この中湊郡に来ていたことがあった。そして、純一が逮捕された傷害致死の相手もこの中湊郡に住んでいる。
 南郷と純一は、様々な手がかりから少しずつ樹原亮と宇津木耕平について調べていった。樹原の死刑の期日は迫っている。ほんとうに、樹原は犯人ではないのだろうか?。そして2人は、冤罪をはらすことができるのだろうか?。

 10年前の事件について、警察も見逃した小さな手がかりが次々に出てくる。それには、純一の受刑者としての経験や南郷の刑務官としての交友関係もヒントになった。
 この小説は、真犯人を探すという部分も大きいが、それ以上に刑務所のあり方、刑務官の仕事、死刑制度について、考えさせられる内容だった。
 私は昨年9月に、笠松刑務所の内部を見学したことがある。その時は珍しい経験ができたと思っただけだが、この本を読んで改めてそのことについて考えさせられた。受刑者と刑務官の関係、受刑者の更正と教育。あそこで出会った刑務官は、若くてきりっとしていた。青色の制服に身を包み、きびきびと動いていた。作業場があり、受刑者が資格を取れる制度もあった。

 南郷正二は50近い歳だ。刑務官として、出世の階段も上がってきた。そして、刑務官の仕事の一つ、死刑執行も担ってきた。
 死刑執行が自動的に行われたら、と言った法務大臣がいたが、彼は署名をするだけだ。実際に施行するのは刑務官である。死刑とは国家による殺人である、といった人もいる。だが、死刑が廃止されればそれでいいのか?。被害者の気持ちはどうなる?。「目には目を、歯には歯を」のタリオの法を是とする考え方は根強い。被害者としては、犯人は殺しても飽き足らないであろう。
 謎解きにどきどきしながら、現実の制度をいろいろと考えてしまった。

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2007年12月31日 (月)

図書館危機

 「図書館戦争」、「図書館内乱」に次ぐ第3巻、「図書館危機」を読みました。やっぱり、おもしろかったです。もう図書館ワールドに、はまってしまいました。

 最初に、図書館での痴漢騒ぎ。全く本を読む場所で不埒な行為にふけるとは。被害者は鞠江。怒った堂上グループは、笠原と柴崎を使っておとり捜査を行った。
 次は、昇任試験。新人、笠原・手塚・柴崎の3人は受験モード突入。柴崎は筆記・実技共に余裕。手塚は筆記は余裕だが、今年の実技がなんと苦手な子どもの読み聞かせ。笠原は子ども好きなので実技はOKだが、筆記が問題。
 そうこうしている内に、茨城県図書館隣接の美術館展で大変な事態が!。今年の県展の最優秀作品が問題に。タイトルが自由。メディア良化委員会の制服を切り裂き、背後に青空を描いた作品だった。メディア良化委員会の検閲・没収は必至である。
 茨城県立図書館は図書特殊部隊に応援を求めてきた。大規模攻防戦が始まる。図書特殊部隊は、作品を守りきれるだろうか?。笠原郁にとっては始めて参加する銃撃戦、果たして無事生きて戻ってこれるのか?。

 この本では、笑えることもいくつかあるのだが、考えさせられることもたくさんあった。
 その一つが差別の問題。
 第2巻では、中途失聴者鞠江に関することででてきた障害者への差別。そして、この第3巻では、差別用語について語られていた。今の日本には、差別用語という観念が存在する。身体に関する言葉や職業に関する言葉など。放送や新聞などのマスコミは、そういう言葉を使わないようにしている。そういう言葉が使ってあるという理由で、放送されない歌も存在する。
 だが、言葉を使わなければ、差別は無くなるのだろうか?。また果たしてその言葉は、ほんとうに差別をしているのだろうか?。
 言葉は使われなければ無くなっていく。それは良いことなのだろうか?。

 メディア良化委員会との大規模攻防戦もすごかった。ここには無抵抗者の会というのも出てくる。無抵抗というのはいかにも良さそうだが、それは相手にこちらを尊重する意思がある場合だけ成り立つ。無抵抗でやられていては、何の役にも立たないのだ。
 自分の信ずるものを守るというのも、つくづく難しいなと思った。
 あっ、でも本は楽しめます。難しい理屈は書いてないです。それは、私が思ったこと。

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2007年12月27日 (木)

図書館内乱

 有川浩著「図書館内乱」を読みました。これは、以前読んだ図書館戦争の続巻です。図書館戦争が売れたので、シリーズ化したとか。続きを2冊みつけたので、早速借りてきました。

 1巻目は、図書館とメディア良化委員会との闘争についての話でした。図書館が政府組織と武力闘争をするという観点で書かれていたのが、とても目新しく新鮮でした。

 今回の第2巻は、図書館側の内部事情について書かれています。

 最初は小さなできごとがいくつか。まず、笠原郁が戦闘職種だと知らない両親が職場を見に来た。
 次は小牧幹久。彼の恋人・鞠江は中途失聴者である。彼女に難聴者が主人公の本を勧めたとして、小牧はメディア良化委員会に連れ去られ、査問会にかけられた。

 そして、手塚光には、兄慧から誘いの手が。慧は図書館未来企画を作り、図書館を文科省の傘下に入れようと画策していた。

 柴崎麻子にも朝比奈という若者から誘いの手がかかる。

 図書館は単純な正義の味方ではない。

 確かに本を守ろうとする組織ではあるが、その中身は1枚岩では無いのだ。

 まず、行政派と原則派の対立。行政派は、図書館も現実の政治に合わせて活動すべきだと主張している。それに対し原則派は、読書の自由を守るためには政治との対立も止む無しという考えだ。この物語の主人公の笠原郁や堂上篤もこの立場。

 そして、今回新しくもう一つの派閥が明らかとなった。中央集権主義者の集まり、未来企画。笠原郁は彼らの手にひっかかり、図書館行政派の査問会にかけられてしまった。

 果たして、堂上グループ6名は、自分達の主義主張を守るため、戦っていくことができるのだろうか?。

 一作目に比べると新鮮味も薄れ、ちょっとマンネリ。話もそれほどメリハリが効いたものではない。でも、この図書館ワールドに身を置いた者にとっては、やはり楽しめた。

 笠原の純粋さに、柴崎の頭の良さに、そして真面目一本やりの堂上に共感を覚え、思わずうるうるしてしまう。

 どんな組織も全ての人間が同じ志を持っているわけではない。組織が大きくなればなるほど、その統率は難しい。だが、個人としてなんとか公正に、そして自分の主義主張を曲げずに闘う、そういう生き方ができる集団に所属しているというのは、うらやましいと思った。

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2007年12月14日 (金)

臓器提供者(ドナー)

 米山公啓著「臓器提供者 ドナー」を読みました。

皆さんは、臓器移植についてどう考えておられるのでしょうか?。医療の進歩、素晴らしい福音、助かる患者が増える。確かにそういうプラスの面は大きいでしょう。生きていたい、それは誰だって思うこと。重い病ならなおさら。延命し、しかも普通の生活ができるチャンスがあるなら、手術を受けたいという患者は多い。
 
だけど、臓器移植には負の面がある。それは、死体が必要だということ。それも生きている死体。脳は死んでいるが臓器はまだ生きて動いている、新鮮な死体。しかも、若くて健康なら尚良い。病死ではなく、事故死がいい。だけど、自分とHLA(細胞表面抗原群)が一致する脳死状態の人間が、そう簡単に見つかるのだろうか?。

山手病院の玉城院長は、臓器移植専門病院を造りたかった。そのために違法な手段を使ってまでも中目黒厚生病院を破産させて乗っ取り、院長に納まった。
 
だが、日本ではドナーを集めることは難しい。まずドナーカードを持っている人間が少ない。そして、ドナーカードを持っている人間が脳死状態になったとしても、親族が反対すれば移植手術を行うことはできない。
 
山手病院の経営も赤字だ。玉城院長は、資金不足を補うため、ついに臓器ブローカーと手を結んでしまった。大金持ちで臓器移植を必要としている人々、彼らに大金で必要な臓器を提供する。だが、その臓器をどこから手に入れるのか。玉城院長は様々な手段をとって、臓器を集めていった・・・・。

こういう小説を読むと、ドナーカードは持ちたくないな、と思ってしまう。ドナーカードがあるが故に、もしもの時に救命より移植が魅力的に思われたりしたら?。著者が医師で作家というのも、ひょっとしてと思わせられてしまう。
 
ところで、脳死はほんとうに人間の死なのだろうか?。これもまだ分からないところが多いような気がする。

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2007年11月29日 (木)

結党!老人党

 三枝玄樹著「結党!老人党」を読みました。
 いやー、おもしろかった。老人パワー炸裂!。国会・選挙がとても身近に感じられました。

 宮下辰夫は、ある日庭で倒れ、病院で自分が内閣総理大臣に選ばれる夢を見た。そして、退院して息子と酒を飲んだとき、それが小学生の時の夢だったと自覚した。
 自分はもう72歳。退職して、趣味も無い。息子にやりたいことをやれと言われて、ついその気になってしまった。老い先短いこの人生を、政治の浄化に賭けてみようと。
 翌日から、巣鴨とげぬき地蔵で演説を始めた。最初は、聞いてくれる人は少なかった。だが、次第にその演説が共感を呼び、老人が集まってきた。老人党と名前を付け、いつか選挙にと老人ホームも回って支持者を集めていった。
 この動きを脅威に思った自連党は、早期に叩き潰すべしと、なんと解散・総選挙を打ち出してしまった。
 素人集団の老人党の面々は、個人の貯金をはたいて立候補し、選挙運動をすることになった。宮下辰夫も、知り合いになった山下さんやシゲさん、そしてシゲさんの店で働くイメクラ嬢と共に、選挙運動を始めた。
 さあ、選挙運動の行方は?。宮下辰夫はほんとうに国会議員になれるのか?。老人党は政党として認められるのか?。政治の浄化はできるのだろうか?。

 読んでいる内にドキドキしてきました。素人が国会に行く、そんなことができるわけがない、普通はそう思いますよね。選挙の供託金だけでもけっこうお金が要るし、ポスター代や街宣車のリース料、選挙事務所の設立などなど、ハードルはかなり高い。
 でも、宮下辰夫は思ったのです。老人だからできるのだと。
 老人には守るべきものが無い。親はもう亡くなっている。息子や娘は独立した。老い先短い人生、金ももうそんなには要らない。だから、やろうと思えば何でもできる。恐れるものは何も無いのだ。
 ただ、子ども達や孫達の世代のために、より良い日本を作ってやりたいのだと。

 新聞を見ていると、ほんとうに政治の世界のあれこれにため息が出てきます。今日も前防衛次官が逮捕されたという記事が一面に載っていました。
 しかし、これらのことがいろいろ出てきたのも、今の国会で2つの政党が拮抗しているおかげだと思います。一つの政党だけが突出していたら、誰も国会で質問などをせず、何かあってもうやむやになっていたかもしれません。
 私たちはついつい一人だけ言ってもと思うのだけど、1票の行方をしっかり見て、たまには退屈な国会中継にもチャンネルを合わせる必要があるなーという気になりました。

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2007年11月10日 (土)

がんに負けない、あきらめないコツ

 時々、無性に癌関係の本を読みたくなることがあり、図書館で借りてきました。鎌田實著「がんに負けない、あきらめないコツ」

 この本は、私と同じ乳がんの松村尚美さんと鎌田医師との往復書簡を元に、鎌田医師が他の医師や専門家と対談したことを付け加えて書かれています。月刊「がんサポート」で約1年半連載したものに加筆されたのだそうです。

 松村尚美さんは、1953年生まれ。1998年44歳の時に乳がんがみつかり乳房温存療法。2年後、鎖骨と脇の下リンパ節に再発転移。2005年2月に亡くなられました。
 往復書簡では、松村さんは乳がん患者の気持ちについて書かれていました。鎌田医師に「がんばらない」そんなことができるのでしょうか、と言っています。癌患者は不安と共に生きています。その気持ちを受け止めてくれるところが欲しいと。
 皮膚転移して、傷口が臭ったり痛んだりする、その苦痛。そして、高額の医療費に対する心配。あからさまには書かれていませんが、がん患者の不安と哀しみが行間にあふれていました。もちろん、日々生きている喜びもあったのですが。

 鎌田医師は、その松村さんに対し、なんとか励まそうと苦心されていました。童話を送ったり、希望がみえる話をしたり。
 その希望がみえる話の中に、癌が自然退縮した人の話がいくつか載っていました。癌の自然退縮、それは現実に何例も存在します。ただ、がん患者の人数に比べて、それはあまりに少なく、どうして癌が小さくなったり消えたりするのか、という理由は分からないのです。鎌田医師の病院でも、進行がんで転移もあるのに元気な方がおり、自然退縮も3例経験されているそうです。
 癌が自然退縮した人の話をいろいろ探すと、その方たちに共通のことが一つあるそうです。それは、必ず実存的転換をしているのだそうです。実存的転換、むつかしい哲学的なことばですが、簡単にいうと生き方や考え方を変えること。仕事一筋できた人は、仕事を辞める。家族間に確執があった人は、そのことにこだわらない。仕事や確執は場合によっては、大きなストレスになります。それから開放されることが第一歩。その後のことは千差万別だそうです。

 他の専門家の方との対談も載っていました。食物と栄養について、サプリメントの話、免疫学、精神衛生など。どれにも何らかのヒントはあるのですが、確定的なものは一つもありません。
 癌とは不思議な病気だそうです。一気に悪くなるようにみえて、実はそうではない。良くなったり悪くなったりを繰り返すこともある。「がんばらない」けれども「あきらめない」ことが大事ではないかと書かれていました。
 私も自然体でゆったり生きるようにしていきたいと思っています。

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2007年10月27日 (土)

神の鉄槌

 アーサー・C・クラークの「神の鉄槌」を読みました。実はこの本、旅行の退屈しのぎに読もうかと持っていったのですが、ほとんど読まずに持ち帰り、帰ってきてからゆっくり読みました。今回の旅行、退屈してる暇がありませんでした。

 内容は、地球滅亡物語の一形式、小惑星が地球に激突!です。
 2109年、火星に住む医師でアマチュアの天文学者が一つのアステロイド(小惑星)を発見した。その軌道を詳しく計算すると、なんとそれは約8ヵ月後に地球と衝突するというのだ。その小惑星は、カーリーと名づけられた。
 木星の軌道上を航行している宇宙船ゴライアス号は、カーリーの軌道を変えることができるマスドライバー「アトラス」を載せて、カーリーへと急行した。アトラスは、無事カーリーに設置され、その推進力で少しずつカーリーの軌道を変えていった。
 だが、新興宗教クリスラム教の再誕派の工作により、アトラスは突如爆発し、軌道を変えることは不可能になってしまった。
 ゴライアス号は、それ自身をマスドライバーにしようとしたのだが・・・・・。

 映画「ディープ・インパクト」は、この物語の内容を一部参照して作られたのだそうである。確かに、時代は現代に近くなっているけど、物語の設定は、よく似ている。
 それにしてもアメリカ映画というかハリウッドは、地球消滅ものがけっこう好きである。隕石衝突も、他にもハルマゲドンやメテオなどいろいろ。

 物語自体は、それほどとも思わなかったが、この小説に出てくる「ブレインマン」はいいなっと思った。私たちは思い出を写真やビデオに残す。この時代では、それは記憶チップに残すことができるのだ。
 できごとの全ての記憶を収めたチップ、しかもそれは編集可能。人は思い出に浸りたいとき、それを取り出して頭にキャップをかぶるだけで良い。旅行の思い出、子供の頃の思い出、いつでもその時に還ることができる。もちろん思い出だけに浸るのは問題だけど、退屈な宇宙旅行!にはもってこいの代物かも。
 単行本の代わりに記憶チップを持っていく時代、そんな時がいつか来るかな。

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2007年9月30日 (日)

THE X-FILES

 THE X-FILESの「呪われた抗体」を読みました。
 このシリーズはテレビで何作か見ましたし、小説もこれで4作目です。FBI捜査官のフォックス・モルダーとダナ・スカリーが未解決事件を捜査していく。その未解決事件を綴じたものが、いわゆるXーFILESといわれるもの。そこには、なぜか宇宙人?の痕跡が認められる。
 フォックス・モルダーは、妹をUFO?に連れ去られた過去を持つ。ダナ・スカリーは医学者であり、合理的な考えを持っている。しかし、ある事件で宇宙人?の関与により死にかけ、癌を患う。

 ガン治療研究所が襲撃され、研究者は全員死亡。そして、研究成果も全て破壊された。しかし、その研究所にいたディビッド・ケネシー博士は、研究の成果を愛犬ベイダーと彼の息子ジョディに施していた。
 彼の研究は、ナノテクノロジー。血液の中に入ったナノクリッターは、そのDNAを複製し、怪我や病気をの細胞を修復していく。彼は、白血病にかかった息子を治療しようと研究を始めたのだった。研究は成功した。愛犬ベイダーは拳銃で撃たれても、翌日には傷一つ無く回復していた。しかし、ジョディの白血病は?。
 妻パトリスと息子ジョディは逃げた。その研究を快く思わない者達から。彼らは逃げおおせるのか?。研究の成果は、どうなった?。

 ナノクリッター、傷ついた全てのDNAを修復し、あらゆる怪我や癌さえも治してしまう、そんな夢の治療があったら、どんなに素晴らしいだろう。
 だが、それは恐ろしい未来をもたらす可能性もあるのだ。もし、少しでも違うDNAと結びつき、それが体内でどんどん複製されていくとしたら?、人間はおぞましい怪物となってしまう。
 また、死なず病気にもならず、永遠に生きられたら、世界の人口問題は?。

 人間は誰でも死にたくは無いと思うだろう。私も自分の癌が治ったら、ずーっと長生きできたら、とどんなに渇望していることか。
 だが、永遠に生きることはもっと難しい問題があると思う。不可能だからこそ、生きていかれるのかも。
 人類を監視する者達がやったことは正しいのだろうか。全ての病気や怪我、老化さえも治すもの、人類はまだそのようなものを受け入れる準備はできていないのかもしれない。

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2007年9月16日 (日)

カムナビ下

 世界には、きれいな円錐形の形を持ち、風化しにくい山が存在する。それらの山は表面がガラス化した岩でできているため、他の山に比べて風化しにくいのだ。だが、そういう山は火山では無く、岩がガラス化する程の高熱がどこから来たのかは、謎である。
 日本では奈良の三輪山、カムナビ山・神の火の山。

 葦原志津夫は、ブルーグラスの遮光器土偶に触れて体に蛇のような鱗が表れた。彼は、同じ蛇のような鱗を持つ女性・名椎真希と共に行動し、愛知県名古屋市にある熱田神宮へと赴いた。そして、そこで志津夫の父と出会った。父もまた皮膚が鱗のようになっていた。
 2人は、父が止めるのを振り払い、熱田神宮から草薙剣を盗んだ。それを持って三輪山へ行った2人は、とんでもないものをよみがえらせてしまった。天から巨大な光の矢が降ってくる、カムナビが始まった!。

 この本には、”オルバースのパラドックス”という説が出てきた。
 夜空は、なぜ暗いのか?。宇宙には、無数の星が存在する。それなら夜空のどこを見ても星が全天に見え、太陽のような灼熱の輝きで満たされるはずである。その結果、地球の気温は上昇し、生命の存在すら不可能になる。なのに、なぜ星は少ししか見えないのか?。
 たとえ、星の距離が遠くても、星の数は三千億(銀河系の星の数)×数千億個(宇宙にある銀河系の数)もあり、距離や宇宙空間のちりを差し引いてもその光量は膨大なものになるはずだ。
 
 この本では、この謎を解く鍵がダークマターであり、宇宙生物だというのだが・・・・・。
 日本の神話から始まった話は、ついに宇宙の謎にまで飛んでいった。フィクションなので、この小説に書かれていることを信じるわけではないけれど、小説の下敷きとなっている記紀神話の記述は事実であり、オルバースのパラドックスは宇宙の成り立ちビッグバンとも関係している。
 ストーリーもおもしろかったが、ついでにちょっとした知的刺激ももらえた小説だった。

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2007年9月 7日 (金)

カムナビ上

梅原克文著「カムナビ上」を読みました。

竜野助教授は、遺跡発掘場所の近くで黒こげ死体となって発見された。その死体は不思議にも金歯やチタンまでもが溶けていた。摂氏1700度以上の熱で焼かれたとしか思えない状態である。

葦原志津夫は、彼の焼死にブルーグラスの遮光器土偶が関係していることを知った。彼の父は10年前に失踪しており、それもまた青い土偶に関係があるらしいと分かった。

ブルーグラスの遮光器土偶、製造年代は約3000年前の縄文時代。だがその頃の日本には、ブルーグラスを作るために1200度まで窯の温度を上げる技術は存在しなかった。

この本には、古代日本に関することがたくさんでてきます。魏志倭人伝、古事記、日本書紀、万葉集、平家物語、源平盛衰記、などなど。

日本の古代史も分からないことがいっぱい。例えば、邪馬台国はどこにあったのか?、女王卑弥呼の持つ力とは何か?。

日本各地にある様々な民話や言い伝え、土俗信仰などの中にも不思議な話や神、妖怪などが多数出てくる。それらは、空想の産物か?、それとも元になる何かがあったのだろうか?。

古事記や日本書紀は、大和王朝が自分たちに都合がいいように歴史を書き直した本である。大和朝廷に滅ぼされた側から書かれた歴史書には、何が書かれていたのだろう。果たして、そのような本は存在するのだろうか?

この小説では、被征服者側から書かれた歴史書「旧辞(くじ)」があったと書かれている。そして、それを代々伝え隠し持っていた伯家流神道の一族がおり、その娘祐美は不思議な力を使った。

また、青い土偶に触ると鱗のようなものが皮膚に現れる。謎の女性・名椎真希、彼女も不思議な力を持っており、体には蛇のような鱗があった。

日本各地に伝わる蛇神の言い伝え、それは青い土偶とどんな関係があるのだろう。

今のところ上巻を読んだだけなので、伏線ばかり。下巻が楽しみです。

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2007年8月23日 (木)

図書館戦争

 有川浩著「図書館戦争」を読みました。
 おもしろかったー。久々に感情移入できる本を読みました。

 主人公は、笠原郁。高校3年生のとき、書店で出会った図書館員にあこがれて、図書館の防衛員として就職した。
 私は子供の頃とても本好きで、大きくなったら本屋さんになりたいと思っていた。長じて図書館の司書もいいなーと思っていたのだ。高校の時に理数系に目覚め、別の道を進んだけど、この時代なら私も絶対に図書館員を目指しただろう。

 この世界では、昭和最終年度に成立・施行された「メディア良化法」によって、公序良俗を乱すすべての書籍は、政府が検閲し取り締まることが可能となった。しかし、そこに立ちはだかったのが「図書館の自由法」である。
 図書館は、資料収集の自由・資料提供の自由・利用者の秘密を守り、すべての不当な検閲に反対するために権力に立ち向かったのだ。権力側は、武力に訴えても図書館を屈服させようとした。そして、図書館側も武装し、ここに合法的?な良化特務機関と図書館隊の局地紛争が始まっていた。
 笠原郁も就職して最初に始まったのが軍事訓練。そして、図書特殊部隊に配属され、司書の訓練も受け、良化特務機関の襲撃も経験する。
 本を守るために、読書の自由を守るために、命を張る人達がここにいた。

 レイ・ブラッドベリの華氏451を始め、図書を守るというテーマは他にもあったと思うが、図書館と戦争という組み合わせは珍しい。
 この本、とってもおもしろかったが、現実にこういう世界にだけはなって欲しくない。くだらないものも含め、いろんな本があるからこそ読書は楽しい。私は小説が大好きだ。そこには架空の世界があり、その中で遊ぶことができる。
 現実の日本、時折きなくさい動きが見られることもある。戦争中は軍部の検閲があり、国民は負けていることを知らなかった。戦後は、教科書に墨を塗った。その時代にだけは戻ってはいけない。
 読みやすくおもしろい本の中に、検閲の恐ろしさをふと感じてしまった。

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2007年8月12日 (日)

プリズンホテル

浅田次郎著、「プリズンホテル」を読みました。

ありえない設定ですが、ばかばかしい話の中にちょっぴりほろっと泣ける部分もあって、とっても良い小説でした。

小説家・木戸孝之介の伯父仲蔵は、やくざでホテルのオーナーだった。彼のホテルは、奥湯元あじさいホテルという名前だが、地元ではプリズンホテルと呼ばれている。そのホテルの従業員は、やくざの組員と外国人(主にフィリッピン人)。そして客は、もちろんその筋の方達。

ところがそこへかたぎの客や従業員がやってきた。プリンスホテルからやってきた支配人とシェフ。作家の木戸孝之介とその愛人清子、離婚しようと思っている若林婦人と何も知らぬ夫、一家心中をしようと思っている親子連れ。

台風の一夜、清子の元亭主や家出した作家の母親、元ホテルのオーナー一家の幽霊も現れ、プリズンホテルは大忙し。

しかし、この奇妙なホテルはオーナー仲蔵の人柄もあって、なぜか安息の気配が漂い、最後は大団円となって、全ては治まります。

現実には、やくざ(暴力団)の団体が宴会をやるようなホテルは、怖くて泊まれない。でも、このホテルなら、泊まってもいいような気がする。

礼儀正しく、順番にカラオケを歌うやくざ達。翌朝は、楽しくソフトボール。タガログ語なまりの日本語で、かいがいしく客の世話をするアニタやゴンザレス。

現実の世界にも大変なことはいっぱい。一生懸命働いてもうまくいかないこともある。人の心の奥は、誰にも分からない。

そんな中で、ゆっくり温泉につかって、来る者拒まず、浮世の垢を流すのもいいかも。2泊3日、奇妙な温泉の旅を楽しませてもらいました。

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2007年7月28日 (土)

おしん下

 おしん上の続きです。
 竜三と一緒に佐賀へ帰ったおしんを待っていたのは、おしんを嫁と認めない姑だった。おしんは辛抱したが、結局うまくいかず、怪我をして、子供を死産し、一人佐賀の家を出た。
 その後、東京でどんど焼きをやったり、山形で農家の手伝いをしたり、酒田で飯屋をやったり。ついに浩太の勧めで伊勢で魚の行商をやるようになり、竜三もやってきて、二人でまた商売を始めた。仁が産まれ、加代の忘れ形見・希望を引き取り、山形から売られてきた初子も引き取った。禎も生まれ、4人の子供を育てるため、竜三とおしんは一生懸命働いて、店は繁盛していった。
 満州事変が勃発し、竜三は軍に物資を納入するようになった。やがて太平洋戦争となり、竜三の仕事も大きくなったが、ついに敗戦。長男・雄は戦死し、竜三は自殺した。
 しかし、おしんはまた行商からはいあがり、仁と共に店を始め、スーパーへと発展させていった。だが、そのスーパーも大手スーパーの進出で倒産の危機が迫っていた・・・・。

 よくなったかと思うと、また危機。商売に浮き沈みはつきものとはいうものの、次から次へといろんなことがやってくる。自分のことだけでなく、関東大震災、太平洋戦争と個人ではどうしようもないことも多数あった。だが、その中にあっても、前向きに考え、また新しい商売を始めていく。この根性はすごい。私にはとても真似ができない。
 我が家は、親もサラリーマンだった。私もそう。きちんと大過なく勤めれば、毎月決まった給料が入ってくる。こういう生活になじんでいる人間には、起業はできないなーとつくづく思う。

 人間、うまくいっている時は周りもちやほやしてくれる。うまくいかなくなった時にどうするか、そこで人間の価値がでてくるのだろう。
 スーパーたのくらが倒産の危機に陥った時、おしんは言った。「どん底に蹴落とされて這い上がれないような人間なら、それだけの人間だったのです。野たれ死にしたって仕方ありません。」
 なんて強い言葉だろう。貧乏なんて怖くない、どん底になったらまた這い上がればいい。そう思うことができるなら、自殺する人も減るのではないか。私達は贅沢に慣れすぎたのかもしれない。何かを失う恐怖、それに面と向かっていくことが必要なのだろう。

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2007年7月14日 (土)

おしん上

 この本は、橋田壽賀子原作のNHK連続テレビ小説「おしん」の放送台本を元に小説化されたものです。

 物語は、83歳になったおしんが、旅に出る場面から始まった。おしんは、今までの自分の生きてきた道を見たいと思ったのだ。

おしんは、山形の山奥にある小さな村で生まれた。おしんの家は小作で兄弟も多く、米がとれないと食べるにも事欠く始末だった。おしんは7歳のとき、米1俵で1年の子守奉公にあがった。しかし、そこの奉公はあまりに理不尽であったため、ついにおしんはそこを抜け出してしまった。雪山の中を道に迷い、逃亡兵の俊作に助けられた。

おしんは家に帰ったが、やはり長くはおられず、次は酒田にある米問屋・加賀屋へ奉公に行った。そこでは大奥様にかわいがられ、同年の娘・加代とも仲良くなって、16歳まで働いた。

しかし、左翼の活動家・浩太と知り合い、加代も浩太を好きになって一緒に東京へ行ってしまったため、おしんは加賀屋を出た。おしんの姉・はるは、製糸工場の仕事が元で結核にかかり、亡くなった。はるの最後の言葉で、おしんは東京へ出て、髪結い修行を始めた。おしんの髪結いの腕はあがり、おしんは田倉竜三と結婚した。

竜三の店はいったんつぶれかけたが、おしんの才覚で子供服を始め、流行に乗ってどんどん大きくなった。そして息子も産まれ、田倉商店は大きな工場を建てた。が、そこに関東大震災が襲い掛かった。

私は連続ドラマは見ないので、この話も題名ぐらいは知っていましたが、内容は全然知りませんでした。評判になったテレビ小説だけあって、なかなか読み応えがあります。

おしんが7歳で子守奉公に行った時の話は、泣けて泣けて。こういう暮らしもあったかと思うと、日本の農村、戦前の小作の貧しさをつくづく感じさせられました。

でもおしんは負けなかった。次は自分から奉公先へ行き、帰れと言われても雇ってくださいと頼み込んだのだ。そのひたむきさ。そして骨身を惜しまず、せっせと働く。貧しい暮らしの中でも、明るく生きるということはすごいことだと思う。田倉商店がつぶれかけた時でも、ほんとうの貧乏はこんなものじゃない、子供の頃の苦労を思えばどんな底辺からでも這い上がってこれる、そう言えるだけの強さをもっていた。

人は金が欲しいと思い、貧乏はいやだと思う。でも、おしんは貧乏に負けない強さを持っている、これがこの小説の魅力だと思った。続きが楽しみである。

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2007年6月25日 (月)

鉄人28号

「鉄人28号」、原作 横山光輝、著者 重馬 敬。

 鉄人28号のアニメを知っている人は、私と同年代かな?。そうです、♪ビルの町にガオー♪のあれです。グリコ提供の番組でした。

 図書館でこの本を見つけた時は、びっくり。これは、アニメがノベライズ化されたもののようです。一番後ろのページを見てみたら、平成16年十月1日初版発行と書かれていました。けっこう新しい。

 話は、ある島にあった金田博士の研究所が、PX団によって爆破・破壊されたところから始まります。警視庁の大塚警視は、そこで5歳の金田正太郎と彼が操縦する鉄人28号を見つけた。

 それから6年後、金田正太郎は少年探偵として、鉄人28号と共に怪ロボットとそれを操る悪漢たちと戦っていた。そこへレナーテが現れた。彼女は不乱拳博士の娘で、悪者ゼット団に囚われている父を助けるために、正太郎と鉄人28号の力を借りにきたのだ。助力を約束する正太郎。だがしかし、実は不乱拳博士はゼット団の財力を使って、鉄人28号をやっつけるためのロボット・ブラックオニックスを造っていたのだった。

 最初の東京タワーでの戦いでは、鉄人28号が負けてしまった。そして、次の戦いは荒川の土手。おりしも大雨で荒川は氾濫寸前。どうなる、鉄人28号!。そして、正太郎とレナーテの運命やいかに?。

 アニメのノリで本を読んではいたのですが、私が知らなかったことがたくさん出てきました。

 先ず、鉄人28号は、どうして造られたのか?。実は、鉄人28号は第二次世界大戦(太平洋戦争)の申し子だったのです。日本の軍部は、劣勢の戦局をなんとか挽回しようと、ロボット兵団を作るために、金田博士と不乱拳博士に研究を行わせていたのでした。

 あのゴジラが原爆実験の申し子だったように、ロボットもやはり軍事目的から始まっていたのです。ゴジラの映画は特撮で有名になったけど、第一作はとても暗かった。この鉄人28号も物語の中に戦争の影響があり、暗さを秘めています。でも、正太郎とレナーテという2人の子供が未来を明るくしていた。

 ただ懐かしさだけで読んだ本でしたが、楽しいだけの話では無いことが分かったのは、一つの収穫でした。

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2007年5月18日 (金)

ガンをつくる心 治す心

 土橋重隆著「ガンをつくる心 治す心」を読みました。
 表紙に、西洋医学にも代替療法にも治癒させる力はない!、と小さく書かれていました。著者は、西洋医学を信じ、外科的手術に何年も従事した後、なぜこんなに一生懸命治療をしているのに患者は減らないのか?、いやむしろ増えているのはどうしてか?と疑問を持ったのでした。そして、終末期医療として様々な代替療法も行っている病院に勤めました。
 その病院で、著者は患者に「なぜ、あなたはガンになったと思いますか?。」という質問をしたのです。その結果、ガンの部位によってその答えに似た傾向があるのが分かった、と書いています。

 右乳ガンには、「家庭内の問題」、左乳ガンには「肉体の酷使」があった、のだそうです。
 実は、これには私にも思い当たることがあります。左乳ガンの人は、仕事を断れずついつい引き受けて一生懸命に働き、多大な肉体的ストレスを受けていた時期がある人が多いのだそうです。私もそうでした。年々仕事は忙しくなるばかり。しかも本当にやりたい仕事はどこへやら、枝葉末節的なことばかり増えて、書類は山積み。そんな状況に嫌気がさしていたのでした。
 やはり、ストレスが肉体に与える影響は大きく、場合によってはそれはガンをも引き起こすのかもしれません。

 著者は、「ガンを治す心」として、進行ガンが自然治癒した珍しい人を事例にあげています。彼らがしたことは、ガンを作った現実を離れること。仕事を辞める、思い切って旅行に出る、他の人のために働く等。そして、ガンになった現実を忘れ、自分流の生き方ルールで生きるのです。
 治そうと思ってはいけない。自分を見つめ、自分がしたいことをするのが良い。それは、周りにとらわれず非常識に生きること、だそうです。この結論は、納得がいきます。私もけっこう無理をしてきたなーと思いました。
 「ガンを治す心」、医師にも宗教家にも教えられない自分流の生き方。自分がほんとうにしたいことは何か、自分を見つめるというのは、けっこう難しい。

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2007年5月15日 (火)

日本のがん医療を問う

 NHKがん特別取材班「日本のがん医療を問う」を読みました。この本は、6つの章からなっています。
        [第一章 命をつなぐ世界標準薬が使えない]
 大腸ガンを再発し、未承認薬オキサリプラチンの治療を受けた佐藤均さんの話。彼は、がん患者会の会長として、自分と同じ未承認薬を待ち続ける患者のために、混合診療の解禁と治療薬の早期承認を国に訴えた。
        [第二章 揺らぐがん検診]
 視触診で乳がんを見落とされた光吉照江さんの話。検診の有効性、マンモグラフィーの読影のむつかしさ、自治体の検診費用の削減等、日本の検診には様々な問題がある。
        [第三章 相次ぐ放射線治療事故]
 下咽頭がんで放射線治療を受けた多田正二さんの話。日本には放射線治療専門の医師は極端に少なく、また治療専任の診療放射線技師のいる病院も少ない。
        [第四章 病院で差がつく生存率]
 日本では、診療は臓器別に行われており、体全体を診るがん専門の医師はいなかった。新しく腫瘍内科医の制度はできたが、まだまだその数は僅かであり、抗がん剤に慣れていない医師が毒性の強い薬を使って誤った治療を行う場合もある。
        [第五章 「救える命を救う」アメリカのがん治療]
 アメリカでは抗がん剤専門医が数多くいて、抗がん剤の投与は彼らが行っている。また、患者の病気に対し、必要な場合は何人かの医師がチームを作って治療を行っている。
        [第六章 がん死亡率は下げられる]
 アメリカでは、乳がんと子宮がん、大腸がんの検診は無料で、場合によっては無料で治療も受けられる。肺がんに対する危険性が高いタバコについては、禁煙教育・禁煙治療が推進されている。

 日本には素晴らしい国民皆保険の制度があり、病院や治療も自由に選ぶことができます。でも、今その制度は危機に瀕しており、がん難民という言葉さえ産まれています。
 アメリカの制度が全て良いとは思えません。でも、アメリカで次々に新しい抗がん剤や治療法が研究され、治験がなされていることも事実です。
 私は、自分が癌になって始めて、日本の医療制度について調べ考えるようになりました。健康な時は、医療ニュースなど見もしなかった。この本を読みながら、毎日のように新聞に載っている医療ニュースを思い出し、納得しながら読みました。問題点は分かるのですが、ではどうしたらいいのかはほんとうに難しいと思います。

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2007年5月 8日 (火)

日本沈没 第二部

 小松左京+谷甲州著「日本沈没 第二部」を読みました。
 物語は、あれから25年後の慰霊祭から始まる。日本列島が海に沈み、最後の避難民が逃げ出して救助活動が終わった日。日本国民は世界各地で、失われた列島と犠牲になった人々を悼み、黙祷を捧げた。
 日本列島は失われた。だが、日本国民の多くは生き残り、世界各地の入植地で農地を切り開き、工場を作り、自分達の生活を向上させていった。それは大変な道のりだった。数々の苦難があり、現地政府との軋轢も多かった。
 日本政府もまた規模を縮小して、世界各地の拠点から国民に施策を施していた。中田首相は、日本国民を再編成して、元の日本があった場所に巨大メガフロート(海上浮遊都市)を造ろうと画策していた。
 だが、日本沈没は地球大変動の前触れに過ぎなかった。日本が作った地球シュミレータでは、日本沈没の際の火山噴火による降灰で、地球は徐々に冷えてゆき、20年後には地球に氷河期が訪れる、という予測が立てられていた。
 地球は、今後どうなっていくのだろう。そして日本国民がたどる道は・・・・・。

 物語は、日本から地球全体へと広がっていく。日本国民が地球市民となっていく日、ナショナリズムとコスモポリタニズム、私達はどちらを選ぶのだろう。
 私も海外旅行から戻って日本の景色を見た時、ああ日本はなんて美しい国なのだろうと思ったことがある。ほんの短い旅行でもそう思うことがある。確かに外国には壮大な自然がある。しかし日本には、箱庭のように美しいという言葉そのままの、小さいけれど緻密な美があるのだ。
 海外ロングスティも流行っているが、やはり望郷の思いは誰の胸にも宿ることだろう。この本にも、海の底に沈んだ日本を深海艇のカメラで写す場面があった。田圃、電柱が建ち並ぶ道路、大きな時計のついた校舎、懐かしい景色の数々。望郷の思いは断ちがたい。
 私も日本国民である前に地球市民でありたいとは思う。だがやはり、住み慣れた場所で同じ言葉を話す人々と暮らしたい、という気持ちは大きい。

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2007年4月20日 (金)

恍惚病棟

 山田正紀著「恍惚病棟」を読みました。
 プロローグは、聖テレサ病院に入院していた痴呆症の老婆が、久しぶりに家に帰って、息子夫婦を殺してしまうところから始まる。
 平野美保は、心理学を専攻する学生で、聖テレサ病院でアルバイトをしていた。彼女が担当する老人性痴呆患者は7人。それぞれみすんな個性がある。
 伊藤道子は老人だが、自分を22歳だと信じていた。ある日、スーパーへ買い物に行き、そこの駐車場で倒れて亡くなった。
 野村恭三は大会社のオーナー会長だったが、やはり痴呆になり、病院でもいつもいばりちらしていた。彼は、リネン室でシーツの下敷きになって窒息死した。
 愛甲則子は、銀座のバーのマダムだったので、いつもおもちゃの電話でバーテンにつまみの指示をしていた。彼女は、お風呂に一人で入って、おぼれかけた。
 吉永幸枝は、電話で死んだ人と話ができるという。
 いったい老人達に何が起きたのか?。どうして急に亡くなったり、おかしな症状が増えたりしたのだろうか?。

 老人性痴呆、これも現代の大きな病気の一つで、治す薬は無い。だが、もし有望な治療法を見つけたとしたら?。動物では有効でも、人間には?。
 人の心の中には、いろいろな闇がある。恨み、憎しみ、金にまつわる諸々。そして、医学にも闇はある。新しい治療法の開発にはお金がかかる。医者の名誉心。新薬の副作用で命を落とす患者達。
 この本は老人医療に焦点を当てているが、病院はどこも同じだろう。そこには、献身的な医師や看護士が大勢いる。だが、それだけでは救われない現実がある。
 現場に熱意と献身が必要とされてはいけないのだ。ふつうの人間がふつうに勤務して、適切な医療が受けられるシステムの構築が必要だろう。そして、全ての病気が治るわけではないというあきらめも必要なのかもしれない。

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2007年4月 8日 (日)

笑う霊長類

 清水義範著「笑う霊長類」を読みました。笑える話を集めた短編集です。

○肩凝り  肩凝りのつらさを分かってくれない夫を殺してしまう妻の話。
○旅情   生涯で最も運のいい2日間を旅行してすごした話。
○ボノボ紫猿源氏  源氏物語のボノボ(類人猿の一種類)版。
○一般視聴者  視聴者参加のテレビ番組に出るための極意?。
○タクシー  方向音痴のタクシー運転手と客の話。
○Rの時代  いろいろな小型ロボットが家庭で使われるようになる話。

 この中で、特におもしろかったのが、タクシー。
 実は私もひどい方向音痴。だから、方向音痴の人の気持ちはよく分かる。方向音痴というのは、地図が読めない訳ではない。地図は分かっているのである。ただ、自分が今地図上のどこにいて、どちらを向いているのかが分からないだけである。これが、大変なんだなー。
 特に、車を運転している時は悲惨。道を1本間違えるともうどんどん行ってしまって、簡単にUターンできない。脇道に入ってから元の道に戻ろうとすると、その脇道がまた曲がっていたりして、よけいに分からなくなってしまう。道を聞こうにも、誰もいない。後ろから車は来る。狭い道に止まっているわけにもいかない。どうしよーう。

 この本を読みながら、自分の失敗談を思い返し、抱腹絶倒でした。が、しかし、本を読んでいた場所が悪かった。
 [教訓] 病院の待合室で、おもしろい本を読むのは止めましょう。
 周りは深刻な顔をしている人がいっぱい。思わず笑い声を揚げそうになって、必死にこらえた。ぐふふふ、という変な息がもれる。隣の小父さんがゴホゴホと咳ををしたので、つられて、ごふっごふっ。ふー、苦しかった。 

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2007年3月26日 (月)

抗がん剤の本

  近藤誠著「ぼくがすすめるがん治療」「新・抗がん剤の副作用がわかる本」の2冊を読みました。彼は放射線科医で、抗ガン剤の治療に大きな疑問を抱いており、癌を4つのグループに分けています。

○第1グループ=抗がん剤でよく治るがん
 急性白血病・悪性リンパ腫・睾丸腫瘍・子宮絨毛腫瘍・小児がん
○第2グループ=抗がん剤で治る率が上がるがん
 再発した第1グループのがん
○第3グループ=抗がん剤で延命する?がん
 進行した卵巣がん・小細胞肺がん・臓器転移した第1グループのがん・乳がん・低悪性度の非ホジキンリンパ腫
○第4グループ=抗がん剤では治らないがん
 脳腫瘍・頭頸部がん・甲状腺がん・非小細胞肺がん・食道がん・胃がん・肝がん・胆嚢がん・胆管がん・膵がん・結腸がん・直腸がん・副腎がん・腎がん・尿管がん・膀胱がん・前立腺がん・子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん・皮膚がん・メラノーマ・各種の肉腫・再発した第3グループのがん 

 抗がん剤があまり効かないことは、私も知っていました。なぜなら、もしほんとうに有効な抗がん剤があるのなら、がんが日本人の死因第一位になるはずがないからです。
 癌細胞は、普通の細胞がほんのちょっと変化しただけの物です。だから、もし癌細胞を全部やっつけようとするなら、その前に正常な細胞がどんどん死んでいってしまう。つまり、癌は治ったが、患者は死んだということが起こりやすいのです。
 第一グループでは抗がん剤が有効なのに他のがんでは無効なのは、おそらく血液やリンパ液のがんと臓器のがんでは、がんの性質が違うからではないか、と近藤医師は書いています。

 私は、乳がんが再発した場合、治ることは無いと知ってはいました。でも、自分が再発した時、少しでもなんとかなるのではないかと、本やインターネットで治療方法を探しました。しかし、腫瘍は縮小したが延命効果は無かった、あるいは、延命効果はあったがせいぜい数ヶ月である、という記述が大半でした。
 そこで、私はもう調べるのを止め、希望的な言葉が書いてある記述だけを読んで抗がん剤を始めてみました。腫瘍が縮小すれば、延命できるのではないかと。
 だが、近藤医師によると、抗がん剤には腫瘍縮小効果もあるが、その毒性により寿命短縮効果もあるのだそうです。延命するのは僅かな人で、残りの大多数は寿命縮小効果しかないのだそうです。
 私も抗がん剤に対する希望をそろそろ捨てる時がきたのかも知れません。

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2007年3月11日 (日)

催眠

 松岡圭祐著「催眠」を読みました。精神を患っている人とそれを治すカウンセラーの話で、 たいへん面白かったです。

 実相寺は、素人同然の知識しか無いのだが、催眠術師と称して占いの館に店を出していた。彼は、ある大雨の夜、入江由香という女性に出会った。彼女は、実相寺と話している途中に突然笑いだし、自分はウチュウジンだと名乗った。
 実相寺は、入江由香をチャネラー(宇宙人と交流ができる人)として売り出した。由香は、宇宙人として他人の内心を言い当て、店は大繁盛。実相寺もマネージャーとして、大金を得ることができた。
 東京カウンセリング心理センターに勤める嵯峨敏也は、ある日テレビで入江由香が出演する番組を見て、彼女が多重人格ではないかと疑った。そして、実際に店へ行き、彼女の病状を診て、なんとか彼女を救ってやりたいと思うようになった。
 だが、嵯峨が入江について調べようとしていた時、警察も彼女を調べ始めていた。彼女には、日正証券に勤めていた時に2億円という大金を横領した、という疑いがかかっていたのだ。
 入江由香が宇宙人だ